決戦 天使へカトル
頬を強く殴りつける。
その瞬間、殴った掌が焼ける音がしたが、ノームは気にせず貫くように殴った。
「お前なんかにソフィアのことを話すか!」
「き、き、貴様! 一度だけでなく二度も!」
「うるさい!」
ノームは片手でもう一度殴りつける。
どれだけ火傷で痛もうが気にするほどの余裕は無かった。
それだけ怒りに飲み込まれてしまい、天使を殺すことしか考えられない。
家族を侮辱されたのが許せない。
何があっても侮辱されたくない大切な場所を天使は嘲笑うように貶した。
「うちは、お前を絶対に許さない!」
ノームの怒りが頂点を超えた時、先ほど聞こえた声が頭に入ってきた。
『ノーム、闇に入れ。さすれば真なる力を与えよう』
「なんだってしてやる! その力を寄越せ!」
ソフィアの声が脳内に響いたのと同時にノームの全身に土が付着し始めた。
無意識に鎧を作り出している。そう感じていたのだが、気がつくと違っていた。
どういう訳か土が金剛石に変わり果て、最終的には見たことのない七色の鉱石に変わる。
「な、何をしているのですか半魔!」
ノームにも分からない急激な変化に、身体が追い付かない。
見たことのない七色の鉱石を見てノームは御伽噺に出てくる伝説の鉱石を思い出す。
「これが……地竜が生み出したナナイロ金剛石?」
地竜だけが生み出せるナナイロ金剛石は、伝説そのもの。地竜の巫女であるノームですら書物でしか見たことない代物。
その特性は——。
「消し炭になってなさい羽虫め!」
視界を埋め尽くす真っ白な炎が叩きつけられる。だが、全身をナナイロ金剛石の鎧に包まれたノームには暑くない。
それどころか避暑地にいるくらい涼しく思う。
「なぜだ! なぜ焼かれない!」
天使が慌てふためきながら炎矛をぶつけるが、ノームの鎧を傷つける事が出来ない。
弾幕となった炎矛と白い炎がノームにとって”小雨”と変わらない。
ノームの心中にある怒りが冷たくも激しく燃える。その時、脳内に新たな【権能】が浮かんだ。
「【権能解放・地の領域!】」
【権能】が解放された瞬間、圧倒的な重圧が天使を襲う。その重圧とは……
「ま、またしても私に重力を!」
重力操作とは比にならない圧力が天使にのしかかる。けれども、【地の領域】の効果はそれだけではない。
天使の身体に土が覆い重なり、ナナイロ金剛石へと変化させられる。
さらにその状態で天使の中心へ重力が引き寄せられる。
それはもはや空間圧縮。
天使の両羽が折られ始めた。
白い炎から飛び出てくる真っ赤な炎は、血なのだろうか。
そんな想いを胸に抱きながらノームが一歩近づくと重力が強くなった。
「や、やめろくるな!」
ノームはその言葉に怒りを覚える。
今まで何千、何万というドワーフが同じように恐怖して言葉を叫んだのか。
天使がどれだけ叫ぼうがノームは止まらない。
一歩一歩、進むごとに天使は中心へ圧縮されていく。
どんどんとへし折られていく中で、遂に白い炎が解除された。
「も、もう襲わない! だ、だから許してください!」
ノームは止まらない。
「も、……もう」
どれだけ命乞いをしても、この天使はノームの国民を殺していった。
どれだけの国民が遊ばれるように殺されたのか、その想いを——。
ノームが天使の目の前に立った時には、何も話さなくなっていた。
あれだけ強敵に感じていたのに、こんなにも呆気ない。
ノームは、まだ怒りを晴らし切れていないと思ってしまう。
まだ、まだ憎悪は溜まっている。これを発散するまでは国民の無念も、アングラの無念も救われない。
だけども……。
「【権能解除】」
ノームは【権能】を解いて天使を解放する。
身体中の骨が折られてしまい、見るも無残な姿になった天使に一方的に攻撃しても意味がない。
私怨だけならば思うがままに続ければ良い。けれども……
「うちは王族だから、もう王様だから」
ノームはもう国を背負う王になったのだから私情で行動を起こしてはいけない。
ノームはその想いから振り向く。
刹那、倒れていた天使が白い炎で作った炎矛を向ける。
「しねえええええ!」
振り返ったままノームは再度、【権能】を解放した。
身体に漲る魔力にノームは、もう一つ言葉が浮かんだ。
「グギィッ!?」
ノームが天使に意識を向けた瞬間、地中からナナイロ金剛石が飛び出した。
ナナイロ金剛石が剣のように鋭利に尖り、天使の腹部を貫きながら空に突き進む。
そしてナナイロ金剛石は、天使に侵食しながら広がっていくと……天使を巻き込んで結晶化した。
「【最終奥義・地竜王彩】」
ノームが詠唱したのと同時に結晶化した天使が砕け散る。
「一撃で殺してあげる」
それが憎悪を積もらせても私怨に負けなかったノームの選択だった。
★★★★★
ソフィアは、剣聖を掴み上げて言葉を繰り返す。
「キグレは、何者なの」
「キ、キグレ殿は勇者……ま、まだ話がある!」
分かりきった事を話そうとする剣聖にソフィアは拳を構える。それだけで剣聖が慌てて言葉を繋ごうとする。
「キグレ殿は序列一位の勇者! つまり人間族最強の存在なんだ!」
「人間族……最強か」
それだけ強い存在だからこそソフィアは負けた。そう思えば幾らか気持ちは軽くなるが、どうしても怒りが湧いてしまう。
今ではあの黒髪を思い出すだけで腹が立つ。
「それで、貴方は序列何位なの」
「お、俺は! 最下位の十位だ!」
最下位と聞いて納得した。
キグレと同格ならばこんなにも弱いはずが無い。
「そう、他に剣聖はいるの?」
「いる! 剣聖、勇者、賢者は適正……貴女様方、魔族の言葉で言えば種族のようなものだ!」
ソフィアは、なるほどと思いながら剣聖を捨てるように投げた。
地面に叩きつけられた剣聖は、そのまま気を失ってしまった。その時だった遠くの街が白い爆発を起こした。
ソフィアはノームがその場で戦っているとすぐに思いつき、飛び立とうとした瞬間——
剣聖が燃え出した。
聞いていた炎竜は天使の筈なのにどうして燃え出したのか分からないソフィアは構える。
「……選手交代だ」
その声は剣聖と変わらない。けれども、先ほどよりも圧倒的に重圧な殺気を感じる。
「お前が、ベルモンドを倒したお姫様か……確かに強そうだなっ!」
言葉を吐いた剣聖が気がついた時には目の前に立って剣を振り下ろしていた。
燃える身体に燃える剣。
その二つを一切気にしないソフィアは片手で打ち払おうとするが……剣と交差した時、手が止まった。
ソフィアの通常攻撃に耐える膂力を突然見せてきた剣聖。
明らかに別物の存在に感じる。
「これを耐えるか! それならば自己紹介しようか。俺の名前は、炎竜バルバト……お前は?」
剣聖なのに炎竜と名乗る。
それを矛盾と思ったが、ソフィアは違う事を考えてしまう。
これが本当の姿かと……。
「私は魔竜王ソフィア……貴方、序列は」
ソフィアは先ほど聞いた単語を言う。意味のない情報でも必要になる時があるからだ。
「俺か? 俺は四位だ」
その言葉を言った瞬間、ソフィアは力に負けて吹き飛ばされた。




