赤い雨
ソフィアはノームの部屋に戻ってきた。何気なく椅子を後ろに引いてくれる。その所作に育ちの良さを感じられた。
ソフィアは同じことをしようとしたが、ノームに手で「座って」と指示されたから、申し訳なく思いつつも座った。
「じゃあ今のドワーフ王国について話すね」
そう言ったノームが、一つの球体の水晶を取り出した。水晶を机に置いて何かを唱え始めた。
「【閉じ込めた記憶を今、喚び戻せ……記憶再生】」
突然の”魔術”にソフィアは驚くが、表情に出さない様にした。これでまた話が脱線したら話が進まな——。
「ソフィアは魔術を見るのは初めて?」
「え。あ、うん!」
見抜かれていた。どうもソフィアは態度に出やすいのか自分の周りをキョロキョロと見て確認する。
「もう目が輝いていたし、前のめりで見てくるんだもん。緊張しちゃうよ」
「そんなにだったの?!」
まさかそこまで態度に出ていたとは思っていなかったソフィアは驚きを隠せない。
そんなにも気になるならと、ついでと言わんばかりにノームが魔術に付いて説明を始めてくれた。
「魔術は、魔法の下位互換ね。魔力量も多く使われちゃうし、良い所が無いけども、唯一、努力すれば魔法と違って身につくのが良いところかな、本当に努力次第だけどね」
「で、でも、魔術を作ったのって……」
ソフィアの素朴な疑問にノームは、何とも言えない表情をしてから答えてくれた。
「ドワーフ王国は、一時期は人間族の支配下だったの……どうしても身に染みているんだ」
「……ごめんね、辛いことを」
ソフィアは素直に謝った。極悪非道の人間族が行なった事をソフィアは想像でしか分からないが、その仕打ちを受けただろうノームにとっては想像も出来ない経験だ。
「ううん、平気平気! ずっと前だから! じゃあ映像を見せるね!」
ニッパリと笑ったノームが、水晶に触れると突如、空間に映像が流れ出した。その突然さに一番驚いたズーズンがソフィアの膝上に駆け登り、抱っこを要求してきた為、撫でながら一緒に見ることにした。
★★★★★
ドワーフ王国の”地上”にある村。名前はコーネラル村。
そこは森に囲まれているが、目立つ危険はない。強いて言うならば、たまに野犬などの動物が出てきて家畜を襲ってしまう程度の危険。
コーネラル村には、298名のドワーフが住んでいた。
男女比率はほとんど同じだが、大半が大人。そして子育てをしている女のドワーフ以外が手先を器用に使う必要がある工芸品を作って生活していた。まさに特産品を作る大切な村の一つだった。
そこでは皆が幸せに暮らしていた。何よりも魔竜国が歩いて三日の距離にあるから安心できる。しかも、これは短足のドワーフが歩いての距離になる為、竜族の異常な膂力になると一日も掛からない。
バーニックが本気で走れば12時間ほどで到達する。その事実だけでコーネラル村は、安心していた。自分達が一番最初の被害者になるとは思っていなかったのだ。
何時もの様に村の大半が広場に集まって話をしている。その時だった。
「なにあれ」
誰かが言った。
指は青空に浮かんでいる雲を指差していた。
その声に釣られて皆が空を見た時、雨が降り始めた。
雨は、”赤”だった。
「逃げろおお!」
また誰かがそう叫んだ。その声は、喉が張り裂けてしまう絶叫だった。
雨が、一つの屋根に当たった。屋根が燃え盛る。
たった一粒の雨が、屋根を燃やして、柱を伝って家全体を燃やす。あっという間に全焼して倒壊する。
惨劇を見たドワーフ達が逃げ惑うが、もう遅い。雨は、小粒から大粒に。小雨から大雨に変わっていく。
真っ赤な雨は30分でドワーフを一人残らず焼死体に変えた。
雨は止み、燃え盛る村だけが見える時、空から純白の羽を持った人間族が降り立った。
「浄化です」
★★★★★
映像は、そこで途切れた。
顔も見えない羽の生えた人間族が村を焼き尽くした。
「な……」
その映像にソフィアは声が出なかった。
あまりにも残酷な光景に……始めてみた人型の死体にどんどんと胃液が上がってくるが、ここで吐いては死んだドワーフを侮辱してしまう。
だから、ソフィアは必死に堪えた。
何とか胃酸を戻したソフィアは、映像が終わった水晶を見る。
「……ソフィアは凄いね……うちは初めてみた時に吐いちゃったんだ……」
その言葉の重みをソフィアは、知っていた。
どれだけ必死にノームが耐えて、耐えて、それでも耐え切れなくて吐いてしまった。それが、この国を想うノームだからこそ恥じているのも……ソフィアには分かる。
「……私は慣れているだけだよ」
ソフィアは、嘘を吐いた。この言葉は、薄っぺらい。だけども、一つの言葉でノームの気持ちが晴れるのなら……と弁明するように何度も考えていた。
「——」
ノームの顔はあまりにも悲痛な顔をしていた。ソフィアは、嘘がバレたと感じたが、ソフィアの考えとは裏腹にノームが優しく抱きしめた。
「ごめんね……ごめんね……辛い過去があったんだね……」
ノームに優しく包まれた。
ふと目に映ったガラスにソフィアの姿が反射して見える。その姿を見て、どんな顔をしていたのかソフィアは初めて知った。
ソフィアの顔は、青ざめていた。
いや、恐怖に取り込まれ真っ白になっていた。どれだけの恐怖を見ていたのか分からない——そう感じた時、ソフィアはふと思った。
目の前で家族が殺されたあの日を。
呪いとなって取り憑かれているあの日を。
どれだけ考えても逃げられないあの日を。
勇者が壊した日常を無意識に表していた一言。だから、嘘だと思って発言した言葉も本当だった。
「大丈夫だよ。もう昔だから」
「——ソフィアは、頑張ったんだね」
そんな事はない。そう言いかけた時、ソフィアはぎゅっと抱きしめられた。【竜皇気】を使ってない今のソフィアには少し痛いくらいの強さで。
——だけども、心が……。
「うん……私、頑張ったんだよ……っ!」
初めて王として畏怖されず、正面から全てを包み込むように褒めてくれた。
突然、全てを背負った少女が、この時だけは年相応な普通の少女に戻った。
やはり本来のソフィアは泣き虫
次の更新は明日!




