脳筋は脳筋なりに機転を効かせる
がんばれおれー!
がんばれおれのモチベーっ!!
行けるとこまで書けーっ!!!!
あの日の事は今でも覚えている。
足を負傷してまともに動けないわたしを庇うように立つあなたの姿を。
たかがダンジョンだと舐めて一人で突っ込んだわたしを待っていたのは、こんな場末のダンジョンにいるはずがないワイバーンの洗礼を受けたわたしを助けにきたのは、わたしよりボロボロになったあなただった。
逃げて欲しかった。わたしに構わないでほしかった。
相手はダメージを与えたとはいえワイバーンだ。たとえ王族のわたしを見捨てて逃げても誰も咎めない。
よく覚えていないが、そんな内容の言葉をただただ叫んで並べた気がした。
『…やっぱ馬鹿だろお前…』
そんなわたしに振り返ったあなたは、返り血で染まった傷だらけの顔に柔らかい、わたしを安心させるような笑みを浮かべて…
『女助ける為に男が来たってのに、女ほっぽり出して逃げたらかっこ悪いだろ』
すぐ終わらせるから待ってろ…そう言って槍を構え、恐怖を殺して駆け出したあなたの顔は、今でも胸の中に焼き付いている…
「……シア…ん……ア…シア…さ…っ!……アインさん!!アリシアさんが気がつきました!!!」
「アリシアさぁーーんっ!!よかったっ!気がついて良かったっ!!おれもうダメかとっ…!」
「……もう大丈夫よ…心配をかけたわね…」
気を失っていたアリシアの視界に入ったのは、見慣れない石造りの天井と、自分を覗き込むハヅキとアインの姿だった。
捜索隊として、草原を探索していたアリシア達だったが突如ダイアウルフの襲撃に遭い、迎撃する為に戦闘したのだが、報告には無かったダイアウルフより二回り大きい魔獣のティタノウルフがどこからとも無く乱入してハヅキとアインに襲いかかり、その攻撃から庇ったアリシアが負傷したのだった。
その際にティタノウルフの左目を切り裂いて反撃したのだが、流石の不壊煌石級の実力者とは言え、ティタノウルフの一撃を耐え切れず、アリシアは気を失ってしまったのだ。
「……ここは?…あいつらは何処に…」
衝撃で解けた髪を振り払って立ち上がったアリシアは、獲物の両手剣を杖代わりにして立ち上がるも、バランスを崩して倒れかけるも、ハヅキが咄嗟に彼女を支えて転倒を防ぐ。
「アリシアさん。ここは私と一緒に調査した廃ダンジョンですよ。雨が降り出しきて流石に気絶したままのアリシアさんを守りながら外で活動するのが難しかったので…」
「でも安心してくださいよ!このダンジョンは今何処にも魔獣がいないっすよ!通信機は破壊されたっすけどSOSは出したんで直ぐに駆けつけてくれるはずです。」
「…ダンジョン…?あんなにダイアウルフが出入りしていたのに……っ!!?」
確かに自分もハヅキたちも雨に濡れてずぶ濡れだった。
全員傷が目立たないのはアインから回復魔法をかけてくれたおかげだろう。
だがアリシアは嫌な予感を感じた。ダンジョンに魔獣がいないのは不自然だ。
ウルフと一緒にこのダンジョンに潜った時だってダイアウルフが群れで出入りしていたのだ。
そう出入りだ。もしあの群れ全てがリーダーの指示でダンジョンに出入りしていて、そのリーダーにこのダンジョンに集まるように指示されていたとなると、この廃ダンジョンはもうすでに魔獣のリーダーによって制圧されていて……
「2人とも逃げて!!早く!」
ダンジョン内で、一瞬でも気を緩めてしまった自分を呪ったアリシアは、ハヅキたちに逃げるよう叫んだ。
そもそもこの廃ダンジョンを当初調査した目的は盗賊等が隠れ家として使っていないかの確認だった。
道中大量のダイアウルフが住み着いていたせいで、すっかり誰かが身を隠している可能性を切り捨てしまっていたが、ダイアウルフの群れ全てが自分達にぶつけたのは、戦闘の余波で潜伏の痕跡を消させる為だとしたら…。
アリシアが危機を訴えるのと同時に、突如ハヅキが力無く崩れ落ちた。意識を失っているが、呼吸で肩が上下しているのが見えたので気を失っているだけなのが救いだった。
「ハヅキ!?これは…毒針っ!?」
「っ!アリシアさんっ!伏せっ……ぐわぁぁあ!!」
ハヅキの背中に小さな針が刺さっているのを見て動揺したアリシアを庇うように押し倒したアインは、胸当てを破損して急所を守る鎧が無くなったアリシア目掛けて飛来したショートソードの斬撃で背中をバツ字に切り裂かれてしまう。
ゾンビゆえに出血はしなかったが、背骨を切り裂かれたせいでアインは上半身の動きを封じられてしまう。
「アインっ!」
「…すいませ…ん、これ…麻痺毒…塗られ…て」
「…やれやれ…ゾンビと聞いていたがいい反応するじゃないか…」
自分を庇って崩れ落ちたアインを抱きとめたアリシアは、靴音を鳴らしながら石造りの階段を降りてくる女性を睨みつけた。
引っ張られるような挙動で手元に戻ってきたショートソードを弄ぶ金髪をボブカットにした女性は、「君ホントにゾンビ?…リッチとかワイトでもおかしくないんじゃないか?」と親しげにアインに声をかけるが、アインからは返答が無かった。毒がまわって喋れなくなっているのと驚愕で声が出せなくなっていた。
「……怪しいとは思っていたけど…まさかあなたが静謐な牙なんて言わないわよね…シャルロットっ!」
「…ネタバレする人間は嫌われるよアリシア姫。…その通り。私がかの静謐な牙さ」
以後よろしくと礼をとる黒衣の女性は、ただの変態じゃ無くて殺し屋だったのだ。
アリシアは悔しげに歯軋りをしたのだった。
「………全く…私の友達をよくもまぁあんな風にしてくれて…あぁ、安心してくれ。ティタノウルフは外で見張りしているよ。流石にダンジョンの中に連れ込める大きさじゃなかったからね」
相変わらず友人のように親しげに声をかけてくるシャルロットを睨みながらアリシアはジリジリと両手剣を構えて、倒れたアインとハヅキを守れる位置に立ち塞がる。
ダンジョンから脱出する為の階段は塞がれているが、回復魔法のおかげで2人を抱えて走り回るくらいには回復出来ていたの。ティタノウルフはやはりシャルロットがテイムしていたようであったが、ダンジョンに逃げ込んだのが不幸中の幸いだった。
「まぁなんだ…いきなり殺す気にもなれなくてね。どうかな?今なら幾つか質問を受け付けるよ」
「どの口が…!」
シャルロットを罵る為の言葉を飲み込んだアリシアは、時間と情報を稼ぐ為にシャルロットにぶつける質問を選んだ。
「……わたしを殺そうとしてる依頼主は誰よ…」
「企業秘密…と言いたいところだが、そうさな…まぁ君の政敵と言っておくよ…あぁ、ベルナルド侯を殺したのは向こうがウルフ君を殺してくれって依頼を持ちかけて来たのが最初さ。」
「…もういいわ…」
結局方向性の違いで戦闘になってね…とため息をついた彼女は嘘を言っているようには見えなかった。
恐らくアリシアだけを当初殺害するつもりだったのだろうが、アインに姿を見られた以上彼も一緒に始末されるだろう。
ふざけるなとアリシアは激怒した、自分が原因で仲間を巻き込むなんてこれではあの時と同じではないかと…。
「もういいのかい?」と番いのショートソードを構えたシャルロットは、アリシアに向かって獲物を投擲せんと振りかぶり…
「さようならお姫様。悪いけどここまでだ」
「…そう…じゃあ死ねるものですか!」
「っ!?」
アリシアは構えていた両手剣「ブリュンヒルデ」に魔力を目一杯注ぎ込むと、それを勢いよく石造りの床に叩きつけた。
剣を伝って石畳に注ぎ込まれた魔力は冷気を生み出して地面を凍てつかせ、巨大な氷柱の槍を次々と生成してダンジョン諸共敵を仕留めんとばかりに天井や壁を突き破って凍てつく死の花を咲かせる。
その副産物でシャルロットが投擲した右手のショートソードからそのまま彼女に向かって白い線を描いて凍りついていき、舌打ちしたシャルロットが左手側のショートソードを凍りつく先の何も無いように見えた空中に向かって射出。プツンという音を立てて氷漬けになった武器が自重で落下し、左手の得物はそのままシャルロットに帰っていった。
宙に舞うショートソードの正体はシャルロットがワイヤーで、武器の軌道を操っていただけだったのだ。
「どきなさい…っよ!!」
「嘘だろ君!?」
その隙を突いてアリシアが両手剣をシャルロットに向かって全力で放り投げ、音を切りながら迫る剣を躱す為にシャルロットは階段から飛び降りて比較的氷が走っていない床に着地する。
だが両手剣はシャルロットが立っていた場所に突き刺さる前に光の粒子となって消え、得物がなくなって身軽になり余裕ができたアリシアが、ハヅキとアインを抱えてシャルロットから逃げる為に階段を駆け上がるのだった。
「逃がすか!クソっ!氷柱が!?」
自らの失策に気づいたシャルロットだが、追いかけようとしても竹のように氷柱が地面を突き上げて通路を塞いで追跡を阻まれ、このままだと最悪ダンジョンの崩壊に巻き込まれることになってしまう。
予想以上のアリシアの底力にシャルロットは思わず舌打ちした。
「早く…!お願い!…気づいて!!」
ダンジョンを駆け上がりながらアリシアは、自分が打った布石が、ウルフ達に気づくよう祈りながら出口を目指すのだった。