幕間1 それぞれの道
ソフィアと別れてからすぐの事。
アシュバとガビーは淡々と魔皇国イシュナムに向かうため、洞窟を歩いていた。
あまりにも長い洞窟は、体感で一日が経った。
そしてこれ以上に無いくらい疲労感を感じた時、光が差し込んできて出口が見えた。
久しぶりの陽光を見て感情が高ぶり二人は走り出した。
「な……」
外に出ると絶句してしまう。
そこに見えたのは森だった。
森に百年も閉じ込められていたのに、今出てきた場所は森。
もしかしてここは外では無いのかと一瞬だけ不安になるが上を向けば青空が見える。
何よりもガビーが居るのだからゴガガは消えた。
ため息を吐いて緊張から逃れた時にふと目に入る猪が居た。
「あ、まだここに居たのですか」
先に出て行ったドゥクス達が出入り口で野営していた。
「マダ回復シテイナイカラ……!?」
ドゥクスがアシュバを迎えようと立ち上がった時、喋っていた口が止まった。
「……ガビー」
アシュバの隣に立っている女性を見て、ドゥクスは涙を流し始めた。
ドゥクスの涙が流れたのと同時にガビーが走り出してドゥクスに抱きつく。
「パパ!」
子供みたいに大きな声で泣き出したガビーにドゥクスは牙を器用に使ってガビーの身体に寄り添う。
「ヨク……ヨク生キテイタ!」
ドゥクスも声を上げて泣き出した。
アシュバは、その光景に心を震わせる。
百年も囚われて魔力を酷使されてしまい、最終的には森竜の奴隷として使われた。
ドゥクスは、とっくの昔に死んでいるものだと思っていたらしい。
早まって自害せずに良かったとドゥクスは何度も呟いていた。
「ソフィア様が助けてくださったの!」
ガビーが涙を拭って笑顔で言う。すると、ドゥクスも微笑んだ。
「ヤハリ我ラガ主人ダ! ヨシ、速クイシュナムへ行ッテ助太刀ヲスルゾ!」
ドゥクスが声高らかに宣言すると、イシュナムに向けて出発した。
と言ってもどこに向かえば良いのか分からない。
暗黒宮は大賢者によって突然転移させられた場所。だから、どこにあるのか分からないのだが……と思っていた時、ズーズンの言葉を思い出す。
(この付近にドワーフ王国があると言っていましたね……ならば、人界が近いのでしょうか)
アシュバは頭の中をグルグルと思考する。
太陽の方向を見て、木を切り落として方角を確認する。
(ドワーフ王国のどこに居るのか次第になりましたね……)
アシュバはドワーフ王国の大きさを知らない。その近辺に魔竜国があるのは知っている。
更に言えば魔竜国の近くに魔皇国がある筈なのだが、ドワーフ王国の人界側だとしたら道のりが遠くなる。
真逆だと思っていたら右に魔皇国があるかもしれない。
ここはソフィアに任されているアシュバが間違える訳にはいかない。
だから、慎重に考えているとガビーが隣に立った。
「行かないの?」
「もちろん、行きますよ。けれども、魔皇国がどこにあるのか確認しないといけません」
「それならこっちに集落があるみたいだから行かない?」
「そっちですか?」
アシュバは不思議そうで不安な表情をガビーに見せる。何よりも疑っている。
「向こうからゴブリンの匂いがするから間違いないよ」
「……ゴブリンならば問題ありませんね。行きましょう」
「今、疑っていたでしょ」
「何の話ですか?」
アシュバはトボけながらガビーの後ろを歩く。気持ちだけは最前線なのだが、本当に前に出ると戦いになった瞬間に殺されてしまう。
だから、ガビーに戦線を作ってもらい自分だけは後ろにいた。
「見えてきましたね」
アシュバが見た先に家が乱雑に作られた広場があった。
広場というよりも木々の上に土を固めて作り上げた質素な家が密集している。
「誰だ!」
すぐさま声が響いた時、ガビーが一歩前に出る。
「我が名は森竜ガビー! 森の王者にして、魔王の娘であるぞ!」
声と同時に【権能】を展開させたらしく家が建っている木々を大きく揺らし始めた。
更には地中から根っこを生み出して威嚇するように見せつける。
「も、森竜様!? すぐさま村長を呼びます!」
声が慌てていると揺れている家から小さなゴブリン——アシュバと変わらない背丈——が転げ落ちてどこに走っていった。
それから一分もしない内にしわくちゃがより進んだゴブリンがガビーの目の前で跪いている。
「森竜様、何なりとご命令を下さい」
物凄く素直で奇妙に思ってしまった。
それもゴブリンは森の中で静かに暮らしている種族なのだが、人間族から目の敵にされている。
何よりも悪臭などの衛生面や雑食性が高すぎる面など様々な部分が要因になっている。
それはそうとして魔族ならばどうだろうか。
簡単に言ってしまえば使い捨ての駒。
アシュバよりも位が下であるせいか本当に使い捨てにされてしまう場面が多い。
だから、ゴブリンはいつの日からか魔族から遠ざかった。
使い捨てられるくらいならば独立してでも質素でも自由に生きようと。
というのが百年前の話なのだが、今のゴブリンは魔族に素直に従うようになったのだろうか。
「魔皇国はどっちにある」
「このまま南下していけばございます」
「そうか」
ガビーがそれだけ話して後ろを振り向いてその場を去ろうとした時、物音が響いた。
その瞬間をアシュバは見ていた。
ゴブリンが地面に頭を強く押し付けていた。
その衝撃で物音を立てたらしい。
「何だそれは」
ガビーの不機嫌な声に村長は震える声を振り絞っていた。
「ど、どうか。我が一族を助けてください森竜様……」
唐突な懇願に根が村長の目の前に出てくる。根はどこまでも鋭利で村長くらい一刺しで殺してしまいそう。
「誰に物を言っているのか分かっているのか」
相手は魔族の中でも原初の獣族。しかも、森竜という嘗ては神として崇められていた存在の継承者なだけでなく魔王の娘だ。
言わば王族中の王族に頼むなど無礼千万。
「い、いいい、命ならば差し出します! それでも足りないと言うならば私共が差し出せられる物があればいくらでも!」
村長はガビーに怯えながらも言い切った。
百年前ならば失笑してしまうが、今のアシュバの心には響いた。
しかし、アシュバがガビーを止めようとしても力の差や小悪魔と獣族という大きな壁があって言い出せない。
「何故私が……「良イデハ無イカ」」
ガビーが断ろうとした瞬間、魔猪達に支えられながらドゥクスが出てきた。
支えられているとしてもその風貌はまさに魔王。
登場によって村長が身震いを起こしている。
「ここで時間を潰している暇は無いのですよ父上」
「ソウダナ」
「ならば!」
ガビーが言おうとした時、ドゥクスが声を遮って巨大な声を上げた。
「弱キ者ヲ見捨テルノハ王者デハナイ! ソレデモ、ソフィア様ノ臣下カ!」
ドゥクスの大声に森が揺れている。
それだけの迫力にガビーは溜息を吐いた。
「分かりましたが、話を聞くだけです。内容次第では、ソフィア様との約束を優先します」
「スマナイナ、ガビー」
「謝らないで下さい。この場の王は父上ですから」
ガビーがそう言うとドゥクスは支えられながら元に戻る。その時、アシュバとすれ違うと小声で話してきた。
「コレデ良カッタノダロウ? 戦友ヨ」
「はい、もちろんです!」
こうして魔猪族と小悪魔による森の救済が始まった。




