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君がいたから頑張れたって伝えたい


「…っぅ…!」

「アリシアっ。大丈夫か?」

「…えぇ…もう大丈夫…」


 結論から言ってしまえば、アリシアは助かった。


シャルロッテから渡された解毒剤を飲んでしばらく安静にしていたアリシアは、ウルフの肩を借りると、力無くふらふらと立ち上がる。


 

 シャルロッテが素直に解毒剤を渡したのは逃げる為の時間稼ぎだったのか、律儀に交渉の様なウルフの脅しを守ったからなのか、あるいは彼女なりに誠意を示したのか…


 いずれにせよ、ウルフとしてはこうしてアリシアを始めとした部下達を無事に救出できて僅かだが、気が楽になった気分だった。


 ただ、いつの間にか没収していた筈の魔獣の檻は気がついた時には、握りしめていた筈の左手の中から消えていたのだ。


 代わりと言ってはなんだが、アリシア殺害に噛んでいる貴族の名前が書かれたメモを知らぬ間に握っていたのだ。


 ウルフはシャルロッテの手際の鮮やかさに思わず舌を巻いたのだった。


「――ねぇ…さっき逃げられたって――」

「―脚を切られてな…追いかけきれなかったよ」

「駄目だな。ほんとは縛って憲兵に突き出さなきゃいけないのにさ…」

「―――そっか…」


 力無く声を震わせたアリシアは、ウルフの肩を借りながら覚束ない足取りで出口に向かう最中、彼が告げたシャルロッテの事を言及した。


 確かにウルフはシャルロッテとの戦闘で、左脚に切り傷をつけられたが、ウルフが本気で戦えばシャルロッテを倒し切る事も可能だった筈。

 

 本人も自覚しているかは分からないが、対人戦に関してはウルフはアリシアを凌駕していた。


 それにも関わらずシャルロッテを倒しきれずに取り逃がしたと言ったウルフが嘘をついている事をアリシアは察したのだった。


 きっとウルフはシャルロッテを殺せない。

アリシアは見ていなかったが、ウルフはシャルロッテの瞳の中に復讐に燃える過去の自分(少年)

を見ていた。


 だから殺せなかった。かつての復讐鬼が復讐に燃える女を断罪する資格は無いと――復讐を否定する資格は自分に無いと判断してあえて見逃したのだろう。


 アリシアはウルフがシャルロットにトドメを刺さなかった事に安堵していた。

複雑な気持ちだったが、ウルフが人を殺す事が無く終わって良かったと――


 凍えついた床を鳴らしていたアリシアの足音が聞こえなくなったと同時に、肩を貸していたウルフが躓きかける。


「――ごめんなさい」


 突然のアリシアの謝罪にウルフは思わず足を止めてしまった。


 彼女から礼を言われても謝られる心当たりは無いはず――いや結構思い当たる節があった。

スキャンダル捏造とか盗撮(スキャンダル捏造)とか執務室破壊とかエトセトラ(その他諸々)


 

「…いったい何の事やら…言っとくが今現状の事は無しだ。お前の上司として当然の事をやっただけ――」

「――納得できるわけ無いじゃない。……アイン達を巻き込んだ挙句にあなたにまで怪我を負わせてしまった…」


 後悔…アリシアは過去にウルフに命を救われたあの時。ボロボロになってしまったウルフの姿をその目に焼き付けたアリシアは後悔していた。

 あの時1人で突っ走らなければ。もっとわたしが強ければ。ウルフが傷つく事は無かった。


 だから誓った。誰かを護れる為に誰よりも強くなろうと。

 好きになってしまった男に助けられた恩をいつか返せる様にずっと隣で守っていこうと……


 その様がこれだ。仲間を守れずオマケにまたウルフに傷つけてしまった。

何が誰よりも強くなるだ――結局誰も守れずじまいだ。


 ウルフの肩からするりと抜けたアリシアは膝から力無く崩れ落ちてその場に座り込む。


 ウルフが手を伸ばしてもそれに目も暮れず、己への情け無さと失望でうつむいたままだ。


「――ごめんなさい。また何も出来なくて…仲間達を傷つけてしまって……――なんで」


 雫がアリシアのほおをつたい、氷に覆われた石畳に吸い込まれてしみを作っていく。


「――なんであなたはわたしなんかを助けに来たのよ?見捨ててくれれば、そのまま支部長を待っていればあなたは傷付かずに―」







「――弁当作ってくれたから」


 なんて事ない理由。槍形態のオルトロスを壁に立てかけたウルフは俯いたままのアリシアのほおに両手を添えて自分の顔に視線を上げさせる。

 戸惑い、涙を浮かべて揺らぐアリシアの瞳は、ウルフだけを映していた。


「――弁当…?」

「そう弁当。おれがお前を助けた理由はな、いつだったかおれが怪我から復帰した時おれに弁当を作ってくれただろ?」


 ウルフが話しているのは、あの時のワイバーンとの戦闘での傷が癒えて退院した日の事だとアリシアは悟った。


 何故このタイミングでと疑問に思う彼女がたずねる前にウルフの口が再び開いた。


「今だから言えるがあの弁当―――」









「クッソ不味かったぞ」

「――オイ」


 アリシアから涙が引っ込んだ代わりに額に青筋が浮かんだ。

そんなアリシアを置いてきぼりにしてウルフは更に追い討ちをかけた。


「――ポテサラはちゃんと水を切ってないせいでベチャベチャ。サンドイッチは力づくで挟んだせいでペラペラのぺったんこ。卵サンドは噛むたびに卵の殻でじゃりじゃりしてたし、ハンバーグに至っては黒こげ通り越して謎の物体に変異してたぜ?」

「待ちなさい。待て。今言う事なのそれ?あなた慰める気無いでしょ?トドメ刺しに来てるわよねそれ?」

「――初めてだぜ?ハンバーグ食って口の中怪我したの。で気が付いたらまた医務室のベッドの上だったしさ――」

「よし分かった。3馬鹿(あの子達)にデリカシーが無いのはあなた譲りなのはよーく分かったわ」


 今までに無いくらい真剣な顔でなに人が初めて作った弁当をディスってんだこの野郎。と拳を固く握りしめたアリシアはそれをウルフの顔面に叩き込む為に大きく振りかぶる。


 そんなアリシアを止めようともせずに、ウルフは更に……



「――でも、嬉しかったよ。お前の弁当」


 ウルフの柔らかい笑みと共に放たれた一言はアリシアの時間を止めた。

 嬉しかった。その言葉を理解して飲み込んだ瞬間、アリシアの頬は赤みを帯びた。


「確かに不味かったけどさ。お前が作った弁当からは確かにおれ想って作ってくれたのが伝わったからさ」


「――凄い嬉しかった。貴族時代にメイドからもらった事があったけど、あんな風に女性から弁当もらったの初めてだったから。」


「それからお前段々料理とか上手くなっていったじゃん?今は大好きだよ。お前の作る弁当。――なんなら毎日食いたいくらい――あっ」


 勢いで告白まがいの本音を口にしてしまった事に気がついたウルフは、顔面をアリシアに負けないくらいに真っ赤にすると、握り拳で口元を隠し、咳払いで誤魔化す。


 それに気づいたアリシアは目を瞬かせた後、熟れたトマトの様に更に頬が赤くなった。


「――弁当だけじゃないよ。お前が正体明かした時には驚いたけどさ?」


「まぁなんだ?その…おれがギルド職員になってすぐに調査班の班長としてここに転勤した時、お前が何も言わずに着いてきてくれたのは凄い嬉しかった――」


「一国のお姫様がさ、こんなおれを友として慕ってずっと力を貸してくれたのは誇りに思うよ」


「調査班なんてギルド職員がやりたくない仕事ランキング殿堂入りの激務なのにわざわざおれに着いてきてずっと仕事手伝ってくれてさ」


「お前がいてくれたからおれはこうして助けに来れた。お前が仕事を手伝ってくれなかったらとっくの昔に過労でくたばっていただろうさ」


「何も出来なかった事なんて無いよ。お前がギリギリまで粘ったからアインとハヅキが助かったんだ――――」





「――それに…好きでも無い女をこうやって助けに来るもんか」


 何言ってんだろおれ。内心でやめろと叫ぶ自分の叫びにウルフは耳を塞ぐ。


たとえ後ろめたくても。たとえ身分が壁として立ち塞がろうとも。たとえ過去が己を絞め殺しにしようとも。


 それでもアリシアに伝えたい言葉が止まらなかった。


「――アリス…いや、おれウルフ・ダイドーはアリシア・フォン・ベルベット・カルロス・ヴィクトリアを誰よりも愛しています」


 告白というにはそれは余りにも乱暴で拙く、冗談というには些か真剣すぎた。


 一市民でも、「調和の証明(ユニオン・サイン)」の調査班班長としてでも無い。


 ウルフ・ダイドーというちっぽけな人間()の玉砕覚悟の特攻(告白)で。


 今まで身分だなんだと遠ざけて恥をかかせてきたアリシアへの懺悔と愛の告白だった。

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