クッキーと紅茶
アングラ達が、何とも言えない表情をしながら退出した。
それを見送ったノームが、ソフィアの方を向いて手を取ってくる。
「宮廷を案内するよソフィア!」
「へ? あ、うん!」
一瞬だけ何の話か分からなかったが、お言葉に甘えて案内して貰う事にした。だけども、ソフィアの視線は机に置かれたクッキーに釘付けになっていた。
「どったの?」
「ううん、なんでもない!」
目を輝かしていたのか、ソフィアの視線を見てノームが軽くため息を吐く。そして優しい声色と微笑みを向けてくれた。その瞬間、ソフィアは何を意味するか理解してしまう。
「食べてからにしよっか」
「うん!」
今までに無いくらい元気な返事をしたソフィア。それに対してノームは乾いた笑いを見せる。
実のところ、ソフィアは、我慢が出来ないくらいに甘味に飢えていた。
ずっと宮廷暮らしをしていたから砂糖菓子は揃っていた。それこそ焼き菓子から生菓子まで様々な種類を置いていた。
しかし、暗黒宮という自然の中に転移してしまったソフィアは、甘味を我慢するしかなかった。それこそ最初は、絶望を抱いていたから余裕は無かったが、アシュバとズーズンが仲間になった頃は、どうしてもクッキーが食べたくて仕方なくなった。
けれども、過酷な環境下——アシュバもいる手前——でクッキーが食べたいなど言える訳が無い。だから、ソフィアはずっと我慢していたのだ。
その証拠に、ソフィアは我先に椅子に座ってしまう。更にノームの許可が出るよりも先に一つのクッキーを摘んだ。
クッキーのザラザラした触感だけでも堪らない。今すぐに食べてしまいたいソフィアは、辛うじて残っている理性を使ってグッと我慢しいる。だが、目線が勝手に動いてノームを、見つめる。
「ど、どうぞ」
ノームの許しを得た瞬間にソフィアは、一齧りした。
「……」
「どうしたのソフィア?」
一口だけ食べたクッキーを片手に虚空を見つめるソフィアを心配してノームが話しかけてくる。
「お」
「お?」
「おいしい!!」
あまりの美味しさに感激を覚えてしまう。今まで何度も食べてきたクッキーに似ている味わい。だけども、そのクッキーよりも格段に美味しい。
何よりもほんのりと使われている砂糖の甘みに、卵や牛乳。何よりもソフィアを感動させているのは小麦が使われている事だった。
大好きな小麦——それこそパンが大好きなソフィアにとってクッキーの味わいは堪らない物だった。
まさに感動の嵐は、今までにない衝撃をソフィアに与えてくる。
その時だった。
ノームが純白の陶器ポットを取り出した。
そのポットにソフィアは見覚えがあった。何とソフィアの部屋に置いてあったポットと同じではないか。
「そ、それは?」
「これは、ドワーフ王国の特産品だよ。陶器などのモノつくりが有名でね」
「だからなんだ! これと同じやつがお家にもあるの!」
ソフィアが満面の声で応えると、ノームがポカンと置いていかれた目をしていた。単純に驚いた顔をしているのだろうが、あまりにも間が開いている気がしてしまう。
特に気にするほどでは無いが、どこか気になってしまった。
「あ、そうなんだね……お揃いだね」
「うん!」
ノームも笑顔を向けてくれたから、良いことだと分かったソフィアはもう一度、満面の笑みを浮かべてからポットを覗くように見た。
もしクッキーが無ければ我慢できずにソワソワしていた。何故ならば、今も鼻を刺激する大好きな紅茶の匂いがポットからしていた。
これまた堪らないと思っていても、態度には出してはいけない。それだけは王族の恥だとソフィアは知っている。
「もう少し待ってね、今注ぐから」
「え?」
まさか見抜かれていたかもしれないと冷や汗らしき物が背中を通る。
「楽しみなんでしょ?」
「な、なっ!」
ソフィアは驚いて立ち上がりそうになってしまった。勢いあまって膝が伸びてしまい、机に勢いよくぶつける。
痛みにびっくりして涙目を浮かべてながら膝を押さえた。
「い、痛い……」
「もう、落ち着いてって!」
少しだけ弱々しい所を見せたと恥ずかしくなる。顔が赤くなるが、どうせ膝を押さえているから顔が見えない。
「やっぱりソフィアは子供だね」
「そんなことないもん!」
ソフィアはノームの前だと本来の甘えてしまう自分に戻ってしまう。まだまだ子供だけども、大人として見られたい。そんな感情が湧き上がってくるのは、久しぶりな気がする。
どこか……ナーシャに甘えていた頃を思い出してしまったのか、それとも誰かを守る必要がない環境になったからか。
そのどちらでも良い。ソフィアは、今あるこの場を楽しみたい。初めての友達が出来るかもしれないのだから。
「そういう所と、さっきから紅茶が楽しみで足をぶらぶら揺らしている所だよ」
「え!」
ソフィアはその事実を知らなかった。
今押さえている膝を恨めしそうに睨む。
「はい、出来上がったよ」
「う、うん、やった!」
カップに紅茶が注がれていく。良い匂いに釣られて再び席に座ると、後ろからズーズンが近寄ってくる。
「キャン!」
「ズーズンも欲しいの? 犬に紅茶はダメだよ」
「クゥ……」
紅茶を欲しがってソフィアの足に前足をかけて抗議してくる。けれども、ソフィアは決して首を縦に振らない。
ソフィアは、犬などの愛玩動物が飼いたくて調べていた時期がある。だから、何を食べさせていいのか、いけないのかは熟知していた。
結果として、バーニックとナーシャに断られてダメになった苦い思い出が過る。
「だめ。紅茶には犬に悪いのが入っているの!」
ソフィアが絶対にくれないと分かったのかズーズンは寂しそうに背中を向ける。その仕草が少しばかりか悲しく見えてしまった。
「犬用の紅茶は無いけども食べられるのならあるよ?」
「え、悪いよそんなの!」
ソフィアはそこまで至れり尽せりになる訳にはいかない。だけども、ソフィアが止めるよりも早くノームが廊下に出て行ってしまった。数分もしなうちに戻ってきた。
「これだけどもどうかな?」
「クッキー?」
見た目はソフィアが食べていたのと同じで、どう違うのか分からない。
「材料が違うの。お芋とか米粉とか優しい素材を使っているんだ」
「え、どうして持っているの?」
ソフィアの純粋な声にノームが慌てたように話し始めた。
「え、あ、その! ソフィアも食べるからズーズンさぁ……もいるかなって! 丁度材料もあったからね!」
「でも……そこまでは」
更に慌てた様子になったノーム。どんどんと早口になっていった。
「”一人”だけ無いのはかわいそうだったから!」
ドワーフはそういう気質なのかなと考えるようにしたソフィアは、持っていたカップに口を付ける。
その時、ソフィアの鼻を突き抜ける衝撃が襲った。それは紅茶が及ぼした効果。
どうしてここまで美味しいのか、分からない。全身に鳥肌が立っていく。クッキーの時の衝撃は凄まじかったが今はその比にならない。
ずっと我慢してきた味を簡単に味わえてしまう。それだけで喜ばしいのに、クッキーを噛めば更に味わいを引き立てる。
「今日だけだよ……ほら、ズーズンも」
犬用のクッキーをズーズンに渡すと凄まじい勢いで奪って食べ始めた。口の周りにカスをつけていたが、ペロリと舐めまして完食したズーズンは、ソフィアが食べているクッキーも奪おうとしたが、怒った。
次は明日!




