報連相はちゃんとやっとけ
前回のあらすじ
シャルロットさんは《ネタバレ防止》だった!!
あの日助けられた後のこと、わたしは足を負傷したこと以外は比較的軽傷で済んだ。
独断専行した事についてはロマンやローズからこってり絞られたが、それに関しては覚悟はしていたしわたしが全て悪いのも理解していた。
でも1番気がかりだったのは、あなたがどこにもいなかった事。
一言だけでもお礼を言いたかった。謝りたかった。
なんで助けに来たのかと問いただしたかった。
職員に聞いてウルフの居場所を教えてもらったけど、会いに行ったわたしが見たのは全身に包帯を巻いて医務室のベッドに死んだように眠っている姿だった。
その姿を見て胸が痛くなった。
元を辿ればそこに居るべきなのはわたしのはずだった。わたしのせいで本来彼が負うはずの無かった重傷を負い、治療を受けていたのだった。
あぁ、ウルフ…。
もしわたしのメッセージを見たのなら
どうか…あなたは絶対に来ないで…。
もう二度と、わたしのせいで傷付けたくないの…
アリシアは走った。
仲間を逃がす為に崩れかけのダンジョンの出入口に向かっていた。
「…アリシアさん…おれを置いて行ってください」
「嫌よ」
お米様抱っこで肩に担がれていたアインは、アリシアに自分を置いて逃げるよう懇願したが、平仮名にして3文字で断られた。
人を2人担いで走っているとはいえ、アリシアの呼吸はいつもより荒く、踏み出した足も時々力が抜けるかのように何度かふらついていた。
恐らくシャルロットが空気中にばら撒いた毒を吸ったか、逃亡して背を向けたタイミングで毒針を打ち込まれたかのどちらかで毒を食らったのだろう。
同じく肩に担がれたハヅキは一定の呼吸を続けたまま眠り続けている為、毒の代わりに睡眠薬を打ち込まれた可能性が高かった。
それを判断してのアインの懇願だったが、アインだって毒から回復出来たとはいえ背中を斬られてまともに動けないのだ。置いていったところで碌な時間稼ぎも出来ずに瞬殺されて後味悪い思いをするのが目に見えていたからアリシアはアインの提案を一蹴したのだった。
自分の解毒で力を使い果たしたアインも、いつ目覚めるか分からないハヅキも戦力として数えれない。
仮にダンジョンを脱出したところで外で待っているのは巨大な魔獣だ。
この満身創痍の状態で逃げ切れるとは考えていないが、その時はハヅキを無理矢理起こしてアインを担いで逃げてもらえばいい。
……それに近いうちにウルフが助けに来てくれ――
そこまで考えてアリシアの足が止まった。
かつての自分が犯した取り返しのつかないあの失敗を。
また巻き込むのか?ウルフを?自分を助けに来てくれた人間を?
毒とは別の痛みで呼吸が荒くなる。
あの時自分1人ではどうしようも出来ない状況に陥ってしまった。
あの時と違って仲間は既に戦闘不能。
しかも殺し屋と魔獣に挟まれて逃げ道がなく、無理に突破しようにも、毒と疲労のせいか碌に力が入らない。
これではあの時の焼き増しじゃないか。自分のせいで巻き込んで、命を危険に晒して…無力で助けられただけのあの日と同じ――
(―いや。嫌ぁ!そんなの嫌だ!――お願い…)
助けてウルフ――
自分のせいで後輩達を危機に晒した罪悪感とかつてのトラウマで足を止めてしまった一瞬を狙って、氷と瓦礫が迫る背後から一振りのショートソードがアリシアの背中に突き刺さる。
不意の一撃を受けてバランスを崩したアリシアは咄嗟に肩に担いだ後輩達を最後の力を振り絞って前方に放り投げると空中から光の粒子を集めて呼び寄せた両手剣を床に突き立て氷の壁でシェルターを作って自分から分断した。
「アリシアさ――」
アインの叫びは氷の分厚い障壁で阻まれ、2人を安全圏に放り込んだアリシアは膝から崩れ落ちる。
これで良い。後は外の事態に気づいたウルフ達がティタノウルフを倒してアイン達を助けてくれるはず。
剣を支えにして無理矢理立ち上がったアリシアは、背後から迫る凍りついた床を踏む足音の主を肩越しに睨みつけた。
「…やってくれたじゃあないか。ここまで激しい抵抗を受けたのは貴女が初めてだよアリシア殿下」
「…しつこい汚れと変態は嫌われるわよシャルロット」
心外な。と被りを振ったシャルロットは、右手のワイヤーを操作して、アリシアの背中に刺さったショートソードを無理矢理引き抜く。
抜かれた勢いでバランスを崩したアリシアはせめて一撃でもと崩れた体勢のまま無理矢理突進しようとするが、シャルロットが両腕を振るったと同時に、両手のショートソードが放たれてアリシアの周囲を舞い、柄に括り付けたワイヤーを彼女の肌に食い組むくらいに巻き付けてアリシアを拘束する。
後ろ手で厳重に動きを封じられ、武器を取り落としてしまったアリシアはそのまま凍りついた床に倒れ込んでしまう。
武器を一つ凍らせて使えなくさせたと思っていたが、どうやら3本目を用意していたらしい。
あまりの用意周到さに、アリシアは思わずどこぞの班長と姿を重ねてしまっていた。
「オーダーメイドだから結構高いんだよコレ?まさかあんな方法で台無しにされるとは思わなかったが…」
「―いっそあそこで一緒に氷の彫像にしてあげれば良かったわ…」
「勘弁してくれ…まだ死ぬ予定は無いよ…」
「あ、私の像を作る時は是非とも裸体像で頼むよ」と気安く頼んだシャルロットは、ワイヤーを操作して後ろ手できつく縛ったままのアリシアを無理矢理立たせ4本目のショートソードを片手に彼女に歩みよる。
軽口を叩きつつも剣先にアリシアに向けて、警戒しつつゆっくりと距離を詰めて行く。
「そのままでも失血多量で命を落とすだろが…まぁ知り合いの情けだ。楽に行けるように一撃で仕留めてあげるよ」
「…さっき聞きそびれたけどエイダちゃんを拐うよう魔獣に指示したのはあなたなの…?」
肌に食い込んだワイヤーから血が滲んで段々と弱っていきつつも、気丈に睨むアリシアの質問にシャルロットは苦虫を噛み潰したような顔をして動きを止めた。
「…何故そう思った?」
「―あなたは…狼の姿…いえ、恐らく犬や狼に近い動物に懐かれやすい特性が有るって言っていたわね…」
「あなたの指示でダイアウルフとティタノウルフを宿屋に向かわせて、パニックを起こしエイダちゃんを誘拐させた…冒険者複数人をダイアウルフだけで全滅出来るとは考えにくい―」
「ティタノウルフは狼型の魔獣よ…あなたが懐かせたあのティタノウルフを一緒にけしかけたのなら辻褄が――」
「――指示を出したのは私じゃない!!」
黙ってアリシアの憶測を聴いていたシャルロットが突如豹変した。屈辱と憤怒を内混ぜにした表情でアリシアの脇腹を蹴り飛ばして地面に転がし、痛みと蹴られた衝撃で咳き込むアリシアの胸倉を掴んで額がぶつかるまだ彼女を引き寄せると、それまでの気安さが嘘のように捲し立て始めた。
「私がっ!好き好んで子供をっ!!エイダちゃんを巻き込んだと思うのかっ!?確かに君を誘き出すようティタノウルフに指示を出したが雇い主のクソ野郎が勝手にエイダちゃんを誘拐する様に付け加えやがったんだ!!」
「誰が好き好んでわざわざ隣国の王女を殺しに出張るものかっ!!人質さえ取られなかったらこんな仕事受けなかったさ!!」
言い切って我に返ったシャルロットは、咳き込み弱りきったアリシアを解放して得物を構え、今度こそ終わらせんと勢いよく振り下ろす。
そう、これで終わりだ。彼女さえ仕留めれば大事な家族が助かって帝国に帰れる。いつもの日々に戻れる。
その一心で振り下ろされた「静謐な牙」の牙は、入口側に張っていた氷の障壁が突如爆音を立てて爆ぜた事によって阻まれた。
「っな?!…クソっ!!」
流星のように飛んでくる氷塊とそれに紛れ、銃声と共に身体の各所の関節を狙った銃弾を躱し、時々ショートソードで捌きながら、煙に紛れてアリシアとの間に割って入り、喉元を狙って硝煙と熱を吐き出す銃口に備えられた刃を突き出してきた青年から跳躍して距離を取る。
「――あぁ…遅いじゃない…うっかり死にかけたわ…」
「悪いな。肝心な時に支部長がトイレから帰ってこなくてよ…」
「お陰でおれと可愛い可愛いお節介焼きどもはみんな纏めて無断出撃しちまったよ」そうぼやいて銃口を振るい、アリシアのインナーの上から柔肌に絡みつくワイヤーを切り裂く。
彼女を解放した男は、アリシアを抱き起すと離れた場所の壁に背もたれ代わりに座らせて安静にさせる。
「――すぐ終わらせるから待ってろ」
アリシアは泣きそうになった。あの日あの時と同じ言葉を同じ男に掛けられたのだ。
何度傷ついても…あれからどれだけ強くなっても…彼はまた助けに来てくれたのだ。
彼…ウルフはアリシアの頬についた泥を指先で拭うと、振り返ってずっと警戒の体勢のまま構えているシャルロットを凍えるような視線で睨みつけた。
「こんばんはシャルロットさん…いや、シャルロッテ元殿下」
シャルロッテと呼ばれた途端、さらにシャルロットの眼光が鋭くなった。
だがそんな彼女に怯える事なくウルフは歩兵銃を右手だけで構えての銃口を突きつける。
「おれに殺されるか…尻尾巻いて逃げるか…どっちか選びやがれ」