幕間4 憧れ
アシュバが樹森の原因を解明してからすぐの事だった。
「来タカ」
ズンズンと地を揺らしながら現れたのは木と同じ背丈の人間。
しかし、人間族とは違い額に三本のツノと真っ赤に染まった拳をしていた。
その拳からは血の濃い匂いがする。
「こんなデカイやつが隠れていたなんてな!」
「オーガ、ダナ」
オーガの口から見えるのは乱杭歯。肉を切り裂く為の歯は刃らしくあり、獣らしさも見えている。
まさに暴力を体現した見た目をしているのだが、ドゥクスには子供が粋っている程度にしか見えない。
「俺に従え! そうすれば非常食にしてやる!」
今すぐは殺さないが、そのくらいの扱いになる。そう言っているのが見えている。
明らかに下に見られているのは伝わってきたが、ドゥクスもそういう経験を得て今の立ち位置にいる。
初代獣女王を手下にしようとして殺されかけたあの日を思い出しながらドゥクスは立ち上がった。
「魔族ナラ戦ッテ示セ」
ただそれだけの話だった。
魔族ならば強者に従う。
つまり、従わせるなら戦って勝つしかない。
「ふん、老いぼれが何を言っているんだ!」
傲慢な態度で腕を組んだオーガにドゥクスは高笑いをあげる。
「カッハハハ! 老骨ニ負ケル鬼トハナ!」
「き、貴様ァ! 偉大なオーガを馬鹿にするか!」
「単ナル小僧ガ何ヲ言ウカ?」
ドゥクスが言った瞬間、拳が飛び込んできた。
怒り顔を浮かべていて血管がはち切れんばかりに見えている。
自身の顔に向かってくる拳を見てドゥクスは思う。
(傷ガ無イ拳ダ。修羅ヲ経験シテナイノダナ)
拳はドゥクスの顔にぶつかる。
大きな拳を浴びせたオーガは変な笑いを上げていた。
「へ、へへっ俺を馬鹿にしたから悪いんだ!」
追撃もしてこない。
一発殴っただけであってドゥクスは傷を負っていない。
もはや黙らせていない拳なのにオーガはとても自慢げにしている。
「小僧、喧嘩シタ事ナイダロ」
ドゥクスは気がついてしまった事を口に出す。すると、オーガが震え出していた。
「な、何を言っているんだ!」
もう一度、拳がぶつかる。
次々と乱打し始めた拳だが、ドゥクスを傷つけない。
むしろこの拳は虚無だと思い出した。
「モウ良イ小僧——【土魔法・土縄】」
ドゥクスが魔法を発動させると土で作られた縄がオーガの拳を捕らえて止めた。
「離せ! 魔法だなんて卑怯だぞ!」
「小僧モ魔法ヲ撃テバイイダロウ」
一蹴したドゥクスは、オーガの拳に牙を突き立てる。
「い、痛え! 痛えじゃねえか!」
「喧嘩ダゾ、何ヲ言ウカ」
ドゥクスはもう気がついている。
このオーガは戦闘慣れしていない事を。
「そんなの分かっている!」
拳の代わりに足が飛び込んで来たが、土縄を強引に引っ張ってバランスを崩す。
無理やり蹴ろうとしたのか筋肉が変な方向に曲がってしまったのか悲鳴を上げていた。
「小僧、弱イナ」
「……お前も、お前もそうやって俺を馬鹿にするのか!」
叫びながら何度も地面を叩きつける。
もはやその傲慢を表した拳はドゥクスに向けられない。
向けた所で勝てないと分かってしまったからだった。
「戯ケガ!」
ドゥクスが声を荒げた。
その瞬間、空気が固まった。
いや、冷水をぶっかけられて静かにさせられたという具合だろう。
「オ前ハ、ソウヤッテ逃ゲタノダロ! 一族カラ宿命カラ!」
「お前に何が分かるんだよ! 俺たち一族は何もしないで……何も知らないで人間に殺されたんだ!」
オーガが心の内を叫んだ。
人間に勝てなかった。だから、ここまで逃げてきた。
ここならば皆が恐れて襲ってこない。
あの日みたいな恐怖を味わう必要がない。
だから、オーガは怖い人間の真似をする。
「人間ヲ恐レルナトハ言ワナイ。ダガ!」
ドゥクスは、倒れているオーガに目線を合わせる。
「抗ワナイデ腐ルノカ! 貴様ハ、オーガノ族長ダロウ!」
「な、なんでそれを……」
ドゥクスは見抜いていた。
このオーガが族長の一族だという事を。
「分カルトモ。何故ナラバ、我ハ魔王ダカラナ!」
多くは語らない。
族長は魔王に従う。
その中で似たようなオーガの子供を昔に見た事があったからなど、ドゥクスは語らない。
「きょ、巨大な猪の魔王……ま、まさか」
オーガはやっと気がついたらしい。
「ドゥクス……様」
「久シイナ、ポルク」
そのオーガは、かつてドゥクスが国を治めていた時に居た子供オーガだった。
特徴的な三つのツノは、滅多に生まれないから余計に覚えている。
「あ、ははは……そんな、まさか、俺は」
事の重大さに気がついたポルクが乾いた笑いをし始めた時、別の声が響いた。
「父上、ご無事ですか!」
ガビーがアシュバを背負って現れた。
そしてオーガの姿をみると凄まじい速さで根が飛び出して突き刺そうとしていた。
「無事ダトモ、根ヲ降ロシテヤレ」
そういうと根が地面に埋まったが、ガビーは露骨に睨んでいた。
「細カイ話ヲ聞コウカ」
全身から汗を流し始めたポルクが話し始めた。




