ソフィアの勘違い
どうしてそうなったのか考えている。
想像は出来なかった。そもそもこの様な状態になってしまうだなんて考えてもいない。
「ま、魔猪王陛下?」
目の前で鼻を押し付けているドゥクス。ソフィアはこの仕草は、ソフィア達にとって平服を意味しているとアシュバから教わった。つまり、ソフィアを畏れている。
どうしてこうなってしまったのかソフィアはずっと考えているが思い付かない。
いや、正しくは思い付いているがあの一戦がそんなにも重たい戦いだったとは思えない。
(もしかして王族同士の戦いだから、負けた方が領地と命を渡してきたとか? いやいや、平常時なら分かるけども……)
ソフィアは全てを略奪する為に魔猪の縄張りに来た訳ではない。むしろ、命を助ける為に訪れたのに、戦闘になったのだからソフィアが謝らないといけない。
「いえいえ、私の方こそご無礼をしましたので……その先程の戦いが原因でしたら……」
取り消してはいけませんか——と言い掛けた時、ドゥクスと目が合ったが一歩も譲らない瞳をしている。むしろその瞳には殺気すら篭っている可能性があるほどに鋭い。
「コノ決断ハ揺ルギマセン」
あっさり断られてしまった。
ソフィアの胃に重たい物が一気に溜まる。
この原因は分かっていた。ストレスだ。
暗黒宮に来て、よく分からない小悪魔を助けた。そこまでは寂しさと消失感で心が死んでいたから良かった。けれども、次々と変わったのはズーズンと出会ってからだ。
ズーズンと戦い、偶然にも勝てたから手懐けた。そして調子に乗りゴガガの脅威に触れ心が折れた。
その時に助けてくれたのも二人だった。大いに感謝しているが、この子犬のせいでソフィアは世間的には魔王を従える魔族になってしまった。
しかも、小悪魔は魔皇帝の知識班——つまりは軍略を担当している部署に居たと話していた。
その小悪魔すらソフィアへ忠誠を誓ったとなれば、話は変わってくる。
いや、変わり過ぎてしまってソフィアの許容量を超えている。
(魔王が二人も傘下とかなに……私は単なる宮廷でぐーたらしてた姫様なのに……あ!)
ソフィアはかつての自分を羨ましく思う中である日の出来事を思い出した。
まだバーニックが魔竜国を統治していた時、何度か他の魔王と同盟を組んでいた。この時の同盟は魔皇帝の元で公平に結ばれていて、人間族に立ち向かうというものだった。
今、魔皇帝は居ない。しかも、ソフィアとドゥクスではそもそも対等ではない。だが、向こうがあの態度ならば——。
「わかりました」
「デハ、我ガ一族ハ!」
「ですが、条件があります」
ソフィアは、出来る限り冷徹そうな顔を浮かべながらドゥクスに近づいた。
「条件デス……カ」
「はい、今回は同盟にしましょう」
「ソンナノハ望ンデオリマセン!」
ドゥクスの低音が響く声で怖じ気づいてしまいそうになる。けれども、ソフィアはあくまで自分の方が上だと思わせる為に胸を張った。
「私の目標はゴガガの伐採のみ。今は傘下など望んでいません。もし魔猪族を受け入れる事にメリットがあれば受け入れますが……今すぐ私が一番上になっても混乱になりましょう」
ドゥクスが何かを言いたい雰囲気を持っていた。だが、口を閉じて深く頷く。
「確カニソフィア様ノ言ウ通リデス……今ハ飲ミマショウ」
ドゥクスは言うと立ち上がり、本来の縄張りに帰っていく。その時に会釈みたいなのが見えたがソフィアはふん! と鼻息を鳴らして精一杯の威厳を見せた。
全ての魔猪が居なくなったのを見てソフィアは【竜皇気】を解除する。その時にぐったりと疲れが出てきてよろめくがズーズンが寄り添って助けてくれた。
「ありがとうねズーズン」
「ガウ!」
大型犬と同じ大きさになっているズーズンはいつもよりも小さく見えるが、小柄なソフィアを支えるには充分。
「お疲れ様ですソフィア様」
「うん、アシュバもありがとうね」
「いえいえ、私は見ていただけですよ。それにしても魔猪王がソフィア様のご慈悲に気が付けば良いのですが」
ソフィアは聞き返しそうになった。
嫌な気持ちだったから同盟を申し込んだのにご慈悲とはどう言う事なのだろうか。けれども、話がこじれては面倒だから、とりあえず話には乗ることにした。
「気がつけばいいね」
「そうだと良いんですが」
深く頷いて、同意を示しているが不安要素があるらしくため息交混じりな声をしている。
「……ちなみになんだけども」
ソフィアは自分が意図してない言葉を教えて欲しいと小声でアシュバに詰め寄る。
「はい、なんでしょうか」
「アシュバは私がどう言う意味で言ったと思う?」
ソフィアの言葉に対して含みを持たせているアシュバには大丈夫だろうとソフィアは考えている。
「——将来的にソフィア様の頭脳と言われるには意識の擦り合わせは大切なのは分かってましたが、まさかその機会をくださるとはソフィア様は何でもお見通しですね……では、私の考えを話します」
無能でごめんなさいと頭の中で謝るソフィアは、スラスラと話し始めたアシュバ。
ソフィアは聞く為に座り込むとズーズンが子犬になってソフィアの膝の上に乗った。
「まず魔族というよりも魔物でありがちな事なのですが、気絶は死亡と変わりません。ですがソフィア様は殺しも捕縛もしませんでしたね」
「うん、そりゃあ助けた魔猪を届けに行っただけだもん」
アシュバは「流石の私も建前は分かってますよ」と言っていたが本音でしかない。
「魔猪は原初に生まれた魔族である獣族の生き残りです。原初に属する悪魔族……竜族と——同じくらいに忠誠心とプライドが高いです。それは下々の魔猪も”敵”に助けられるくらいなら自死するくらいです」
「ちょっと一部が聞こえにくかったけども、冗談じゃなくて?」
ソフィアの言葉にアシュバが目を丸くさせて驚いていたが「冗談はそちらの方ですよね」と言っていた。ソフィアは本音でしか話していないのに。
「そして魔猪族の王を気絶させて生かすなんて正気ではありません。けれども、ここは暗黒宮なので魔族の常識はありえません」
「闇の領域じゃないから法律も何も無いしね」
「そうです! なのでソフィア様は敢えて同盟を申し込んだのです!」
「なるほどなるほど」
適当に理由を付けて逃げた筈なのに正当な理由が付けていかれてソフィアは困惑している。
「本来の魔猪王は高貴な存在である自分たちの誇りを傷つけたとして自死を選びます。しかし、暗黒宮で死ねば一族を守る者が居ません。なので魔猪王は苦渋の選択で配下になる事を選びました」
「でもそれなら魔皇帝様の叛逆に……あっ! い、いや、アシュバも気が付いていたのね!」
ソフィアは気が付いた。
あの言動にそこまで理由を付けたアシュバに驚いてしまう。
「はいもちろんです! 配下になると魔王の力が一部に集結してしまいます! 魔皇帝様はよく思わないどころか闇の領域では良くて牢獄行きになります」
「けれども、同盟ならば……私とドゥクスは対等になる! って私は単なる姫だよ?」
「いえいえ、ここにいる限り魔竜国の現状は分かりません。それならば現状の所、ソフィア様が魔王と名乗っても問題ありませんよね」
確認の意味を込めたアシュバにソフィアは何度も頷く。
「領域を広げているゴガガはまさに厄災です。なので魔王同士の緊急による同盟も有り得ない事は無いでしょう! 事後報告だったとしても魔猪王との同盟は正統な物になります!」
「おお!」
「更に同盟には魔猪族の命をソフィア様が握るではなく魔猪王が管理できます! これならば反発も少なくなるので一族としての忠誠心とプライドを守ることができます! しかも、その相手が同じ原初でも気高い竜族ならば問題はほぼ無いです! ですが……」
アシュバの勢い良い話が急速に弱まる。
「魔猪王ドゥクスという男は忠誠心の塊で良いのですが、頭が良くないのですよ。ソフィア様の思惑に気付いてくれれば良いのですが、どうでしょうかね」
哀愁が漂うアシュバにソフィアは「なるほど……」と声を少しばかりか下げた。
「キャキャン! キャヌ!」
「良い事を言いますね犬っころ」
突然、ズーズンが叫んだと思ったらアシュバに何かを言っているらしい。ソフィアには可愛い声にしか聞こえない。
「私が使者になって出向いて伝えれば確実ですね」
「うーん、申し訳ないけどもそうしてもらえる?」
「はい、お任せください!」
それから数分後、アシュバは荷物をまとめていた。今回は、襲われないように——主に野生動物に——ズーズンが咥えられながら向かってくれる。少しばかりか嫌そうな顔をしていたが、仲のいい二人なのでソフィアも安心して見送った。
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