一息の休息
アシュバに話してからソフィアの心は晴れやかなものになっていた。
「ふふん!」
機嫌も良い気がする
今の空は青空満点だろうと上を向いた。やっぱり真っ暗闇なのは変わらなかった。
「ふぅ……大切なのは気持ちだよね!」
「ヌン!」
子犬になっているズーズンの返事にソフィアは中腰になって頭を撫でてやる。目を閉じて満足している様子を見ると立ち上がり、意味もなく歩き出した。
「キャキャン!」
ズーズンがまだ足りないと頭を脚に擦り付けてきた。仕方ないとソフィアがまた頭を撫でてやる。
ここ最近でソフィアは重大な事を知ってしまった。
ズーズンの甘え癖は異常であると。
ソフィアが立ち上がるとすかさず後ろから鳴いたり、前に出ては通せん坊をしたりする。これが単なる子犬なら可愛いが相手は姿形を変化出来る魔王だ。
何度もソフィアが行きたい方向に出てきては、巨大になってソフィアを強引に背中に乗せる。そしてデタラメな方向に走り出してしまう。
暗黒宮の変わらない構造部分を見たいソフィアからしたら嬉しい誤算ではあるが、高速で移動しているために見づらい。
フゥと小さなため息を吐くと首元に冷たい物が入る。
「ひゃ!?」
冷たい物はズーズンの涎だった。そのまま襟を咥えられると背中に乗せられていた。そして走り出したと思うと一気に高速に達する。
「もっと遅くしてえ!」
今日も必要以上に速い。【竜皇気】が無ければ気絶してしまう風の衝撃を受けながら、ソフィアは声を出した。
「ワン!」
ソフィアのお願いを聞いてズーズンはゆっくりと減速し始めた。やっと見やすくなったので目を細くして注視する。
「うー、やっぱり川の位置は変わってないけども、ガガのせいで見え難い!」
ここ最近の調査でソフィアは、暗黒宮に付いて二つの仮説を立てた。
暗黒宮が出来る前からここには森があった。もしくは自然を構成する程の年月を経たのか。
そこでソフィアは、暗黒宮一の知恵者であるアシュバに相談した所、ソフィアからそんな話をされると思ってなかったのか目を見開いて驚いていた。
とても失礼だと感じていたが、声に出すと必死に謝ってくるからグッと堪えたソフィアがもう一度だけ言うと、前者だと話していた。
何故ならばアシュバが身代わりとなったのは三年前。”その時”には既に森が存在していたと話してくれた。
その言葉でソフィアは思いついた。
そもそも後者ならば鹿などの野生動物はどこから来たのかという話になってしまう。だが、大賢者は、人間族から知恵の神と言われている。それならば、自然を作り出すくらいは簡単に行うかもしれないが、そこまで無駄なことはしないだろうと。
「……自然を作り出して運用できるだけの魔力があればゴガガに任せるはずがないよね」
ソフィアは、元からあった森に暗黒宮を作り出したと結論付けた。
これのおかげで迷いの森の中でも残っている川などを目印にして地図を作る意味があると感じた。
紙は無いが簡単な目印くらいならソフィアも暗記できる。更にアシュバならば殆どを覚えていられると言っていた。
「うーん、もっとガガの数が少なければ全部伐採しちゃうんだけどな……」
木に触れてしまいそうなギリギリの位置を走り抜けていく中でソフィアは手を振るう。
脱力した簡単な振りで木に触れると、一撃で折れた。すると、その木——ガガは簡素な悲鳴を上げてから絶命する。
「げぇ、まだまだいる!」
ソフィアは、ゴガガの麓でガガと戦った際に他の木々とは違う特徴を見つけた。
それは造られた存在のガガは、普通の木に比べて綺麗すぎる。
まず幹が一切曲がっておらず、枝も整えられた様に綺麗。それだけでなく全部真っ直ぐ上に伸びている。
やはりその点に人工物を感じさせ、本来持っている木の歪んだ美しさは無い。
(まあ大量に見ないと分からなかったんだけどね)
ガガを見つけては粉砕していく。たったこれだけでゴガガの勢力を削れるのと迷いの森としての機能をほんの一部だけでも失う。地道だが大切な行動。
そう思いながらソフィアはガガを砕きながら、時にはズーズンの頭を撫でていた。
ただその繰り返しながら、ちょうど討伐数が100を超えたから満足してソフィアは帰宅した。
燃え焦げた広場に戻るとアシュバが火を焚いていた。
ソフィアの帰宅に気が付いたのかアシュバは、大袈裟な走り方で近寄ってきてお辞儀をする。
「おかえりなさいませソフィア様、本日もお勤めご苦労様です」
「ただいま、アシュバもね」
ソフィアが一言掛けるとアシュバはもう一度、お辞儀をした。その際にズーズンがソフィアの前に立ってアシュバに向かって吠える。
「ガウガ!」
「お前は、何をしていたかですって? 今、鹿肉を焼いている所ですよ」
アシュバの返答にズーズンではなくソフィアが目を輝かせながら話す。
「え! 久しぶりにお肉が食べられるの!」
普段は川魚と木の実、野草で飢えを凌いでいたソフィアは大いに喜ぶ。
「ガゥワ!」
「どうやって狩ったですって?」
アシュバに狩猟能力が無いと知っているズーズンが突っ込んだ。ソフィアも気になっていたが聞くのを躊躇っていた為に聞き耳を立てる。
「弱っていた鹿がいましたので奇襲して【誘惑】を掛けました。自死しろと」
「ひどい!」
まさかの自死にソフィアは声を出してしまった。すぐに両手で口を塞いで首を横に振る。
「仕方ありませんソフィア様、私には素手で絶命させる力はありませんし、何よりも瀕死のまま生きる方が辛いでしょう」
正論だった。
ソフィアも森の中で生活をしてきて厳しさを知った。それから自然や動物に対して考え方が変わっていたが、まだ甘さがあったと後悔する。
「ご、ごめんなさい」
「そ、ソフィア様が謝る事ではありません! さ、さあ焼けましたので食べましょう!」
木の棒に突き刺してあるこんがりと焼けた鹿肉をソフィアに渡してくれた。
頷いて受け取るとアシュバがニッコリと笑う。
「キャン!」
いつの間にか子犬に変わったズーズンは、焚き火の元まで行き、鹿肉を咥えて戻ってきた。更にソフィアに背中を向けて座る。やはり獣なのか、取られたくないと言う感情があるのだろう。
可愛くて仕方ないソフィアは頭を撫でると、肉汁塗れの舌で掌を舐められた。
「勝手に取らないでください犬コロ! そちらのは焼き加減を見ているのです……なに、火加減が足りなかったら自分で焼くから良いですって! そういう問題ではありませんよ!」
アシュバとズーズンは今日も仲が良いとソフィアは微笑んだ。
それからは次々と食べていき、すぐに一頭分を平らげた。
ほとんどの肉をズーズンが食べてしまった。その際にソフィアは胃袋の大きさを考えてしまったが、魔法か何かだと思う様にして深くは考えなくなった。
(ズーズンに聞いても分からないよね、喋れないから……ん?)
ズーズンが喋れないと思っていたソフィアはふと思い出す。それは、ソフィアと戦った時とゴガガと戦った時に幼い女の子の声がしたと思ったらズーズンが行動していた件だ。
——という事は、あの声はズーズンだったのではないだろうか。
気になって仕方ないソフィアは、ズーズンにを引っくり返してお腹を撫でながら聞いてみた。
「ズーズンって喋られるの?」
直球に聞いてみたが、可愛く首を横に傾ける。
「ほら、喋ってごらんなさい!」
お腹をわしゃわしゃした後にお腹に顔を押し付けても何も言わない。それどころか「ケプ」と聞こえてきた。
「……幻聴だったのかな」
「ズーズンの声ですか?」
後片付けをしているアシュバが話を聞いていたのか問いかけてきた。ソフィアが「そうだよ」と答えるとアシュバが代わりに話始めた。
「あれは魔法を放つ時に詠唱が必要だから習得してる技ですよ。先代魔皇帝様に教えてもらったと言った……気がしたんですがね」
「え、ズーズンって現魔皇帝様と協力しているんじゃ……」
ソフィアの中で衝撃が走った。
現魔皇帝は、もう150年は闇の領域を支配している。それは寿命と関係ない悪魔だからこそ出来る偉業である。それよりも長生きなズーズンは、どういう魔狼なんだ。
「先代魔皇帝様と何かあったらしく一度は自然に戻りました。けれども、現魔皇帝様がある御方の手を借りて、ほぼ強制的に徴用しました。その為、二人は仲が良くないのですよ」
淡々と話しているアシュバにソフィアは知らない事ばかりで驚いてしまっている。
先代魔皇帝なんて名前も知らないから、架空の存在だと思っていたのに。まさか話に出てくるなんて——ソフィアの好奇心が刺激された。
「ねえ、ズーズン。先代様はどんな人だったの? どんな名前だったの?」
ズーズンに問いかけたが何も返事はなかった。その代わりに口元を舐められた。
「やっぱりダメか……アシュバは知っているの?」
「すみません、私も深くは……」
頼みの綱であるアシュバも知らなかった。それならばソフィアが知る術は無いと諦める。
その時だった。
「プギイイイィィィィイイイ!!」
魔猪の声が響いた。
樹海の中に、植林があると思えばガガのは分かりやすいと思います!
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