それぞれのーー
ソフィアによって避難させられたアシュバが洞窟内で目を覚ました時、森の奥で影が蠢いていた。あの影が何を意味しているのか、瞬時に理解したアシュバは叫ぶ。
「や、【闇の領域】だなんて!」
洞窟から飛び出そうとしたが、もう地面が点々としか残っていない。
アシュバにはソフィアの元に辿り着ける方法が存在しない。
「起きてくださいズーズン! このままではソフィア様は体力を使い切って死んでしまいます!」
唯一頼める相手であるズーズンは今も傷と疲労のせいで眠りに付いている。
必死に揺さぶったが目を瞑ったままだった。
ドゥクスも今頃は治療されながら洞窟を抜けて、魔皇帝の所へ向かってるだろう。
アシュバにはどうしようも出来ない状況下——ただ涙を流しながら誰かに縋るしか出来ない。
もっと自分に力があればよかったのに——これ程後悔したのは初めて……いや、前にもこの様な経験があった気がする。
そう感じた瞬間、一本の根が洞窟の入口に突き刺さった。
「……っ! わ、私がズーズンを守ります!」
アシュバは、服の中に護身用に隠し持っていたナイフを取り出す。理由は覚えていないが、この世で最も大切な品。
覚悟を決めて握っていたが、想像していない事態になる。枝が急速に縮み出したと思ったら一人の少女がやってきた。
「……ガビーですか?」
「どこかでお会いしましたか?」
ポカンとした少女の顔に、アシュバはため息を吐く。更にその少女はアシュバをよく思ってないのか目付きが鋭い。
もしもの時は、ソフィアの配下として負けない意思だけはあるが、このまま睨み合ってもキリがないと話を始めた。
「ソフィア様の頭脳担当アシュバです。それで、貴女は先程の子魔猪で良いんですよね」
「……怪しい。こんな小悪魔をソフィア様が手中にする必要あるの?」
今にも一触即発な雰囲気にアシュバは、ナイフを握り締めた。
その時、ズーズンから音が鳴った。
「くふっ……」
「起きましたかズーズン! ソフィア様が!」
「……クゥ」
瞼を半分だけ開けていて、今にも意識が落ちてしまいそうなズーズンに、アシュバは動揺する。
その光景を見たガビーが凄まじい勢いで、ズーズンの目の前に来た。
咄嗟にナイフを前に出そうとしたアシュバだったが、ガビーの動きを見て止めた。
「お久しぶりですヴォルグ様……今すぐ御身の魔法を……」
そう言ったガビーは、両手を前に出して魔法を放つ。
「【森林魔法・神々の慈悲!】」
魔法の名を言った途端、地面から小さな木が生えた。すぐさま一つのリンゴを実らせると地面に落ちる。
すかさず受け取ったガビーは、アシュバが握っていたナイフを強引に奪い取って四つに切り分ける。
「そ、そのナイフは!」
「命に関わるのです! 黙ってなさい!」
種族的に勝てないアシュバは、隣で黙って見届けていた。
割れられたリンゴを一口噛んだガビーは咀嚼してズーズンに口づけする。
こうでもしないと食べられない程に衰弱してしまったズーズンなのだが、その様子を見てアシュバはどうにもならない気持ちになってしまう。
「……ァハッ!」
リンゴを食べさせられたズーズンの呼吸が元に戻っていくのをアシュバは感じた。
「お気づきになりましたかヴォルグ様……?」
再度、跪いたガビーがそう問いかけるとズーズンの周りに黒炎が吹き出した。
突然の黒炎に驚いたが、悪意があるものではない。むしろこの一ヶ月半でズーズンと急速に仲良くなったアシュバには、黒炎で傷付けられるとは感じない。
「……ぃ」
黒炎の中から声が聞こえてきた。
この声に聞き覚えがあったアシュバは体勢を崩して目をテンにした。
「ひさしいなガビー」
黒炎が消えた。その場に居たのは子犬ではなく、ソフィアよりも頭一つ分以上も小さな童女。どこから手にしたのか分からない黒炎のドレスを身に纏っていた。
「ず、ズーズンなのですか?」
アシュバの声が震えていた。まさか魔物のズーズンが獣族みたいに″人型″になるとは思いもしなかった。
それもそのはず。アシュバが学んでいたのは、ズーズンの生い立ちではなく魔皇帝が記した戦争の内容だけだった。その為、本当の情報に気が付かなかった推測できた。
「なにをおどろいている……いや、きさまは、なかみが、ちがうんだったな」
舌足らずな喋り方はまさに童女そのもの。なのに、今までの——魔狼王の姿よりも威圧されてしまう。
仲間だからまだ平気だが、もし敵のままだったら失禁して気絶しているかもしれない程の圧をズーズンから感じる。
「……それよりもソフィアさまがみえないが」
「その事でお話がありますヴォルグさ——」
ガビーが声に出した瞬間、肌から大量に出血した。全身を獰猛な牙で噛み砕かれた傷が付いていて、肉が裂けてしまう。
「ぐ……」
アシュバは慌てる暇もなく倒れてしまう。それだけの瞬間的な攻撃——地面に倒れた時、自身の身体から血が見えなかった。
倒れたまま必死に身体を見ると無傷——つまり、今の攻撃は。
「きさま、ソフィアさまよりもらったズーズンのなまえをぐろうするか」
ズーズンの殺気。
濃密すぎる殺気が仮想の刃となってアシュバとガビーを傷つけたと錯覚してしまった。
それだけの技量を何故、隠していたのか不安に思うが、口にしたら殺されてしまうかもしてない。
「め、滅相もございません! その様な事実を認識してなかった私の非でございます! 今すぐに自刃して謝罪を!」
「ゆるす。いまは、きさまのいのちはソフィアさまのものだ。よにしたがうひつようは、ない」
「はっ! 有り難き幸せ!」
ガビーの謝罪が通ったのか、殺気が消えた。そのおかげでアシュバは立ち上がる事が出来る。
「ほんだいをはなせ」
「……私が話します」
アシュバは勇気を持って話し始める。これもソフィアの一番の家臣は自分という自負で、ズーズンが危ない存在かもしれないと感じたからだ。
「ソフィア様が【闇の領域】を発生させました……自我を失っている様子で、このままでは!」
「——まことかアシュバ」
「はい……【闇の領域】に魂を捧げる事で、全てを破壊し尽くせる闇竜様の力を得るあの御技を……ソフィア様が!」
ズーズンは考える仕草をした後にニヤリと笑った。その笑みにどんな意味があるのかアシュバは考えてしまう。
「アシュバ、よにまかせよ」
ドンと胸を張って言うズーズンにアシュバは余計に心配になる。
「……正直に言います。貴女に任せても平気なのですか」
「たいりょくはかいふくした」
「いえ……そのー、貴女を信用してもいいのですか。今の力があれば、100年もゴガガに囚われていた意味が分かりません! 最終決戦でもソフィア様を手伝えたというのに、何故隠していたんですか!」
アシュバは、ここで死んでもいい。その覚悟でナイフを手にして言葉に出した。こんなちっぽけなナイフで勝てるとは思えない。傷すら付けられないだろう力量さ——だけども、ソフィアの元に少しでも危険が及ぶなら……と考えている時にズーズンの笑い声が響いた。
「ははははは! ほんとうに、なかみはちがうのか! ——あんしんしろ。このすがたは、【闇の領域】のえいきょうだとも」
「え……?」
「くわしくはアハバにきけ…………なかみがなくても、ちゅうぎはかわらないか……」
ズーズンが最後に言った言葉が聞こえなかった。だが、これだけ豪快なズーズンを見て、少しだけ信用しても良い気持ちになってしまう。
理由に論理は無い。けれども、ソフィアに似ている真摯さが透けて見えた気がした。
このズーズンならソフィアを確実に助けてくれる。いつもなら信じない直感がそう語りかけていた。
「では、不本意ですが……お願い致します」
「まかせよ——しかし」
ズーズンが歯切りの悪い言い方をする。気になったアシュバが問いかけるよりも前にズーズンが話し出した。
「このどうくつは、もうほうかいする。そらがもどってもここは、人間界だ」
「なら、どうすれば!」
「このままちかにいく。このあたりのちかは、ドワーフ王国がちかいだろう」
ドワーフは半魔族。人間族でも魔族でも無い中途半端もんなのだが、人間族が住む人間界に居るよりは些かマシだろう。
「ドワーフ王国を抜ければ……魔竜国に出ますね」
「そうだ。そのまま魔竜国をつうかして、アハバのもとにいく。ごうりゅうはそこにする」
アシュバはこの決断が幸運になるか分からない。だけども……これしかない。
「では、お任せします」
「よい……さいごにひとつ」
ズーズンが、寂しげな顔で言う。
「ソフィアさまには、よが人型になれるのと、はなせるのは、ないしょだ」
「……なんでですか」
アシュバが言った瞬間、ズーズンは洞窟の外に飛び出した。
「なでなでしてもらえないからだ!」
それだけ言ったズーズンは黒炎を身に纏いながら子犬になって戻って行った。
これにて第1章は完結です!
明日、明後日は幕間を投稿しまして、その次から2章が始まります!
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