100年越しの記憶
——どうして。
ソフィアは、暗黒宮に来てからずっとそう思っていた。
——どうして、みんな。
ソフィアとは一回しか会っていない。それどころか、少しだけの会話で命を捨てようとするのか。
——どうして、みんなは、私のために。
ドゥクスもガビーもソフィアと親しい訳ではない。なのに、二人ともソフィアの為に命を捨てる覚悟で、戦地に向かう。
ソフィアはガビーの自爆によって爆発を繰り返す枝の中でポツリと立っていた。
いつの間にか上空に戻っている枝から、ガビーの最後の思いやりを感じる。
「……」
いつの間にかあれだけ憎かった相手なのに、ガビーの姿や想いを見てから感情が変わってしまった。
爆発が続く。
未だに見えない空だが、枝は崩壊を続けていて消滅が始まり出した。
ただソフィアは感情を置いてかれたまま——その場で立つだけ。
崩壊が続く。
このまま自分も死ぬ。そこまでソフィアの気持ちが落ちた時、頭が痛くなってきた。
耐え難い痛みの勢いにソフィアは膝を着いた。
★★★★★
綺麗なサルビアの花畑が見える。
「今日から”ソフィー”様の護衛役を務めさせてさせて頂きます二代目・魔猪王ガビーです」
「ドゥクスじゃないの?」
「はい。父はもう歳になりますので隠居を——しかし、父に劣りません」
「そうなんだね。よろしくねガビー」
猪と人を融合させた様な見た目をしている女性。
ソフィアよりも頭二つ分は大きい背丈は、大人の女性という印象と、鋭い目付きから強い女性という印象。
歴戦を勝ち抜いてきた筋肉が見えているが、どこか華奢な雰囲気もある。
★★★★★
「何今の……」
ソフィアが見ていた場面は全く知らない風景だった。
声が頭の中に響き続ける。
ガビーとは会ったばかりなのに、違う気がしていたのは……。
★★★★★
「ソフィー様は、本当に強いのですね……これじゃあ魔王では太刀打ち出来ませんよ」
ガビーの顔には喪失感に似たものが張り付いていた。
ソフィアには、ガビーの取り柄が強さだと分かった。だから、何か声を掛けようとした。
——なのに、身体が勝手に手をそっと伸ばす。
「ガビー、暴力による強さなんて意味は無いの。本当に大切な力は沢山あるんだよ。だから、そんな顔をしないで……ね」
「ソフィー様……お情けを」
ガビーの顔色は変わらなかった。
これではいけない、このままではいけないという顔に——喪失感ではなく焦燥感が浮き出ていた。
★★★★★
頭痛が続く。
ソフィアに次々と景色を見せていくのだが、一度も見たことがない景色ばかり。誰がこんな事をしているのか分からない。だけども、この記憶はとても大切な物だった気がしてきた。
★★★★★
「以前、ソフィー様が言ってた事がわかりました……」
「どんなお話?」
ガビーはニッコリと笑う。
今まで一度も見たことの無い笑顔にソフィアは、嬉しく感じる。
「ソフィー様が強さに付いて語って下さった日です。あの時は、先代の護衛役——父に負けてはいけないと闇雲でした。だから、ソフィー様の言葉を信じられなかったのです」
顔色が悪くなったガビー。きっと過去の過ちを反省しているのだろう。そんな真摯なガビーにソフィアは何か一言だけでも伝えようとした時、華やかな笑顔に戻る。
「今はソフィー様と一緒に居られるだけで——ただお傍でお役に立てるだけで幸せです。もう強くなくても良いのです……この国も平和になられましたからね」
「うん、私も同じ気持ちだよ!」
ガビーと始めて出会ったサルビアの花畑。
そこでガビーは親身深くソフィアに話してくれた。少し前までならば有り得ない光景だったのに、今では他愛のない会話でも笑ってくれる。
それが嬉しくて堪らない。だから、ソフィア……ソフィーはずっと続けば良いと願っていた。
突如、世界が暗転する。
サルビアの花畑は燃えたのか黒炭だけが残っている。あとは崩れた城と燃え上がる炎だけがソフィアの視界を埋め尽くす。
「ソフィー様! 目を覚まして下さいソフィー様!」
手足の感覚がない。
呼吸するだけで肺が傷んでいたのに、今は——もう痛くない。
「私のせいだ! 私が人間族を入れてしまったから! 私が、わたしが、わたしが……」
ガビーが涙を流しながらソフィアの手を取る。
ソフィアも可能な限りの力で握り返そうとしたが……手に力が入らなかった。
「なか……ないで……こうなる……運命、」
「違います! 私のせいで攻められたんです! 私がしっかり強さを求めて護衛役を果たしていれば!」
ガビーは泣きながらソフィアに語ってくれた。
どうして闇の領域の最奥に人間族が現れたのか。
どうして人間族の神である大賢者が姿を現したのか。
どうして大賢者がソフィアを殺そうとしたのか。
全てはガビーが大賢者に騙されたからだった。
「……」
「ソ、ソフィー様? 声を聞かせてください! 目を覚ましてください! ……ソフィー様ああああああああ!!」
全ての声を聞き届けた時、ソフィアは死んだ。
★★★★★
「はぁ……はぁ、何だったの今の」
ソフィアではない者が、ガビーが体験したのだろう光景を見せられた。
それならまだマシだが、中心になっていたのはソフィアの視界なので頭の中が大きく混乱している。
どうしてこんな景色を見せられたのか分からないが、一つだけ確かな事が分かった。
「ガビー……やっぱり貴女だけを死なせるなんて私は嫌だよ!」
ソフィアは上空の枝に向かって跳ぶ。辿り着くとすぐさま全力の一撃を放った。
壮大な音を立てながらソフィア一人分の穴が開いた。きっとガビーのおかげだと、ソフィアは思う。
「今、行くからねガビー」
気合を入れ直して穴の中に入り込む。
穴の中は枝が全てを囲んでいて、まさに森を思わせる風景が広がっているが、穏やかな森ではない。戦地を思わせるほどの爆風と飛び交う枝の破片があった。
【竜皇気】を本気で使用し続けた代償に今にも眠りに着いてしまいそうだが、ソフィアは意識を強く持って突き進み始めた。
爆風で身体が動かされてしまう。
破片が視界を埋め尽くしてくる。
何よりも足元がフラつき始めている。
少しずつだが、窮地に立たされていると実感してしまう。
それでもソフィアは、ガビーを想いながら爆風に身を揉まれながらも突き進む。
このまま進んでいては時間が過ぎてしまう。そう思ったソフィアは、足腰に力を溜めて一気に進んだ。
そのおかげが円形の空間に飛び出した。
その空間は大きく広がっているだけでなく、先ほどよりも爆発の規模が小さい。まさに守られた場所の様に感じる。
「あれは!」
異様な程に冷たい空間にポツンと根で作られた球体があった。
この中心地にガビーが居ると直感で思ったソフィアは一歩前に出た。
その時、足に突き刺さる痛みが来た。
「ひゃああ!」
久しぶりの痛みにソフィアは片足を浮かせて退ける。例えるならば砂利の上を素足で歩いているくらいの突き刺す痛み。
たったこれだけでも暗黒宮に来てから一番強い痛みに間違いはない。
「……だ、大丈夫」
呼吸を整えて一歩前に踏み出す。
痛みに耐えながらもまた一歩、前に進む。
「……ん!」
あの日、勇者の剣を思えばこの位は痛いに入らない。そう頭の中で何度も繰り返して足を出す。
「負けてたまるか!」
力強く進み続ける。
その場を踏んでいるだけで痛みは出てくるが、どうにかソフィアは足を前に出して辿り着いた。
根の球体はソフィアよりも大きい。
この真ん中にガビーが居ると信じて触る。球体に触れてみると想像以上に硬いと分かった。
だからこそ、一発目から本気で殴り付けた。
この小さな空間に風が吹き荒れて、周りの枝を揺らしたのだが、目の前の球体だけは無傷だった。
「……どうしてなの」
ここまで辿り着いたのに、どうしても先に進めない壁が出てきたような無力感に襲われる。
この時にも足が痛い。痛くてたまらなくなってきたのに、ソフィアの拳は球体を貫けない。
この中にガビーが眠っていると思うに、どうしても先に進めない……そう感じた時、声が聞こえた。
「なんで……来られたのですかソフィー様」
次の更新は明日の同じ時間くらいに!
評価、ブクマなどなどお待ちしてます!




