旅道中
何でもソフィアは旅をしているらしい。目的はなく、ただ世界を見て周りたいと思っただけと話していた。
そんな理由で魔竜国を訪れたら戦争の真っ最中のせいで他の国にも行けなくなってしまった。
ちなみに種族を聞いたところ竜人族と教えながら背中に生える鱗を見せてくれたが……真っ白な背中を見て鼓動がうるさくなってしまった。
深呼吸をしながら出ようとしてくる男の性を抑えていると足元に子犬が寄ってきた。
「ガウッ!」
「いた!」
「な、何しているのズーズン!」
俺のイヤらしい視線を見抜かれた。
流石は獣としか言えないし、俺にはズーズンを怒る資格がない。
「こら、ダメでしょ!」
「……ヘヘ」
舌を出して誤魔化しているズーズン。もしかしたら誤魔化しているのではなく、ただ俺の脚を噛みたくなったから噛んだ——という可能性も。
それならば叱るべきなのか。
他人の飼い犬だとしても、甘噛みだったとして俺は叱らないといけないのか。
ソフィアに怒られているズーズンを見ると愛くるしい瞳を向けてくる。
あんなうるうるな瞳を見て怒れる筈が無い。
そもそもソフィアがしっかり怒っているのだから俺が言うまでもない。
「俺は平気だから気にしないで」
「それでも……」
ソフィアは飼い主としての責任を重く受け止めている。
飼い犬が人を怪我させたとなれば殺処分になる可能性もあるから、分からなくもない。
けれども、ソフィアの悲しんでいる顔を見たくないと考えてしまった。
「大丈夫大丈夫! 怪我した訳じゃないしな!」
「シュンスケがそう言うなら……」
サラッと呼び捨てになっていた。
その瞬間、心がザワついてしまう。
「あ、ごめんなさいっ! 私何も気にしないでお名前を」
「いや、呼び捨てで構わない。何なら敬語も要らない……というか、俺もそのままだったしな」
自分に出来る最大限の笑顔を向けてしまった。
こんなのキャラじゃないのにソフィアの前だとこうなってしまった。
もしかして……一目惚れ。
「分かったよ、じゃあよろしくねシュンスケ」
「……」
「えっ、あ、ダメだった?」
慌てたソフィアが覗き込むように見てくる。ただそれだけなのに目が見れない。
「う、うん、よろしく頼む」
変な空気感にならない様にぎこちない笑顔を向けた。
★★★★★
俺とソフィアは市街地まで買い物に来た。
ソフィアと母さんがあまりにも意気投合したらしく泊まる事になった。
まさかこんな可愛い子と一緒に街に出られるとは……と思っていたが母さんが付いてきた。
「ソフィアさん、どんなのが食べたいですか?」
「わ、私に気を使わないで下さい! お邪魔しているだけなので」
「そんなの気にしないで下さいね。こうやってお話できるだけで幸せですから」
あれだけ他人に厳しくて関わりたくないから丘の上に家を建てた母さんがこうまで変わるとは、ソフィアは凄いかもしれない。
なんの話をしたらそこまで仲良くなれるのか気になる。
話を聞こうとしたところで母さんは教えてくれないだろうから諦めるしかないが。
「シュンスケは何が食べたいんだ」
唐突に母さんに聞かれた俺は少しだけ驚いてしまった。
「何って……家っぽいのなら」
「何でも良いって事かい。それが一番困るんだよ」
いつもの手厳しい母さんが姿を見せた。
この姿が俺の知っている母さんだから、安心してしまう。
「と言われても母さんの料理は何でも美味しいから」
「……全くどこでそういうの覚えてくるんだが」
呆れられた俺は、如何しようも無い。
ただこういうやり取りが懐かしくて嬉しい気もする。
そのまま母さんの案内が始まった。
案内と言ってもソフィアに対してであって俺に対してでは無い。
ソフィアは、本当にこの街が初めてらしくて目を輝かしていた。
途中にある屋台も網羅するのでは無いかという勢いで食べている時には驚いたが、その仕草も可愛いと思った。
「クゥウ」
「これは味濃いからダメ」
ズーズンには厳しいと思ったが、ソフィアは自分のお金からしっかりとズーズンが食べられる物を探して買っていた。
子犬にも優しく接しているのを見ると更に惚れて——いや、惚れてはいない。
何とか自覚しない様に心を制御する。
今は、楽しくてもあと二日もすれば前線に戻る。
その前に魔皇国軍が攻めてきたら緊急集合もあり得る。
何があるか分からない戦時下だから……。
俺は、素直になれない。
「シュンスケ、荷物は重くない?」
前を歩いていた筈のソフィアが横に並んだ。
何だか心を見透かされた気がするが、俺は両手で抱えた食材を見た。
様々な食材が入ったこの麻袋をソフィアにわたす訳にはいかない。
大きく実った野菜だったり、塊肉が入っていたりと何よりも重たい。
「大丈夫だとも、伊達に鍛えていないからね」
「そうなんだ! 何かしているの?」
「えーっと」
正直に言うべきか悩んだが、もう母さんが話しているだろう。
そう思いながら俺は口にした。
「俺は、前線に居るからこれくらいはヘッチャラだとも」
「えっ……」
ソフィアの動きが固まった。
動揺に近い気がして、俺をどうしようもない緊張感が襲う。
まるで時が止まった様だった。
「あー、母さんに聞いてなかったか! 俺は、魔竜軍所属なんだ。昨日まで前線で戦っていて、今日になって帰って来たんだ」
「そ、そうなんだ」
ソフィアは戦争とは無縁の生活をしていたのかもしれない。だから、こんなにも緊張感に包まれた空気を出している。
「ほら、早く行くよシュンスケ!」
「今いくよ母さん! 何も気にするなってソフィア。よくある話さ」
「……うん、そうだね」
ソフィアの手がズーズンをギュッと抱きしめていた。
この子はどこまでも優しい子。
そんな気がした。




