みんな大好き忍者キャラ
突然だが調査班は万年人手不足だ。
情報の無いダンジョン内部の地図を作る為に、発生したばかりのダンジョンに潜入し、生きて情報を持ち帰れるか、呑まれて命を落とすかのどちらかだ。
他にもギルド周辺の狩場や、野草の調査、更にはギルド職員や冒険者が書いた報告書の処理。
特に冒険者が書いた報告書は大体報告書の体を成していない為、まともに読むことができる報告書に添削する事が、ウルフに課せられた余計な業務の一つだった。
「という訳でいきなりですが新人が今日来るので、昨晩突貫工事で机とか道具とか用意しました。文句があるなら、昨日まで新人が来る事をおれに伝えなかった支部長に言ってください。以上!朝礼終わり!!解散!!!!」
「…徹夜明けで荒れてるっすね…班長…」
目の下のくまがいつも以上に濃くなってるウルフは、今に至るまで全く眠っていなかった。
昨日の夕方、突然調査班に人員を増やす事を決定した旨を支部長から伝えられ、大慌てで机や椅子を取り寄せて調査班に配置し、夜中たまたまその場に居合わせた、件の新人の面接を簡単に行い、日付が変わった直後一睡もせずに後回しにした仕事を片付けたのである。
なお、知らせなかった理由は支部長曰く「サプラ〜イズ」との事。つい夜勤明けのテンションで仮面が砕け散る威力の鉄拳を顔面に叩き込んでしまったウルフにはあんまり否がないはず。
「…新人入れるにしても大丈夫なの?実力が伴って無いせいで調査やダンジョン潰しで死んじゃったら、こっちの目覚めが悪いじゃない」
「……それに関してはおれも一回面接したから大丈夫…。支部長は黄金級冒険者からうちの嘱託冒険者って形でスカウトしたらしいから。……事務員じゃないのが非常に残念だが…残念だがッ…!」
「黄金ってオレらより上の級じゃないすか!」
「つーか疲れ過ぎて自分の願望が出てるぞこの班長」
冒険者の階級は、一般的に青銅、白銀、黄金、魔導銀、不壊煌石の順番で高くなっていく。
当然階級が高い方が凱旋される依頼の危険度が高い分、それに見合った報酬が約束されているため、一攫千金を目的とする者は皆こぞって冒険者の最上位の階級である不壊煌石級を目指していくのだ。
嘱託冒険者は、職員が向かったら死ぬ可能性が高い調査を依頼という形で探索、情報収集を代理で行う雇われ冒険者の総称である。
「そもそもウルフ、あなたが面接したって『せっかく来てくれたんだし』って全員合格にするタイプじゃない。その結果がアインとアホとクズエロフよ。もっとちゃんと考えなさいよ」
「そうですよ班長!これ以上おれらみたいなポンコツ増やしたっていい事ありませんって!…あれ、なんか悲しくなってきた…」
「…黄金とか、一生青銅止まりのオレらじゃ先輩としての立つ背が無くなりますよ…」
「やってらんねぇ…どうせむさいおっさんとかが来るんだろ…」
「私は(人体)実験を手伝ってくれる子なら問題無いわよ」
だが班員達の反応は芳しく無かった。
というかアリシア以外ほぼ全員が私情しか言って無かった。
アネットに関しては何か聞いてはいけない単語が隠れていた気がしたので、敢えて聞き流した。
「…因みに、可愛い女の子だったぞ。」
「任せてくだせぇ班長!後輩の面倒見るのも先輩の仕事でさぁ!!」
「俺らで手取り足取り仕事教えますんで、その娘の事は任せてくださいよ班長!」
「その娘が怪我した時の治療は任せてくださいよ!なんだったら怪我する前よりキレイに治しますから!」
新人が女の子だと伝えれば、手のひらを返してウルフの味方をする三馬鹿だった。
良いところを見せて、フラグを建てようとする不純な魂胆がわかりやすく透けて見える三人の反応を予想していたウルフは「やっぱりこれに引っかるかぁ…」と少し悲しくなった。
ひょっとしてこうなる事を予想して女の子をスカウトしたのかと、どこまでが素で、どこまでが計算してやっているのか分からない支部長に恨めしげな念を送っているアリシアは置いて、いい加減話を進めたかったウルフはずっと外の廊下で待機させている新人を呼ぶ事にした。
「ハヅキ。入っておいで」
「はっ!お館様!」
「お館様?」と首を傾げるアリシアを置いてきぼりにして、黒装束に身を包んだやや背が高めの少女が入室してきた。
ピンと伸ばした背中から強調される肉体を、改造された忍び装束で隠し、ミニスカから覗く網タイツに包まれた太ももに巻かれたレッグバンドや、手甲や脚甲などのプロテクターの各部には暗器を仕込み、茶色い髪をポニーテールにした利発そうな瞳の忍者アピールが激しいこの少女が、新しく調査班の仲間に加わった人物だった。
「この子が新しく調査班の仲間に加わったハヅキ・ハットリさん。じゃあハヅキさん、自己紹介お願いします。…後親方様って何?」
「はい!私が本日付で調査班に配属された服部葉月。この国風に名乗ればハヅキ・ハットリと申します!名前の響きで察せられた方もいらっしゃいますと思いますが、極東の『東国』出身の者です!種族は人間で、職種はこの国では斥候に分類される忍者を生業にしております!分からない事が多い若輩者ですが、ご指導ご鞭撻の方宜しくお願いします!」
小さく「…お館様はざっくり言うと東国では偉い人の敬称として使う言葉です。」とウルフに答える姿は何処からどう見ても忍者だった。くのいちだった。なんなら美少女忍者だった。当然そんな新入りに反応しない三馬鹿では無く…。
「美少女…!小顔!忍者!しかも真面目系!」
「すげー!忍者!?すげー!テンプラあんの?!ハラキリとかするの!?」
「すげぇ…!調査班に配属される女性ってイロモノ枠しか来ないと思ったけどこんな真面目な娘が来るなんて!?まじで良かったっ!人生良いことあった!」
「あぁそう?…じゃあおれの事は班長と呼んで…って五月蝿いわ!圧が強過ぎんだよバカ共!」
「ひゃ…!?」
早速囲まれるハヅキをアリシアはずっと怪訝な目で見ていた。彼女の視線はずっとある一部を見ていた。
それは健康的な太ももでも無く、身長差を利用してキールがガッツリガン見している胸元でも無く…。
(………あの頭の葉っぱ…何かしら?)
アリシアの視線は、ハヅキの頭の上にずっと乗っかっている葉っぱに釘付けだった。
彼女の頭にずっと不自然に葉っぱが一枚乗っているのだ。
(ひょっとして誰も気付いて無い?…ウルフに限ってそんな…まさか気を使って気付いていないフリをしてるのかしら?)
ならばわたしがやるわ。と自らが汚れ役になる覚悟を決めて、息を殺し、ウルフと三馬鹿が揉み合って自己紹介どころじゃ無くなって途方に暮れてあたふたしているハヅキの目の前にまで詰めると、彼女の頭に乗った葉っぱをそっと払い落とす。
かさっ…。と音を立てて落ちていく葉っぱに気付いたハヅキは、慌てて落ちていく葉っぱを拾おうとして、何かに躓き転んでしまう。
「あっ!?待ってダメ!?…きゃあっ!?」
「あっ、ちょっと!だいじょうっ?!」
アリシアは大丈夫?と最後まで言うことは出来なかった。目の前の光景に絶句してしまったからだ。
転んだハヅキの体には、本来人間ならついてはいけない物があったからだ。
「………尻尾?」
「形からして、狸かしらぁ?」
ハヅキのお尻から丸みを帯びた尻尾が生えていた。
頭には同じく茶色の丸い耳が生えており、普通の人間ならついてあるべき場所に耳が無かった。
耳と尻尾の形といい、茶色のもふもふした毛といいどう見ても立派な狸族獣人だった。
「違います!違いますから!?私は狸じゃ無いです!あれです!ちょっと耳が丸いだけの犬の獣人ですから!?私は狸じゃ無いんですっ!!?」
「……水色の縞々…」
「…ッ!?!?!?!?!?」
利発そうな表情から一変して、急に弱々しい表情になった彼女は、膝をついた状態で必死になって弁明をするが、キールがボソッと言った一言に、ボッと沸騰した様な音を立てて顔を赤くし、恐る恐る両手をお尻の方に持っていって重大なミスに気がついてしまった。
ガッツリパンチラしてしまってた。変身を解いた時の事を全く考慮して無かったのか、もふもふの立派な尻尾のせいでスカートが捲れ上がっていた。
盛大に自爆した事に気がついたハヅキは羞恥心からぐるぐると目を回し……。
「いいいやぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!!??」
「ぼっふぅぅぅう!?」
『は、班長おおぉぉぉぉぉ!?』
混乱して思いっきり振り返ったせいで、遠心力で鞭と化した尻尾で勢い良くウルフの左側頭部を引っ叩いて吹っ飛ばしてしまった。
殴られた勢いのまま宙を舞って地面に激突したウルフは、徹夜の疲労も相まって、そのまま気絶した。
明らかな巻き込み事故による人身災害だった。
「……狸耳ドジっ子モフモフ属性忍者…ハヅキ!なんて恐ろしい娘!?」
アリシアだけは戦慄する方向性が違っていたが、この後ウルフをお姫様抱っこで医務室に連れて行く役得はしっかり果たしたのだった…。
狸か狐かで迷って、結局狸になりました