王とは何か
純粋に歩いて、周辺を一周してきたソフィアは、疲労を感じていた。
「……凄い疲れた」
【竜皇気】も解除した。ただ本当に歩いていただけでドッと疲れてしまう。
一周するのに三十分も掛からない。だがソフィアの脚はフラフラになっていたり、呼吸は息切れしていたり、身体は疲労していると訴えていた。
「はあ……はあ……【権能】使えば良かった」
ちょっと木に腰掛ける。そして目を閉じてボっーとしていると心地よい風が通って眠気を誘う。
(使うと後々で疲れちゃうし、使わなくても疲れちゃう……お家に帰りたい)
ソフィアの体力は、魔竜国に住んでいる同年代の貴族嬢よりも少ない。普段から舞踏会や気品ある作法を学んでいる彼女達よりもソフィアは自堕落で引きこもりな生活をしてきていた。
王族であるソフィアは、将来的にはもっと完璧な品位と圧倒的な強さを求められる魔王にならないといけない。
バーニックは【権能】無しでも魔竜国内で一番強かった武闘家だった。なのに、ソフィアはその真髄を教えて貰えないだけでなく、王族に関係する全てを教えてもらえなかった。——だからナーシャにこっそり教わっていたのだが、王族としての作法は知らないのだ。
「あーあ、どうしてなんだろう?」
ふと考えてしまった。
ソフィアは、魔竜国の”文化”も知らない。
暗黒宮に転移した時は突然の森に驚いてしまったが、そもそも森に生える自生した植物は、図鑑でしか知らない。花に関しては窓から見ていただけだった。
それがソフィアにとって当たり前だったのに、ドゥクスからは、魔族は強い魔族に従う物だと教えてもらった。だから、基本的には魔王同士で戦う事は禁止されていると知った。
同盟は良いのに、戦うのは禁止。それもそうなのだが、言葉にされて説明されたのは初めてだった。
「どうして私は、何も知らないのかな」
もしかしたバーニックはソフィアの事が嫌いだった。
それなら日頃から態度に出ていたと思うが、ソフィアの記憶の中にあるバーニックは、一度も酷い仕打ちをしなかった。それどころかソフィアはバーニックから”怒られた”事が一度も無い。
溺愛しすぎたから外に出して貰えなかった。そうソフィアは考えていたが、今思えばおかしな点が次々と出てくる。
「なんで勇者は、私がいるって知らなかったの」
勇者は、バーニックに娘が居ると知らなかった。あの場面で自由に行動していて、こんなにも豪勢なドレスを着ていれば王族の身内だと思うはずなのに、勇者はすぐに切り捨てなかった。
「え、まさかね」
ソフィアは些細な違和感から変な答えを導いた気がする。
ソフィアが生まれたことを魔竜国の人間は知らない。いや、知っているが姿形を知らない可能性もある。だから、当然、人間族の勇者はソフィアを知らない。
——けれども、それをする意味がソフィアには分からない。
「ああ、もう! わからないー!」
もしバーニックがソフィアを国民に知らせてなかったら自分は、どういう存在として生きていたのか。
もしソフィアが魔竜国の姫でも何でもなければ——それはほとんど無さそうな推測だと感じた。
「【竜皇気】は竜族の物……竜人族のナーシャは使えなかったんだし、そうだよね。私は魔王の娘だよね」
憂鬱に飲み込まれそうになるが、今では大切な仲間も出来た。その自信が困窮からソフィアを助けてくれる。
「うん、大丈夫だよね」
「ソフィア様!」
「きゃ!?」
急に名前を呼ばれてソフィアはその場で跳ねる。心臓はバクバクと鳴っていて今にも贓物が飛び出しそうな勢いがある。
「休息の時間に申し訳ございません! ソフィア様、急な要件です!」
「な、何があったの!」
ドクドクと高鳴る心臓を押さえながらソフィアは、急に話しかけて来たアシュバを見る。
「ドゥクスが!」
「まさか」
ソフィアは身構える。
これから起こるだろう悲劇にソフィアは、いつでも受け止められるように決意を固め始めた。
「ドゥクスが……」
「あ、アシュバ」
「宴の準備を始めてます!」
ソフィアは固まった。どう反応していいのかわからなくなってしまったからだ。
「宴……ん?」
「ですから、独断で宴を始めようとしてるのですよ! ソフィア様が唯一の暗黒宮魔王だというのに!」
アシュバが声高らかに宣言している。その気持ちは嬉しいのだが、ソフィアにはどうしていいのか分からない。注意するべきでも無いし、何よりも宴という響きの方に惹かれてしまう。
「良いんじゃないかな。とりあえず、偶然にも”同盟”で統一できたんだし」
「そうですが、主催者はソフィア様であるべきです! それなのに、あの犬っころも鹿肉に釣られて行動してます!」
アシュバの怒りの籠った声にソフィアはクスクスと笑う。そのくらいは好きにすれば良い。何にしてもドゥクスは同盟相手なのだから。
「如何されましたかソフィア様」
「ううん、やっと楽しそうになったと思ってね」
ソフィアは【竜皇気】を展開してアシュバを抱える。何か言ってきたアシュバを無視して走り抜けた。
★★★★★
すぐに焼け焦げた広場に辿り着いたソフィアは、忙しなく動き回っている魔猪達が見えた。
向こうもソフィアに気がついたのか鼻を地面に押し当てた。
「おつかれさまです」
魔猪の目線まで腰を落とす。すると、魔猪は余計に鼻を押し当てた。
少しだけ悲しい気持ちになったソフィアはアシュバに目線を送る。
「ソフィア様は高貴な存在ですので一番下っ端の魔猪達の行動は当たり前です」
「だから距離があるの?」
「偉大なる王族と下々では距離があって当然のことです……ってソフィア様!?」
ソフィアは魔猪の鼻を持ち上げた。
魔猪には魔族と言っても魔物と同じ獣の仕草や習慣はある。だから、王族が、鼻を地面に押し付けている下々である魔族と触れ合うなんて言語道断。国によっては死刑になるのに……ソフィアは、気にせずに触った。
「顔を上げて」
「ぷ、ブギ」
鼻から震えているのが伝わる。だけども、ソフィアは優しくて暖かい手で顔を持ち上げた。
「私は王族かもしれない。けれども、この場から共に出ようとしている貴方と同志よ。ほら、顔を上げてください」
魔猪はソフィアの言葉によってゆっくり顔を上げていく。
その仕草を見てソフィアは甘味な笑顔を向けて、立ち上がった。
他の魔猪達にも「顔を上げて」と言うとスタスタと歩き出した。
「アシュバ、この場は宮廷でも魔竜国でも無いの。私たちは対等な筈」
ソフィアは密かに思っていた願いをアシュバに言う。けれども、アシュバは苦虫を噛んだような顔をして言った。
「——ソフィア様がそう望めば皆が受諾しましょう。しかし、現状はソフィア様が魔族を統べている事を忘れないで下さい」
「……うん、分かっているよ」
王族らしい生活をしてこなかった。
ずっと同年代の友達が居なかった。
配下の魔族も殆ど関わっていない。
——好きだった家族は死んだ。
ふと思ってしまった。ソフィアは、これからどうすれば良いのか、分からない。
ソフィアは幽閉に近い形で育ちました。理由などは今後!
次の更新は明日!




