二度目の拳
白い。
ただただ燃えている炎の塊は、清らかな純白の炎へと変わり果てた。
その白さは、あまりにも神聖な色。
どこまでも真っ白な炎は、天使の形になる。
「これが真なる炎竜の力!」
天使が手を向けると炎が飛び出した。
たった一撃で家屋を貫き、地下を作り出す壁にぶつかる。そして爆発した。
遠くの街が白い炎に包み込まれて消滅した。
今だに轟々と燃えている白い炎は、忽然と消える。
無詠唱の魔法で街が消し飛んだ。
それだけで圧倒的な力の差を感じ始めてしまうが……何よりもノームが思ったのは一つだけだった。
(うち達の街が……)
戦いの中で街は何度も壊された。けれども、力を試す感覚で壊された現状に怒りが湧いてくる。
「むさ苦しい地下もこれで綺麗になりましたかね」
真っ白な炎に包まれた天使は、そう言葉を吐き捨てた。
まるで虫の巣でも潰したかのような言い方だった。
「おや、羽虫がまだいたのですか」
天使が炎を向ける。
その瞬間、ノームは怒りに任せて重力操作を発動する。けれども、頭に痛みが走り抜けた。
「こんなの!」
血反吐を吐きながら強引に発動させた。
「うちは、お爺ちゃんからこの国を任されたんだ! それをお前は!」
ノームは、空中に浮き出す。
そして周辺にある岩に意識を向けて重力を変化させた。
そのまま突き飛ばすと天使は軽く笑いながら何もしない。
「雨粒のように軽いですね」
お返しとばかりに手のひらを軽く振ると【炎竜魔法・炎竜の顎門】よりも強力な炎が放たれる。
視界に埋め尽くされた炎。
これだけの魔法を簡単に放つ天使にノームは、必死に考え出した。
(あいつを殺すには……考えろ考えろ考えろ!)
地面を数メートルも溶かしながら炎が迫る。
ゆっくりに思えるのは、ノームが死に直面しているからだろう。
もし死を覚悟していたならば過去を振り返るがソフィアで体験した恐怖と、剣聖から立ち直った根性を手にしたノームは、この場面を切り抜ける算段に時間を使った。
あの勢いで来られた潜土は使えない。
重力操作を最大に使っても逃げ切れられない。
ならば、先ほどの力を使うしかない。
ノームを中心に重力を放ち続ける。
炎の勢いが迫ってくるが、重力とぶつかり合い反発を始めた。
そのまま炎は重力に導かれながらノームを避けて通り抜けるが……。
「グウうあああ!」
圧倒的な熱波がノームの鎧を溶かす。
溶かされた鎧が凶器となって肌を焼いた。
身体が沸騰してしまいそうな熱にノームは身体が生きるのを拒否し始めたのか、頭が動かなくなり始めた。
手足が急速に怠くなっていき、動けなくなってしまう。
だが、ノームの意思は諦めていない。
ここで諦めてしまってはソフィアが勇気付けてくれた意味がない。アングラの意思を受け継いだ意味が無くなってしまう。
もう弱虫なノームに戻りたくない。
だから、ノームは自分の身体が壊れようとも戦わなければいけない。
重力が強く動いた。
ノームの踏ん張りが意思となって重力に強く作用したのだった。
「おや、まだ溶けてませんか」
その時だった。
天使の呆れた声が聞こえたのと同時にノームの腹に炎矛が突き刺さっていた。
「……ッ!」
腹部を貫かれた炎矛が臓器を焼き、血を撒き散らす。血はすぐさま炎によって焼かれて鉄の匂いが通る。
「やっと良い匂いがしてきましたね」
倒れていく中で炎に身体を焼かれてしまい、意識が朦朧としてきた。
気が付いた時には地面に寝ている。
あれだけの魔法が囮だとは思いもしなかった。
ノームの目の前に死の匂いが充満した。
「て、天使め……」
最後の力を振り絞って重力操作を天使に向ける。重圧が天使を襲い、骨を砕こうとするが身体から炎を吹き出して魔法を突破された。
「往生際が悪いのは王族の性ですか」
「何を言って……」
「羽虫王と同じだと言っているんですよ!」
ノームの貫かれた腹に、天使の蹴りが突き刺さる。
言葉にできない痛みに悶えて血を吐き出す。
すかさず天使は、ノームを何度も蹴りつける。
「半魔ごときが生意気なんですよ! 私の邪魔ばかりしやがって! あの羽虫だって回心を使うまでは……そうですね」
蹴り付けられ続けて意識が途切れそうになる。
蹴られた拍子に皮膚が避けて出血したが、もはや痛みすら感じない。
「同じように浄化してあげましょう! まだ竜族の情報もありませんから、そのくらいは役に立ちなさい」
「じょ、じょう、か……」
天使が倒れているノームの髪を掴み上げて歪んだ笑みを見せる。
「馬鹿な半魔ですね! 私がどうしてここに辿り着けたのか分からないのですか! 私の神聖魔術・回心によって羽虫は、心を入れ替えて主の下僕になったなのです! そうでもしなければ炎で焼き溶かすしかありませんでしたが……かっっはははははは! 虫は虫らしく利用されてから死になさい」
その言葉にノームは、歯を食いしばった。
アングラは天使によって洗脳されて言いたくもない言葉を言わされた挙句、殺された。
これがどれだけ残酷で酷い事なのか。
怒りが頂点に達する。
「お前が! お前がお爺ちゃんを!」
「そんなの分かりきっているでしょう。これだから羽虫は」
ノームにとってそこではない。
アングラは生死を賭けた戦いをした後に殺されたと思っていたのだが、侮辱されて殺された。
だからこそ、ノームは怒る。
「もう良いですよ——主よ、堕落した咎人に神聖なる光を見せたまえ。さすれば咎人は心を入れ替え、主の矛になりましょう……【神聖魔法・回心】」
詠唱が始まった。
ノームの頭に異様な光景が流れ込んでくる。
顔は見えないがどこまでも白い人間が真っ白な空間に純白の玉座に座っている。
その神々しさにノームはのめり込んでしまいそうになる。
精神が白に溶け込む。
何かに溶け込んでいき、どんどんと神を——主を崇拝する。
生まれた時から見守っててくれた主を崇めなければいけない。その為には憎き竜族を倒さなけ……。
『ノーム』
どこかで聞こえてきた声がした。
大切な誰かの声。
『”私”を思い出せ』
「これで魔術は完了です。【回復魔法・大治癒】」
ノームの火傷や貫かれた腹部が治り、体が身軽になった。完全に回復したところでノームは立ち上がる。
「回復もしたのならソフィアの秘密を話しなさい」
「ソフィアは……」
ノームは、呟く。
「お前なんかとは違う!」
燃える天使に言い放ち、ノームは重力操作を発動させ本気の拳で頬を殴りつけた。




