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事件とトラブルは現場で起きる

 月の無い夜の路地裏で、「静謐な牙」(サイレント・ファング)と呼ばれる人物は頭を抱えていた。

拠点に帰ろうと、闇夜に紛れて路地裏を駆けていたところ、自らを「ベルナルド・エヴァンズ」本人を名乗る壮年の男と、その部下であろう騎士達に囲まれてしまったのだ。


 曰く交渉に来たと言うその男は、ウルフ・ダイドーを殺せと、多額のルビィ紙幣を此方にチラつかせ、要求を飲ませようと迫ってきたのが始まりだった。


 だが「静謐な牙」(殺し屋)は断らざるを得なかった。


先客の要求はアリシア第二王女の殺害。アリシアを手中に入れたいと、わかりやすく野心を滾らせるベルナルドの要求を飲んでしまえば、先客がどんな癇癪を起こすかわかったもんじゃ無い為、殺し屋はベルナルドに対して懇切丁寧に仕事を断ったのだった。


 だが、断られて激情したベルナルドが部下をけしかけて、静謐な牙(サイレント・ファング)を亡き者にしようとしたのだ。


 この悪人の首を取れば、アリシアは自分に振り向くと…鼻からそのつもりだったのだろう。


 …だが相手が悪かった…。


「はっ…!…はっ!…クソっ!」


 ベルナルドは逃げていた。得体の知れない殺し屋から、微動だにせず部下の騎士達を瞬く間に切り刻んだ狩人から…次はお前だと言わんばかりに此方を見据える殺し屋からみっともなく逃亡したのだった。


「……クソっ!ふざけるな!役立たずども!アリシアさえ…第二王女さえ手に入れば…がっ!?」

「………体張って逃した部下にその言い草はないんじゃないかな?」


 足を切断されてバランスを崩したベルナルドを、そいつは見下ろしていた。


 仮面で素顔を隠し、黒装束で全身を覆った籠った声を発する性別不明の殺し屋。


静謐な牙(サイレント・ファング)がベルナルドを見下ろしていた。


「足がっ!?私の足がぁ!!貴様!いつの間にぃ!?」

「…私の射程から逃げれなかっただけじゃないか?」


「……余計な死体を作るつもりはなかったんだけどなぁ……」とぼやいたそいつの得物は二振りの刀身が反り返ったショートソードのみ。


 方法はわからないが、斬撃を飛ばしていつの間にか逃亡するベルナルドの足を切り落としたその得体の知れなさが、ベルナルドの恐怖心を増幅させるのに十分だった。


 そして静謐な牙(サイレント・ファング)は、トドメを刺さんとショートソードを振りかぶり……


「待てっ!待ってくれ!?金なら出す!今此処で起きたことは誰にも話さない!!なぁ、待ってくれよ?!見逃してくれ!!」

「……バイバイ腐れ貴族(クソ野郎)…」


 そうして目の前に転がっているのが、さっきまで貴族だった男の死体だった。


 死体の処分に困ったソイツは、死体を更に切り刻んで頭陀袋に詰め、焼却炉に持って行ったのだった…。




「……現場から見つかった遺体とその遺体が着けていた貴族章から被害者をベルナルド・エヴァンズ侯と特定…現場から離れた場所の焼却炉から、彼の部下と思わしき遺骨を発見……現在も憲兵が犯人を捜査中とのことだってさ。…あぁ〜もうホントヤダ、おっかない世の中になっちゃってさぁ……」


 ロマンはウルフに向かって今朝の新聞を放り投げ、そのまま椅子の背もたれに全体重を預けて虚空に向かって「くわばらくわばら…」と唱える。


 ロマンから受け取った新聞の写し絵を穴が出来んばかりに注視するウルフは、血塗れの現場と、付近の壁についた剣によるものであろう複数の切り傷、更に「首から下だけをバラバラにされていた」と書かれた文字を頭の中のメモ紙に書き記すが、特に今考えても意味がない為、新聞をロマンに投げ返した。


「……それで…自分が呼ばれた訳はあれですか?昨日ベルナルド侯の使者とトラブったから…」 

「ちがうちがう。少なくとも私は君を疑ってないよ」


 ウルフを疑っている事を否定したロマンは、引き出しから二日前の新聞を取り出すと、記事の一面を机の上に広げて、ある部分を「ほらここ」と指差した。


 ロマンが指で挿した文字は、「静謐な牙(サイレント・ファング)」と、「首を残して体がズタズタに切り裂かれていた」という二文字をさしていた。


 「静謐な牙(サイレント・ファング)」は兎も角、首から下だけを徹底して斬りつけているそのやり方は今日の新聞と共通していたのだった。


「似ているよね?今回の事件?それもこんな短期間に」


 ウルフはロマンの問いかけに答えきれなかった。

まさかそのの殺し屋がやったのか?と疑問を抱いたが、二日前の新聞の犠牲者の名前を見て首を傾げた。


「……ここだけの話、悪徳貴族しか襲わなかった静謐な牙(サイレント・ファング)が、最近になって親アリシア派の貴族を今回含めて二度襲撃しているんだ。」

「……しかし最初の襲撃で犠牲になったのは親アリシア派の人間じゃないようですが…」

「…あぁそうさ、最初にやられた彼は問題を起こして隠居扱いで勘当された貴族の三男坊だよ…どうしてやられたのか検討もつかなくてねぇ…」


 あー、コーヒー美味しいとコーヒーを飲むロマンを置いて、ウルフは襲撃された親アリシア派の貴族の名前が書かれたメモを確認する。


 幸いにも、巡回中の衛兵に侵入した所を発見されて逃亡したらしく、殺害未遂でこれ以降の進展が無い事が唯一の救いだった。


「………アリシアにはこの事は?」

「私はまだ伝えてないよ…まぁ、割と大物のベルナルド侯がやられたんだ。王宮伝いでアリシア様の耳に入ってるかもね…」


 「多分知ってても、いつも通りに振る舞うだろうねぇ…」と呟いたロマンは頭の後ろで腕を組んで、溜息を吐く。

今回は本気でアリシアを心配しているように見えた。

 いつもはサボったり、女性冒険者のスリーサイズを目視で測ろうとしたり大体ろくでもないことしかしてない支部長だが、今回は本心でアリシアを心配しているのが見てとれた。


「…君もしばらくギルドで寝泊まりした方がいいかもよ。…皮肉にもベルナルド侯に抑えられていた親アリシア派を騙った寄生虫(連中)がこれを機に何か動くかも知れない……アリシア様自ら王位を継承しないと公言しているのに、大した業突く張り共だよ全く……」

「……此方でもアリシアに危害が出ないよう警戒するつもりです…」

「…よろしい…静謐な牙(サイレント・ファング)の件はあまり深入りしないように…下手に手を出したら君達にも襲いかかって来る可能性があるからね」


 頭を下げて部屋を出ようとしたウルフの背中に、ロマンはただ「…アリシア様を頼んだよ……」と声をかける事しか出来なかった…。






「…さて……いったか…」


「秘書さん、ちょっと席外しますよ…って、その両手の荷物は何かって…?」


「……えーと…うん……紙ごみ?」




「やぁおかえりなさい。遅かったじゃないか?」

「……なんで執務室にあなたがいるんですかシャルロットさん?」


 執務室に戻ったウルフを出迎えたのは見慣れた部下達ではなく、応接間でお茶を嗜んでいたシャルロットだった。


「商売だよ商売」と執務室側を指差したシャルロットの先には机の上に並べられた魔道具に、おもちゃを選ぶ子供のように興奮しながら魔道具を吟味するアネット達の姿があった。


「あ、班長お疲れ様ですっ!今シャルロットさんの魔道具(商品)を見せて貰っているところっすっ!」

「…すいません。うちの部下をカモろうとしないでくれます?」

「失礼な!シャルロットさんそんな人じゃないですよ!それより班長見てくださいよ!箱を開けると人形が飛び出す魔道具だそうです!安かったすよこれ!」

「もうカモられてんじゃねーか。それただのびっくり箱じゃねーか」

「ジョークグッズと言ってくれたまえ」


「そんなぁぁぁあ!」と膝から崩れたゼフを尻目にずっと魔道具を吟味していたアネットが、シャルロットをスカウトしようと声をかけてきた。


「シャルロットさん。調査班(うち)で魔道具の回収の仕事をしたらどうかしら?見たところ結構珍しい魔道具を掘り出せる実力もあるみたいだし、私も優遇するわぁ」

「ふむ、ありがたい話ですが私はあちこちを周りたいので、此処にずっといる訳には行けないのですよ」


 一度考える素振りを見せたシャルロットだったが、ウルフが首を横に振って「やめてください」と訴えていたので断る事にした。

関わったらロクな目に合わない気がしたのだ。


「…ほんっとお前ら人が支部長室に呼ばれたってのに能天気だよな…そのままで良いから聞いてろ、静謐な牙(サイレント・ファング)の動きに注意しとけって話をだな…」

「そう言えば支部長室で何の話してたんですか?おれ達シャルロットさんに班長とアリシアさんの事聞かれたんでその話してたんすけど」

静謐な牙(サイレント・ファング)に注意しろって言ったばかりだろうが。……待てアイン話したの?アリシアの事話したの?配慮してアリシアの名前伏せていたのに話したのかコラ」

「痛いっす班長!梅干しグリグリはやめてぇ!?」


 昨日シャルロットを警戒してアリシアを本名で呼ばなかったのに、配慮を一瞬で台無しにした部下(アイン)を捕まえて制裁するウルフは軽く胃痛を覚えていた。


 何の根拠のない勘でしか無かったが、なんとなくシャルロットにアリシアの情報を渡してはいけない気がしただけの事だったのだが。


「…静謐な牙(サイレント・ファング)?…帝国領の…それも悪徳貴族しか襲わないと言うあの?…珍しいじゃないか?王国でその名を聞くとは思わなかったよ」

「……ずいぶん静謐な牙(サイレント・ファング)に詳しいようですね?」

「行商人をやってるからね。あちこちで色んな噂話を聞いたりするのさ。これが結構役に立つのも多くて……」

「待て、なんで喋りながら脱ごうとしているんだあなたは?」


 「静謐な牙(サイレント・ファング)」の単語に反応したシャルロットがシャツの裾に手をつけて捲りあげるより早く、ウルフが彼女の腕を掴んで服を脱ごうとしたシャルロットを止めた。

 ついでに目を剥いて焼き付けようとした三馬鹿の頭を叩いた。


「何って元気無さそうだから元気づけようと思っただけだよ?」

「別の所が元気になるわ!ていうか昨日も言ったけど人前で服を脱ごうとするな!?」

「私に死ねと言うのか君は!?減るものじゃないだろ私の裸を見ても!それともあれか?君は女じゃ興奮出来ないクチだったのか?!」

「脱ぐんじゃねぇつってんだろ!この露出狂!!」

「露出狂じゃないナルシストだっ!」

「どっちでも良いわんなもん!良いから脱ぐ…ん…じゃ…」


 殺気を感じた。慌てて背後を振り返ったウルフの目に入ったのは、能面のような無表情で此方を軽蔑するアリシアの姿だった。


「…わたしを差し置いて楽しんでるじゃない」と目だけで威圧するその姿を見たウルフは、自分がまだシャルロットの腕を掴んだままなのに気がついて、彼女を解放した。そしたら解放されたシャルロットのシャツが勢い良くスポンと脱げた。


 古傷が残っているものの、ムダ毛が一本たりとも見当たらないお腹と、スレンダーな胸部を下着で隠した健康的に日に焼けた肌は、控えめに言って、大変綺麗だった。


 側から見れば自分がシャルロットを無理矢理脱がそうとしてるようにしか見えなかった。


 今朝からピリピリしてたアリシアは、グッと握り拳を作り…


「今なら一発で許すわよ。強姦野郎」

「誤解です」


 怯えきった三馬鹿に助けを求めるのは無理だった。


 「デジャヴかな?」と執務室の窓ガラスを突き破って二階から放り出されたウルフは、意識を失う前に曇り空を目にして落ちていったのだった。

 シリアスやりつつ、ふざけて行くのがこの物語の基本スタイルで

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