一人ぼっちのお姫様
新連載です!
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「パパ!」
少女——ソフィア・メルクク・ドルドレイドは部屋の中でも響き渡る程の声量で唯一の家族を呼んでいた。
「ソフィア様、これから陛下は大切なお仕事が御座います。あまり疲れるような事は控えて下さい」
後ろに立っているソフィアのメイド付き——ナーシャが口を挟んだ。そんな事はソフィアも分かっている。だが好きな父親が目の前にいるのだから声に出したい気持ちを優先する。
「大丈夫だともナーシャ。どれ少しばかりか話をしよう」
バッと手を広げたソフィアの父親——バーニック・メルクク・ドルドレイドは、寛容な顔をしていた。
「陛下がそういうのでしたら……」
ナーシャの溜め息が聞こえてきた。その心中は呆れた様子と微笑ましいなのだろうとソフィアは思う。
ここ数日の宮廷は荒れている空気だった為にソフィアは二人の顔を見て安らぐ。
バーニックの目の前まで走って行ったソフィアは、勢いよく抱きつく。同時にソフィアは生まれた時から持っている【権能】を発動させていた。
「おお、【竜皇気】を使ってくるか! だが、現魔王を倒すにはもっと力が必要だぞ! くはっはははは!」
悪役みたいな笑い方をするバーニックにソフィアは満面の笑みを浮かべていた。そのまま強く抱きしめ、グルグルと回される。
「陛下、そろそろお時間です」
「もう……か、行かねばいけなくなったソフィア」
腕に巻いてある銀の輪っかを見ながらバーニックは言う。
「もうお外に行くのパパ……」
バーニックはよく遠出をしてしまう。何でも”勇者”という悪者が魔竜国近辺に出没しているらしい。
勇者はおとぎ話に出てくる悪者。魔族達にとって恐怖の存在が攻めて来ているとなればことの重大さも理解が出来る。
だけども、寂しい。
「今日中に戻るからな。ナーシャの言う事を聞いて待ってなさい」
「むぅ! 私はもう子供じゃないんだよ!」
「わっはははは! まだ13になったばかりなのによく言うわ!」
「13歳は子供じゃないもん! ——行ってらっしゃいパパ」
文句を言いながらも優しい声でソフィアは、寂しい気持ちをグッと堪えて笑顔を向けた。
★★★★★
バーニックが屋敷を出て行ってから数時間が経過した。
寂しい、悲しい、といった感情がソフィアを渦巻く。
「まだなのかな」
普段よりも静かな宮廷の中、一人ぼっちで過ごしているソフィアは天井を見た。
いつもの宮廷は忙しい音ばかり響く。
様々な魔族が働いており、それを多く感じる事が出来たのに、もぬけの殻を思わせる程に静かであった。その証拠にバーニックが外に出てからソフィアはナーシャ以外の従者を見ていない。
従者の全てが竜に血縁を持つ魔族で構成されている宮廷の従者達。
戦闘に慣れているからと言ってソフィアの護衛をナーシャだけに任せるとは考え難い。ナーシャが近衛隊に務めていたと言っても過去の話であり、現役ではない。
バーニックがソフィアを疎かにしている。もしくは、それだけ魔竜国は衰退している……と考えてソフィアも外に出る! とナーシャに言ったが——。
「それだけ大規模なだけです。ですが、それは今日だけなので我慢してください」
——と言われてしまった。
だから、無駄に書庫を行き来して本を読んでいるフリをしていた。このまま何時間も待っていても暇疲れしてしまう。
「ふう……紅茶でも飲もうかな」
書庫から持ち出した本——読まずに持っていただけ——を机の上に置いて扉から廊下を覗く。
「ナーシャー……って、あれ?」
いつも廊下に置いてある椅子に座って待っているナーシャが見当たらない。
ソフィアは、急ぎの用事でも出来たのかと心配になりながら廊下を歩き出した。
一番近くにあるキッチンに向かうが、何を隠そうソフィアはお茶を入れた事がない。
けれども、お茶くらいなら淹れられるだろうと安易な気持ちで向かっている。
「紅茶、お・紅茶!」
少しだけ寂しい気持ちを無くそうと歌いながら扉を開けようとした。
その時だった。
薄っすらと人影が見えていた。
ナーシャに間違いないと確信したソフィアは、笑みを零しながら扉を開け放つ。しかし、そこには誰も居なかった。
「あれ?」
悲しさが見せた幻か——と滲んだ感情に馳せていると肩を叩かれた。
「ひゃ!?」
腰を抜かしてしまったソフィアは、そのまま座り込んでしまう。
「大丈夫かのう、嬢ちゃん」
男性の声がした。
そこにいたのは変な布を何枚も羽織っていて、腹にも布を巻きつけていた。更に黒髪に細長い黒目は獲物を品定めしている獣みたい。
初めて人間族を見たソフィアは、どうしてこの場に居るのか分からず目をパチクリと何回も瞬きする。
「驚かせる気は無かったんじゃがな。怪我はしておらんか?」
「貴方は……?」
ここは魔王城の宮廷。
魔族の中でも王族やそれ相当な身分の魔族じゃないと入れない場所に人間族が立っていた。
絶対に良くない状況だと分かっているソフィアは、睨みながらこっそりと【竜皇気】を発動させる。
「俺は、キグレ・ハチベイと言うんじゃ——ってここだとハチベイ・キグレか? まあ好きな方で良いんじゃが、江戸と言う……この世界で言う”異世界”から来たんじゃが分かるかのう?」
「異世界? 何それ……それで貴方は何しにここに来たのですか?」
知っているが、無知を装う。
もう少しこの人間族が何を企んでいる知りたいと感じたソフィアは、震えている声に少しだけでもと思い、力を込めた。
「道に迷ってしまってのう。ここを出たいのじゃが分かるか嬢ちゃん?」
キグレは外に出たいと言っていた。それなら何故入って来たんだと問いたいソフィア。だが、考えもせずに口にしたら……呪われるかもしれないと思い、何も言わない。
人間族は恐ろしい力を使う。中でも異世界人は名前を言葉にするだけでも呪われると教えられていたソフィアは、むすっとした顔で「ついて来て」と言う。
それから数分程で玄関に辿り着いた。
宮廷だからたどり着くまでに時間が掛かってしまった。その際にソフィアは警戒を高めながら歩いていたがキグレは何もして来なかった。
(本当に迷い込んだだけ? でもそれなら衛兵は……転移魔法はこっちからだけだし……)
憶測だけでは何も分からないから考えつかないソフィアは、玄関の扉を開ける。
「え、」
真っ赤な水溜りが出来ていた。
全身から汗が吹き出し、目元はどうしようもないくらいに震えていた。
「な、なんで」
玄関先に血だらけのナーシャが倒れていた。
「な、ナーシャ!」
訳が分からず飛び出したソフィアは、ナーシャの元に駆け寄る。
ナーシャを抱きかかえて声を掛けると弱々しい声が返って来た。
「に……げ、てくだ……さい」
ナーシャの声にソフィアは、声を張り上げて何があったのか聞こうとした瞬間、後ろから声が響いた。
「それに飛びついたと言う事は、嬢ちゃんも魔族じゃな」
死にかけのナーシャを指差して言うキグレにソフィアは、誰がこの惨状を作り出したのか瞬時に理解する。
「それだけの服装じゃからな。同じメイドとは考え難いし、攫われた姫さんかと思っておったのじゃが……ここで殺すのは惜しいのう。それだけのめんこいなら数年後には絶世の美女になっておったものを」
「あ、貴方が、」
「何、儂はまだ二十三じゃ。将来有望な女に想いを馳せるのは普通じゃろうし、近付きたくなるものじゃろう?」
不快感が頭を埋め尽くす。
この目の前にいるキグレは竜族であるソフィアを邪な目で見ていたと言う。
この状況下でそれだけくだらない事を言えるとは、ソフィアの頭の中が混沌と化してきた。
「じゃが、魔族は見つけ次第抹殺という契約じゃからのう。どれ、魔王さんと同じ様に縦に斬るか」
ソフィアの目が見開いた。そして全身に血管が浮かび上がる。
「お前なんかにパパが負けるものか!」
拳を振り上げて近づいたソフィアにキグレは、邪悪な笑みを浮かべる。
「やはり殺した魔王には娘がおったか!」
ソフィアは怒りで我を忘れてしまった。それに対して冷徹な瞳をしているキグレはあまり見ない形をした剣を抜く。
「どれ儂を楽しませてくれよ嬢ちゃん」
格闘技などした事ないソフィアは、怒りに任せて直線で殴りかかるしか出来ない。
悠々とした態度なキグレは、ソフィアの行動よりも半歩早く剣を真横に動かした。
ソフィアの腹を撫でた剣の衝撃によって吹き飛ばされる。宮廷の壁に激突すると崩壊して地面に叩きつけられる。
背中の骨が軋む音がした。
全力の【竜皇気】でも防ぎ切れない衝撃にソフィアの視界は霞んだ。
「この儂が両断出来なかった……魔王と同じ【権能】なら膂力を上げるだけじゃろう。何を隠しておる嬢ちゃん」
剣を見つめて考え出すキグレ。
その余裕な態度にソフィアは、怒りを燃やして立とうとするが立てない。
「なら、刀を変えるかのう」
気合いと根性を溜めて強引に立ち上がったソフィア。その時に太ももの筋肉が裂ける音がした。
「ま、負けるか! 私がパパを……!」
「声が震えておるぞ嬢ちゃん。どれ……勇者の力を見せてあげようかのう」
最後に負け犬の遠吠えをした刹那、ソフィアの周りに光の輪が生まれた。
「【転移、ま、法——……」
ナーシャの声がした。
突然の光の輪に姿勢が崩れて倒れ込むソフィアは、ナーシャを見た。
涙と血をを流しながら魔法を唱えたナーシャ。
目を釣り上げたキグレはナーシャに向かって刀を走らせた。
「ナーシャあああああ!」
腹が切り裂かれる姿を見た。
切られた内臓が飛び出し、ナーシャの意識が失われる。
「やだ、やだよナーシャ! 待って、待ってって!」
「そういう運命なんじゃな」
「嫌だ、嫌だ、イヤだ! 私も、ナーシャと!」
「どれ嬢ちゃんの【権能】を楽しみに取っておくとするかのう」
そして次の瞬間、ソフィアは暗闇が支配する森に立っていた。
【権能】は、魔族の王族などの強者が持つ特有の力です。
中でも竜族・獣族・悪魔族は常識外の権能を持っています。
共通部分は膂力が上がります。