人災
ソフィアは、何度も泣いてしまって恥ずかしい。
ただその感情に埋め尽くされて泣き止んだソフィアは顔を真っ赤にしながら顔を伏せていた。今でもノームはソフィアの手を握り、頭を撫でている。ズーズンは心配して懐に潜り込もうとしてきた。
「そんなに恥ずかしい事じゃないよ」
「うん」
「頑張ってきたソフィアが凄いんだよ」
「うん」
その言葉が全て恥ずかしくさせている。だからソフィアは、いつもよりも早口で、しかも大声で言った。
「話の続きをしよ!」
「うん、そうだね」
勝手にお姉ちゃん面をしていたノームは手を離して席に座った。
「話に戻ると、うち達ドワーフは”天使”と”剣聖”と戦っているの」
「天使と剣聖?」
天使も剣聖も聞いた事がある。これまたナーシャが教えてくれたが、深くは教えてくれなかった。もしかしたらソフィアが忘れてしまっただけかもしれないが。
「確か、勇者の仲間……?」
「そう、天使は大賢者の絡繰人形。剣聖は……異世界から来た人間族の愛称で、剣術の【絶技】に長けているの」
「……【絶技】ってなに」
絶技は、知らない自信しかない。ナーシャから聞いた覚えは無い。忘れてしまった可能性は無いとは言い切れないが、【絶技】という甘美な名前を忘れる筈がない。
「【絶技】はね、魔族が使う【権能】時に強化された膂力があるから発動できる絶対的な力なんだけども……大賢者は、力を解明したの」
「……またそいつ」
「うん。つまりは、常識外の必殺技みたいなものだよ! それで剣聖は、剣を使う【絶技】を習得した人間族だよ!」
ソフィアは大きく頷いて分かったふりをする。そういえばアシュバが話していた気もするし、それっぽいのも使っていた気がする。だけども、確信は無いから今、分かったことにした。
「天使は興味はないの?」
ノームの純粋な質問が来た。
ただソフィアにとってはそれだけは興味が湧かなかった。
「ゴーレムでしょ?」
「う、うん、まあ。じゃあ話を戻すね」
ノームは、また真剣な顔になった。今までが説明ばかりでソフィアは申し訳なくなってしまった。
「天使と剣聖だけで、もう五つの村と三つの町が焼かれた……死者数だけでも6000人は超えているの……」
「そんなにも」
あまりの多さにソフィアは絶句した。それだけ殺しても、天使と剣聖は殺害を止めない。まさに狂人そのもの。
どれだけこの二人は命を軽く考えているのだろうか、とソフィアは考え出してしまい怒りが湧いてくる。
「どれだけ残酷なことを……!」
「怒ってくれるんだね、ソフィア」
「もちろんだよ! こいつらは命をなんだと思っているの!」
ソフィアの純粋な怒りが広がった。その瞬間、ソフィアは両手で口を押さえて謝る。突発的に熱くなってしまった。
「ご、ごめん」
「ううん、怒ってくれて嬉しいよ。それでね、うち達は……天使と剣聖の討伐隊を出すことにしたの」
ノームはそのまま話を続けてくれた。ソフィアの扱いに慣れてきたらしい。
「——討伐隊」
人間族に対して討伐隊を出す。
これは、脅威になる人間族——通称、人災を排除するための部隊や軍隊を設立して対処するという魔族用語。流石にこの辺りの一般教養は、ソフィアでも覚えていた。
「そう。討伐隊は、ドワーフ王国直轄軍が3000名」
その膨大な数にソフィアは驚く。たった二人を倒すだけ最低でも熟練者3000人の規模が必要になる。やはりあの赤の雨が厄介なのは明白。
どれだけ耐火装備を揃えるかが、相手を倒す決め手になるとソフィアはそう考えた時、一つだけ忘れていた。
「ねえ、剣聖はどんな技なのか分かるの?」
「先鋭部隊の話だと……見えない速度で切り刻んでくる……とかで、何ともね」
「不明な【絶技】……」
剣聖がどれだけの力を持っているのか、それさえ分かれば対処できるかもしれない。だが、現実はそう甘くなかった。
「どれくらいの強さなのか……それはうちにも分からない」
ソフィアとノームは頭を悩ませる。ソフィアの中では、人間族の強さは勇者を考えてしまう。今ならば、あの強さがゴガガを優に超える。
まだ【権能】の使い方も何も分からないソフィアだったが、それでも怒りに任せて振るった拳が勇者には届かなかった。
それと同等の可能性があるなんてソフィアは考えたくない。出来ることならば、戦いたくない存在ですらある。
「本当にどうなんだろうね……」
ソフィアはため息混じりに話していた。それだけ魔族にとっては人間族というだけで恐怖して、目前にすれば恐れて動けなくなってしまうほどに怖い存在。
その中でも別格と言われている勇者とその仲間。だからこそ、ソフィアは気合を入れなおそうとした時——ふと思い出した。
急いで闇の領域に帰らないといけない。
その事実はあるけども、どうしてもドワーフ王国を見捨てられない。
このまま闇の領域に帰ってしまう薄情な事は出来ない。だけども、待ってくれているアシュバ達が居る。
少なくない葛藤がソフィアの中で生まれた。その時、ズーズンがソフィアの足元に寄って座る。
まるでソフィアの心境を理解してくれたのか、支えようとしてくれたのか。ソフィアにはそう感じた。
その瞬間に、ソフィアは決意は満たされる。
(ごめんね、アシュバ。私は、もう少しだけ寄り道して帰るよ)
どうやってノームに伝えようか、悩みだしたソフィアだったが、正直に言おうとノームの顔を見る。ノームは今もどうしようとという顔をしていた。
「ねえ、ノーム」
「どうしたのソフィア?」
「私ね」
ソフィアは、ノームにしっかりと参加の意思があると言おうと思った。だからこそ、しっかりと目を見て話す。
「——私も参加するよ」
ただ一言だけ。その言葉に目一杯の想いを込めてソフィアは言った。
言葉を聞いてノームが目を見開いたように驚く。まさかソフィアが参加するとは微塵も思ってなかったのだろうか。
「え、あ、平気だよ」
いや、ノームの顔は単純な驚愕と、ソフィアの言葉は冗談だろうという何とも言えない表情をしていた。
この一言にソフィアは自分の強さを理解していないと判断できた。だからこそ、ソフィアは胸を張って言い張る。
「私は強いよ!」
「うん、そうだね」
「思ってないっ!」
頬を膨らませるソフィアに、ノームはにっこりと笑ってごかましていた。
次の更新は明日!
ちなみに【絶技】と標識を変化させたのは、ソフィアがちゃんと絶技を認識したからです。




