時間の秘密
ソフィアと訪れた買い出しも終わった。
まだ時間は充分にある。
その時、ふと思ってしまった——これはデートなのでは。
「キャン!」
「どうしたのズーズン」
「キャンキャン!」
ズーズンの吠える声が聞こえてくるが俺は集中していく。
そう言えば母さんが渡してくれた布袋に入った硬貨は、いつもよりも多かった。
そして何気なく母さんは「お昼は任せるから」と話していた。
つまり、これは……
「そ、そうだソフィア!」
「ん、なに?」
「これからご飯でも」
単純な誘いなのにどうしてか鼓動が跳ね上がるようにうるさい。
手も震えてかっこ悪いのに、ソフィアはにこやかに笑っている。
「もちろん!」
上機嫌なソフィアを見て嬉しく思う。単純な自分の気持ちに着いて行けなくなるが、それでも良いと思ってしまった。
もう一日半しか残っていないのだから。
★★★★★
竜人族は大食漢と言われているが、ソフィアの食欲は常識を超えていた。
「……もう入らない」
屋台飯を巡り始めて三店舗目。
一店舗目は海鮮を粉物に混ぜて焼いた物。
二店舗目は麺を香ばしいソースで焼いた情緒溢れる一品。
そして三店舗目に選んだのは牛肉を甘いタレで焼いた物なのだが、ソフィアは半分ほどで諦めていた。
「……シュンスケはよく食べられるね……」
このくらいの量ならば一般的な男は食べられるだろう。いや、もしかしたら女性でも普通に食べられるかもしれない。
「キャン!」
「何が入ってるか分からないからダメ」
ズーズンに食べさせられないから困ってしまっていた。
そんなソフィアを見ていると目が合った。
「そうだ、これは……」
ソフィアが手にしている牛串に、どうしてか淡い期待を抱いた。
「持って帰ろ!」
当たり前な回答にそうだよなと肩を落とした。
いや、その方が助かったかもしれない。ズーズンの目付きが鋭いのが目に入り、俺はそう思う。
あの牛串を貰った日には恨まれただろう。
「そうだな……じゃあ他に見たい場所はあるか?」
「うーん、この街を見渡せる場所に行きたい」
ソフィアの要望に俺は、ある場所に向けて指を差した。
「あの上からなら全部見えるだろうよ」
「じゃあそこにしよ!」
家が段々と上がるように立っている場所。
あの周辺は貴族街になっているらしいが一般の竜人族も出入りしている。
そこには皆が憩いの場にしている公園があり、街を一望できる。
俺がソフィアを案内して二十分程、公園に辿り着いた。
「本当に全部が見えるよ!」
ソフィアがピョンピョンと跳んで喜びをみせている。あれは何、これは何なのと色々と俺は聞かれてその度に教える。
「凄いお城が見えるよ!」
市街地を一望できるだけでなく、遠くに王都に君臨している城が見える。
その神々しさから貴族も皆に味わって欲しいとこの公園を作った。
それは皆が原初である竜族を心の底から想っている。
だからこそ、この場所は誰からも愛されていた。
何度見ても感激する風景の中、城から一筋の光が見えた。
「何あの光は?」
「城から見える光は、後光って言って祖である竜族が見守ってくれている証なんだ」
ソフィアは俺の説明を聞いて大きく驚いていた。
多くの国や旅をしてきたソフィアでもこの光景は見たことなかったらしい。
「同時に時間も教えてくれているんだ——えーっともう夕方になるな」
六時になると後光が差し込んで教えてくれる。
時計を持っていない国民も多いから周辺の街にはこうやって教えてくれるらしい。
そして街は村へと光を差し込んで教える。
城から国中に広がる光は、魔族を照らし続けてくれる太陽の様であって、差し込んだ光が影となるから”後光”と言われているらしい。
「……そうだったんだね」
ソフィアが見せた驚愕の中に色々な感情が見える気がした。
呆然、愕然……そして喜び。
様々な状況を見てきたソフィアだからこそ見せる表情なのだろうか。
「じゃあ戻ろうか」
ソフィアが頷いて家に戻ることにした。
まだまだ市街地で見てないところは多い。
もし今後も会うことがあれば……いや、今はまだ考えない様にしとこう。
★★★★★
無事、家に辿り着いて眠る。
そして朝日と家を揺らす風で目を覚ました。
「母さん、おはよう」
「——うん、おはよう」
まだ寝ている筈の母さんが目を覚ましていた。
その顔は、どこか悲しげになっていた。
原因は見てわかる。
昨日まで居たソフィアが朝一番に旅立って行ったらしい。
「実はね、ソフィアさんとは前に一回だけ会った事があっただよ」
母さんは遠くの記憶を思い出す様に話し始める。
「少しだけの会話だけども、とても綺麗だったから私は忘れなかった。向こうは、何十人、何百人と会ってきた一人なのに……覚えてくれたなんて嬉しいよ」
まさかソフィアと母さんが出会った事があるとは思わなかった。
魔竜国に来たことがない素振りを見せていたから別の国で会ったのだろうか。
母さんが些細な出会いを大切にしているとは思わなかった。
それだけソフィアの印象が強く残ったのかもしれない。
朝から情緒溢れる中で玄関からノック音が聞こえた。
「魔竜国軍だ、ナミル・カーサルは居るか」
こんな場所まで魔竜国軍が顔を見せるとは思えない。
何か嫌な予感がした。
「俺が出るから母さんは隠れてて」
「う、うん、わかった」
呼吸を整えて俺は玄関を開ける。
そこに居たのは、目付きが死んだ高身長の軍人だった。
「貴様は、シュンスケ訓練兵だな」
「は! 塹壕部隊、兼歩兵部隊所属シュンスケ・カーサルです!」
「シュンスケ訓練生ですね。ナミルを出しなさい」
俺の事を虫けらを見る様な目で見下しながら軍人は言い放った。
「只今、母ナミルは外出中で……」
俺が言い切る前に腹から猛烈な熱が込み上げてくる。
何をされたかと下を見た時、腹にナイフが突き刺さっていた。
「私に刃向かう気ですか訓練兵」
俺の事を一切信じていない軍人が、ナイフを引き抜いてまた突き刺した。
その瞬間、喉が血に焼けて吐き出される。
「な、なんで……」
「家を取り壊しなさい。それでも見つからなければ周辺の村を焼いて、それでも居ないなら——市街地に極大魔法を放ちなさい」
母さんを見つける為に大勢の犠牲を出そうとしている命令が発しられた。
「ま、待って! 私は居ます!」
唐突な理不尽に母さんが姿を見せてしまった。
「……反逆者だった訳ですね訓練兵。残念です、正義のために死んで下さい」
母さんを一瞥した軍人が俺の喉にナイフを突き刺そうとした時、母さんが叫んだ。
「や、やめてください! その子の命だけは……私の全てでも、研究でも何でもお渡しします……だ、だからその子だけは!」
軍人のナイフが俺の喉で触れる寸前で止める。
「ナミル・カーサルを捕縛しなさい」
数多くの軍人が姿を見せてた。
すると、母さんを殴り付けてた。
「や、やめろ! 何をしているんだ!」
俺が声を張り上げると俺の腹を蹴りつけて倒れた瞬間に頭を踏みつけた。
「こいつは”魔女”だ。魔族も人間も裏切り、最終的には恩義を掛けてくれた竜族を騙した存在だ」
「例えそうだったとしても……!」
こんな仕打ちする必要はあるのか。
母さんは、誰も騙していない。
それどころか市街地では皆を助けていたという話も聞いている。
「それは間ちが……!」
俺が声を張り上げた瞬間に頭を強く踏み締められる。
「不安な要素を全て排除せよという王命です」
どうしてこんな事が起こるのか。
ただ暮らしていただけなのに、何で全てを奪うのだろうか。
そして何も出来ないまま母さんが目の前で捕縛され出した。




