将軍と魔王
ゾフィー閣下が戦場に降り立ってから全てが変わった。
魔王が生み出す土人形を遠くから拳を振るうだけで、空気が圧縮されて飛び出していく。
その空気弾と言える攻撃に土人形が触れると粉砕され始めた。
しかも、それが一発ではなく数百発に及ぶ。
「恐れるな! この我が共に進む、前へ行け同志よ!」
暗黒の全身鎧から聞こえてくる酒に焼かれたようなしゃがれ声。
女性か男性か分からないこのしゃがれ声こそゾフィー閣下の象徴。
その声が聞こえてきただけで俺は、安堵感を得る。
この前線も負け戦では無い。
ゾフィー閣下が進むために作り出した道を無駄にしてはいけない。
だから、俺たちは走り出した。
「うをおおおお!」
片手に魔法を意識する。
もう片手は剣を強く握りしめて突貫する。
ゾフィー閣下が魔王に向けて飛び出した。
その場からジャンプするだけで地鳴りがする脚力は異常でしかない。
「閣下の邪魔になる者を殺せ!」
「「はっ!」」
どこかの将官が叫んだ命令に俺たちは呼吸を合わせて返事をする。
いや、不思議と乱れていた呼吸が勝手に合致していた。
「お待たせ〜」
その時、もう一つの声が響いた。
この子供らしさを詰め込んだ声は、一人しか居ない。
「やっと来たかブディ!」
「遅くなりました〜!」
「分かっているなら早く魔法を飛ばせ!」
「怒らないでくださいよ〜」
「さっさとしろ!」
気の抜けた返事が聞こえてきた。
「【神聖魔法・後光の導き】」
光が走り抜けた。すると先ほどまで感じていた疲労感が一気に無くなった。しかも、擦り傷から打撲などの外傷もなくなっている。
「「ブディ閣下万歳!」」
「おっけ〜、皆、僕の分も頑張ってね〜!」
「「はっ!」」
閣下が二人も出てきた。
もはや魔王に勝ち目はない。
そう安心感が前線に伝染するように伝わる。
ブディ閣下のおかげで土人形とぶつかっても痛みを感じない。それどころかこちらの筋力が上がっている気がする。
押し負けないという事実が全員にあった。
そこからは破竹の勢いで前線を押し上げた。
土人形程度では負けない自信と確実な力が与えられた。
勢いを残して前線を押し上げ続けるとゾフィー閣下が魔王にぶつかりあっていた。
ゾフィー閣下の攻撃は、何もかもが見えない。
拳が速すぎてどういう攻防をしているのかわからない。
それに対して魔王は何も動いていない。
いや、正確には魔王の周りに浮かんでいる五つの光が攻撃を食い止めている。
五つの光は、赤、青、茶、濃緑、白の五色。
それぞれが属性を表していると考えると魔王の正体が導かれた。
「精霊王……ガルボスだ」
ガルボスは、精霊族の長と言われていて古い魔王の一角。
元は人間族に近い在り方だったらしいが謀反を起こしたと俺は教わったが、思うところがある。
人間族のスパイでは無いのかという。
「名も知らぬ魔王よ! どこで竜の力を得た!」
「黙れ! 貴様らのせいで魔竜国は混沌となったのだ!」
激しい打つかり合いから生まれた衝撃が地面を抉る。
その衝撃波に飲み込まれて土人形は崩壊し、竜人は吹き飛ぶ。
「皆〜ゾフィーに近づくと死ぬぞ〜」
「「はっ!」」
衝撃波が次々と飛んでくる。
苛烈な戦いに地面は耐えきれず、塹壕が崩れた。
五つの光が一束に纏まると精霊王が両手を広げた。
「【精霊魔法・五色の虹】」
光線となってゾフィー閣下に向かう。
しかし、手で払い退けた。
乱れた光線が竜人を焼き殺して、一面を火の海にする。
「貴様は魔族を貶めて何を願う」
「貴様こそ竜族の誇りを蝕んで何がしたいんだ!」
「話が出来んな! 【権能解放!】」
権能を解放したと思うと地面がうねりを上げる。
空が雷雲となって雷を落とす。
森が騒がしくなり、地面から木が突き出してくる。
燃え盛る炎が意識を持って蠢く。
地面をかち割って地下水が噴き出し、地面を覆い尽くそうとしている。
まさに混沌として光景になってしまった。
「……【竜皇気・解放】」
ゾフィー閣下も【権能】を解放した。
その瞬間、ゾフィー閣下の周りが吹き飛んだ。
襲い狂う地面、雷、木々、炎、水がゾフィー閣下が身に纏う謎のオーラによって消し飛ばされた。
「それほどの【竜皇気】……貴様、バー……クか」
精霊王が小声で何かを話しているが戦闘音で聴きづらい。
「……私が陛下である訳ない」
ただそれだけが聞こえた時、決戦が幕を閉じた。
ゾフィー閣下の手が精霊王の腹を突き破っていた。
「おみ、ご……と」
「冥界で眠れ、哀れな精霊よ」
腕を引き抜くと血が噴き出す。
その瞬間、うねっていた精霊王の【権能】が消える。
そのまま精霊王が倒れていく。
前線を押し上げ、残り四体の魔王の内、一体を討ち取った。
「うおおおお! 閣下万歳! 閣下万歳!」
誰かが叫んだ。
あの苛烈な前線戦争をゾフィー閣下が討ち取った。
熱狂的な声が戦場に響く中……巨大な影が現れた。
「何奴だ!」
ゾフィー閣下が声を張り上げて拳を振るうと暴風が影を襲う。
影を貫こうとした時、声が響いた。
「ウォオオオオオオ!」
狼の遠吠え。
影が暴風によって貫かれても終わらない声に皆が恐怖した時、もう一つの声が響いた。
「【竜装・解放!】」
可愛い少女の声は、戦地に似合わない。
その証拠にゾフィー閣下は固まっていた。
声が響いてからは、何も起こらなかった。
単なる敵の錯乱か、悪い悪戯だろうと思った皆が感じた瞬間、ブディ閣下が声を出した。
「精霊王の死体が無いですね〜」
「……」
「聞いてますか〜ゾフィー?」
「……ああ、すまん」
ゾフィー閣下は、呆然としていた。
自分が討ち取った精霊王の亡骸を回収できなかったの事を悔やんでいるに違いない。
「まあ死体が無いのは残念ですが仕方ありませんね〜」
「……そうだな」
珍しくゾフィー閣下が見て分かるくらい落胆している。
「——姫様」
その時、俺は変な言葉をゾフィー閣下から聴いたが気のせいだと思い、何も考えなかった。




