小悪魔アシュバ
対魔皇帝用殲滅型自立ゴーレム・ゴガガ。
初めて聞いた名前であった。
ゴーレムは、人間族が強大な膂力を持った魔族に対抗して作った傀儡の人形。
そう教えられていたソフィアは、対魔皇帝の部分が気になってしまう。
「それってどれだけ強いの……?」
「魔力を使って攻撃に転じる者は絶対に勝てません」
「そんなの魔族には無理じゃんか!」
魔族は名前の通りで魔に属する一族であり、魔法を最も得意としている。ソフィアが知っている中でもバーニックやナーシャ、それに全ての従者が魔法を攻撃や強化、生活の基盤など様々な分野で使っていた。
魔族と魔法は二つで一つと言って過言ではない概念なのだが——残念な事にソフィアは王宮育ちと怠け者な為に習得していない。
「ゴガガは触れた魔力を吸収します。更に吸収した魔力を使って配下であるガガを作り出します」
「吸収に創造……聞いただけで厄介」
うげえと舌を出して嫌がるソフィアを見て少しだけ笑ったアシュバは説明を続ける。
「しかも、吸収した魔力の運用方法には回復という手段もあります」
「回復もあるの……それでどんな見た目なの? ゴーレムって言っても土や岩、鉱石で作られるんでしょ?」
少しだけドヤ顔で知っているアピールをするソフィアにアシュバは苦笑いを浮かべながら指を差した。
その指の方向は真上の暗闇。
「この暗闇は、ゴガガが作り出しているのですが何か分かりますか?」
「えーと、【闇魔法】とか?」
アシュバは首を横に振る。
「いいえ、もっと身近な物質ですよ」
「物質……実は地下とか?」
「私も最初はそう考えましたが、ゴガガを見たときにその考えは変わりました」
「むぅ、教えてよ」
頬を膨らませて言うソフィアは不機嫌さを見せ始めた。
「は、はい! 正解は空を覆い尽くしているのは木に生える葉っぱです!」
「——アシュバ」
「何でしょうかソフィア様?」
ジト目でアシュバを睨みつけるソフィアにアシュバは一歩だけ下がる。
「私のこと、バカにしてる? 空を覆い尽くすだけでなく日光も遮る葉っぱの厚さなんて誰が信用するの?」
ソフィアの言い分は当たり前。
暗闇を作り出す程の葉なんて想像も付かない。
「それが本当なんです。それとソフィア様は、あの山が見えますか?」
次にアシュバが指を差したのは遠くにある山だった。
「夜目は効くから見えるよ。それがどうしたの?」
「あれは山ではなく、地面から隆起した根っこの一部です」
「——は?」
「そしてあの山——えーと、根っこの先には幹があります。更に垂直に何十時間と登り続けると枝が出てきますね」
壮大な物語を聞いている気がしてきたソフィアは、上の空な話を聞いている気がしてきた。
「真面目に言ってる……みたいだね」
「残念なことに嘘は言ってませんよソフィア様。もうゴガガの正体は分かりましたよね」
「うん……”有り得ないほどに大きな木”なんでしょ?」
「そうです。このゴガガは、人間族の全ての国家が出費して大賢者に作らせた魔皇帝と全魔王を封印する為のゴーレムです……だからこそ、暗黒”宮”なのです」
こんな所に転移させるなんてナーシャめ……と初めて恨みを持ってしまったソフィア。
「更に配下のガガは本来の木の大きさで創造されます。しかし、木と違うのは勝手に動き回るって言う点ですね」
「そこが迷いの森ってこと?」
「はい、ガガは魔力を吸収しないので魔法でも何でも木を折る力があれば対処できますよ……まあ私は無理ですがね」
自虐交じりの乾いた笑いをしたアシュバは、更にため息を吐いてソフィアに向き直る。
「どうでしょうかソフィア様。最後の一人になるか、あの山よりも巨大な木を伐採するのか——もうソフィア様も例外では有りませんよ。どちらの方が簡単でしょうか?」
アシュバが絶望しながら言っていた。
「最後の一人を狙う……性格が最悪みたいね大賢者は」
「本当に最悪な人間ですよ。しかし、ソフィア様! 幸いな事に魔王の捕獲は二人しか出来ませんでした! これも偉大なアハバ・イシュア様のお力です!」
「ん、ちょっと待って! ってことは、今均衡している場所に私が来たら……皆、私を狙うじゃん!?」
バーニックと同じ魔王を仕留めるなんてソフィアには無謀だと分かる。
例え魔族の中でも上位である竜族だとしても、ソフィアは実戦経験がこの数日で二回だけ。それに対して魔王は何十年、何百年と王として君臨している為、経験は計り知れない。
これだけでもソフィアとの戦力差は充分にあるというのに魔猪王に関しては軍隊を持っている。どれだけの設備なのかは分からないが数は暴力である。
「……そこでソフィア様に提案なのですが……私を配下にしてくれませんか?」
アシュバがソフィアに恐れながらゆっくりと歩み寄ってきた。
「え、私でいいの?」
ソフィアにとっては有り得ない提案だった。
「私よりも魔猪王や魔狼王に取り繕った方がいいと思うよ」
単騎だけでなく、何も知らない新参者を狙ってくるのは目に見えている。
「いえ、私はソフィア様と一緒に居たいです。確かに私は【洗脳魔法】……しかも、一番弱い【誘惑】しか使えません。強制的な洗脳も出来ません。そんな私でも良ければお供にさせて下さいませんか?」
決意の瞳をしていた。
ソフィアはそう感じてしまう。
まだ出会ったばかりの小悪魔は、ソフィアを魅力に思い付き従うと言ってきた。
「私は魔法も使えないよ。【権能】だって初めて使ったようなものだし……アシュバが思っているよりも随分弱いよ」
声色は怯えていた。
また知り合って、仲良くなって、友達となって、家族となった相手が死んでしまうかもしれない。この場は、それを比喩させてくる暗闇がある。
「魔皇帝様に見捨てられ、"三年前"に飛ばされて暗黒宮で何度も殺されかけました。いつ死ぬか分からない命です。こんな醜い悪魔を……無能な悪魔に価値はありません。魔王が仲間にするとは思えません」
アシュバの声にソフィアは前を向く。
この小悪魔は、ずっと悩み続けていた。
「ですが、ソフィア様はこんな醜い私を助けてくれました! その御恩は一生忘れません。何があっても私は付いて行きます!」
揺るがない瞳と声量。
ソフィアは圧巻されてしまった。
「——本当に私でいいの?」
「はい! ソフィア様じゃないといけません!」
「なら……騙されてあげる。いつでも逃げ出していいからね」
ソフィアは正直な気持ちを隠してアシュバに言うと笑顔で返事してくれた。
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