猫の王子と鼠の姫君
これまでもちょっとした事情がある場合を除いてお城で生活していた私にとってお城の中、というのは特段驚くようなものではないはずなのだけど、それでも今日の私はこの国のスケールの大きさに驚きっぱなしだった。
私はリリー、ベルン公国の第一王女、とは言っても上には優秀な王子が2人もいるから私の主な役割は大きな国の貴族か運が良ければ王族にお嫁入りし、祖国の安定に務めること。そんな私は運良くその大国であるトレシア王国に声をかけて頂きなんと第一王子の妻となることが出来た。
ベルン公国はお城とその周りの街にあとは小さな村が幾つか、それ以外は森に囲まれた小さな国だ。国のトップも国王ですらなく大公爵だ。ただ、魔法の国として有名なおかげでその小ささでも独立を保っている。
この辺の国には多かれ少なかれ魔法を使える人が住んでいるのだが、森に住む人々の血筋なのかその傾向がベルン公国には色濃く出ていた。国民の大半は魔法が使えるし大公爵の一家は国一番の魔法の使い手だ。
魔法の中でも最も難しくありがたがられるのが変身魔法だけど、この国では多くの人が使える。お父様、つまり大公爵様は竜に変身出来て、海の向こうから来た蛮族達を炎の一吹きで撃退した英雄だし、お母様は大鷲に変身できて何時間も空を飛んでいられる。上のお兄さま、第一公子はお父様の血を濃くついで勇猛な狼に変身できるし、第二公子はそれはそれは優美でそしてとても早く走れる馬に変身出来る。そして最初の子供二人が公子だったので次は女の子が良いな、という大公爵夫妻の願いが通じたのか生まれたのが私、という訳だ。
この国の子供たちの多くは10ぐらいになると魔法を自分でコントロールすることが出来るようになる。そして11歳の誕生日、初めて変身魔法を使った私を・・・・・周りの人々は見失った。
それもそのはずだ。お姫様はどんな変身魔法を使うのだろう、と受けていた期待と裏腹に私が変身したのは小さな小さなハツカネズミだったのだ。これには言葉には出さないが全国民ガッカリだろう。実際
「小さな生き物でも空を飛ぶ小鳥とからならまだ分かるけど鼠はちょっと」 とか
「これなら、農業に使えるだけ牛やロバや犬に変身出来る市民の方が数段まし」 とかいう声は貴族からも街の市民からも聞こえてくる。
そして期待はずれだったのは家族もだったのだろう。10歳を超えたあたりから多くの時間を裂かれるようになった魔法教育はその日を境にピッタリと無くなり、代わりに語学や礼儀、そして美しさを磨く方向に教育がシフトした。それだけで魔法を伸ばすことは諦めて、政略結婚の駒として見ることにしたのだな、というのはすぐに分かる。
とはいえ、私にとっても生きづらいこの国。せっかくなら良縁を得たい、というもの。そうして努力した結果、小国の姫君としてはそれなりに美しくそしてマナーも知識もしっかりとしたお姫様に育ったのでは?とは思っている。
そうして成人を迎えた私にやってきたいくつかの縁談の中にこの辺で1番の大国であるトレシア王国の第一王子からのものがあったのには自分も家族も驚きだ。とはいえ断る理由はないし、こんな小国が断ることも出来ない。
幸いなことにトレシア王国の言語もマナーも習得していた私は比較的短い準備期間で、数少ない腹心の侍女と小国として何とか用意出来る見栄を切った花嫁道具と共に我が国の東隣に位置する大国にやってきたのだった。
小国の姫君だからどんな扱いを受けるのかしら?と言う心配がなかったわけではないのだが、その心配は無用で、用意された部屋も衣装もさすが大国、というものだし、先程まで開かれていた婚礼の儀式にそれに続く晩餐会も素晴らしいものだった。そして夫となる王子より一足先に失礼させて頂いた私は、これからのことに向けて侍女たちに再度磨きあげられベッドに腰掛けて手持ち無沙汰にしているという訳だ。
今日は新婚の夫となる人と迎える初めての夜。とは言うものの正直なところあまり期待はしていなかった。ベルンでも多くの人に言われたが、本来大国であるトレシアが私のような小国の姫君を将来の王妃に迎える必要などない。それでも私を選んだのは政治的にも商業的にもこの付近を支配するトレシアが唯一弱い部分、魔法を補うためだろう。
ベルン大公爵家の血は代々強い魔力を持つ子供が生まれつ続けている。正直なところ鼠になってしまう私が珍しいのであって、歴史を紐解いてみてもこれまで生まれてきた子供たちは皆、強かったり、空を飛べたり、早く走れる動物に変身することが出来た。その血をトレシア王国に引き入れることで、この国の王家にも魔力を持った子供が生まれてきて欲しい、というのが本音だろう。だから恐らく後継を産むことは要求されるが、王子に愛されることは期待しない方が良い。
実を言うとちょっとだけ期待していた部分もあったのだが、実際ここに来てから今日まで王子と会ったのが数えるほどな所を考えるとやはり期待はしない方がいいだろう。
最も正直なところ、11の頃からきっと政略結婚をするだろう、と思っていたし、むしろ上手く行けばこちらの義務さえ果たせば自由にやらせてもらえる可能性も高い。まだ来たばかりで詳しくは知らないがベルンと違ってここは城も広ければ街も立派、さらに様々な領地がありそれぞれの地方の間には馬車がひっきりなしに行き来している。見てみたい場所は山ほどある。
そんなことを考えているとトントントン、とノックの音が聞こえる。慌てて衣装におかしな所がない確認するとドアを開けてもらう。そして王子が入室したのを確認して私が連れてきた侍女も新しく着いた侍女も皆音も立てずにいなくなった。
「緊張しておられますか?えぇっとリリーさん」
その言い方がむしろ王子の方が緊張しているようで笑ってしまう。
「いえ、大丈夫ですわ。むしろどうして名前につっかえてしまっているのですかロビン殿下」
「いや、あなたのことをなんとおよびすれば良いのか考えてしまって。これまでは姫君でしたが、もう姫ではありませんし、呼び捨ては何となく気が引けるし、かと言ってさんずけも何か・・・・・」
面白い王子だ。これでやって行けるのか心配になるがこれはプライベートの方の顔なんだろう。オフィシャルの方では結構やり手の王子であることも私は知っている。
「どんな呼び方でも結構です。あなたの妻なのですから呼び捨ててもおかしくはありませんし。どうぞ呼びやすいようにお呼び下さい。」
「では『リリーさん』にしましょうか。今日までなかなか会えず申し訳ありませんでした、まずは少しお話しましょうか。」
そう言うと、私が座るベッドの隣に腰掛け、予め用意するように伝えていたろだろう、ちょうどよい加減になっていたお茶をカップに注いでくださる。
「まぁ、殿下がそんなことをしなくても。申し訳ないですわ。お茶くらい私がしますのに」
「私はそういうことは気にしませんよ。でももしあなたが気にされるのなら明日はあなたが入れてくれますか?一緒に過ごす日々は長いのだから」
「えぇ、もちろんですわ」
そう言いながらも少し不思議な感じを覚えていた。初めての夜だからかもしれないがにしては労わってくれる。それに想像していたよりも親しげだ。恋仲の人はいなかったみたいだけど、市中では私はあくまでも政略結婚させられた相手というもっぱらの噂だったのだけど。
そんな私とは裏腹に王子は穏やかに話を続ける。
「どうですか?トレシア王国の城は。嫌味のように聞こえてはあれですか相当大きな城でしょう。落ち着かないのでは」
「いえ、こちらの皆様にはとてもよくして頂いて、初めての場所で来るまでは緊張していたのですが、まるで祖国のようにくつろがして頂いてますわ」
それは本当のことだ。ニッコリ笑って答えた私に突然王子は爆弾を投下した。
「それは良かったです。最もこの城に来るのは初めてではありませんよね?人の姿では初めてでしょうけど」
「な、なぜそれを、っていうますよりそんなことはあるましぇんわ」
ここまで噛んでしまっては認めたも同然だろう。実際前の王子も笑っている。私は降参というように王子に目を向けた。
「あなたの国では、鼠に変身するなんて、といわれて鼠の姫君なんて言われていますけで実際は便利な力ですよね。何せどこにいてもバレないし、凡そ入れない場所はない。それもベルンの姫君のことですから素早さや視力、聴力は普通の人とは比べ物にならないのでは?」
「そこまでバレていたのでしたら、隠し立てはしません。確かに縁談を頂いてから何度かこちらに来させて頂きました。でも知った情報は私のしまってますし、なにかした訳でもないのですよ。それは誓います。」
「いや、別にあなたのことを責めるつもりはないですよ。あなたの行動に我が国への敵意がないことは知っているし、私も同じようなものですから。」
そう言うと王子は突然パチン、と指を鳴らすとさっきまで人がいたベットには白い毛並みが美しい猫がお行儀よく座っていた。
「まぁ、可愛い猫さん」
と、言うと同時にどう考えてもこの猫は今まで横に座っていた王子様だ、ということが頭から抜け落ちた私はその猫を抱き上げ毛並みを撫でる。そして、もふもふとした感触をひとしきり楽しんだところで我に帰った。
「あら、思わず撫で回してしまいましたわ。ごめんなさい」
そうして慌てて猫をベッドに戻すと、もう一度パチンと音がしてそこには苦笑を浮かべた王子が座っていた。
「いや、別に良いんですよ。街にあの姿で出た時の周りの反応も割とあんな感じですし。むしろ『実は猫は苦手で』とか言われなくて良かったです。なんて言ったって鼠のお姫様ですから」
「見た目はネズミでも中身は人のままなのですから気にしませんわ。それにしても猫の王子様の噂は幾つか聞きましたけどまさか本当だったとは思いませんでしたわ」
この街にやって来てから何度か市中にも降りてみたがその時に聞いたのが第一王子はこの国では珍しい魔法の使い手だ、という話だ。そして変身魔法を利用して時々猫に変身している、という話も色々と聞いてはいたのだけど、
「恐らくリリーさんのことですからいろんな噂を聞いているとは思いますが、最も口さががないものを信用して頂いて結構ですよ。確かに私は魔法を使えますが、そんなに大袈裟なものは使えませんし、猫に変身できるとは言っても公国の皆さんのようにそれでなにか能力が上がるわけではありません。ただその辺にいる猫になる、と言うだけです。」
「でも、その力を利用して色々と必要な情報を集めているのですよね。ある意味魔法にばかり頼る私たちよりよっぽど懸命ですわ。でも、これで分かりましたわ。殿下は私と同類だから、私があちこちへ言っていることもご存知だったのですね。」
そう言いながら私は色々と理解していた。どこへも入れて、しかもその辺にいても気にされないネズミの姿を利用して知りたいことは大抵自分で調べて回っていた私だけど、王子はそれをもう一段昇華させて政治に使っていたのだろう。その辺にいたって気にされないのは猫も同じだ。むしろいろんな人に可愛がられる見た目も生かしていたのだろう。そして私が所望されたのもそれが理由。もともと変身魔法を使える王子と私の子供であれば公国のような強い魔法を使える子供が生まれる、と期待されるのも無理はない。
そう自分で納得していた私だったが、王子の方は少し納得がいかない、という顔をしている。どうしたのかな?とおもって王子を覗き込むと王子は「それはそうですよね」と言って言葉を続けた。
「やはり覚えているわけはありませんよね。あなたは公国にいた頃人間が変身した猫と会ったことはありませんか?公国の市場で」
市場?と、その瞬間鮮明に浮かんだ記憶があった。よく考えるとあの時にあった猫は先程見た猫とそっくりだった。見た目は今よりもかなり小さかった気がするけど。
「もしかして、あの時助けてくださった子猫さんは王子だったのですか?」
「まぁ、一応そうです。とは言ってもあれは助けたとは言えないでしょう。結局なんの助けにもならなかったですし、結局野良猫達はあなたが魔法で追い払って下さいましたし。」
あれは私が変身魔法を使い始めてまだ半年も経っていない頃。魔法の授業が無くなって自己流で魔法を覚えないと行けなくなった私は、でも自分の変身魔法の使い道が何となく分かって、その練習と称しては城下へ頻繁に抜け出していた頃だ。
その日は市場の外れをちょこちょこと歩き回っていたのだけど、そこで本当に小さな子供が野良猫に襲いかかられそうになっているのを見てしまったのだ。猫とはいえ市場なんかに住む野良猫は栄養のあるえさをたっぷりと食べて丸々と肥え、そして縄張り意識もつよい。うっかりその子はその猫の縄張りを荒らしてしまったのだろう。今にも爪を立てて子供を襲いそうになっている猫の前に私は反射的に出たのだった。
と、今ならそんなミスはしないのだけど当時は自分が鼠の姿なことを忘れていた。野良猫にとっては小さな鼠なんて格好の標的。威嚇の一鳴きですくみ上がってしまった私は冷静さを完全に失ってしまった。本当ならそこで私は野良猫の餌食にされていたのだろうけど、そんな私たちに更なる助っ人が現れる。それが今考えると、まだ子猫の姿だった王子だったのだ。
とはいえ、王子の決まりが悪そうなのはこの後のことだろう。間に入ってくれたとはいえ、当時の王子は小さな子猫の姿。立派な野良猫からしたら爪の一撃で弾き飛ばせる相手でしかない。実際彼はすぐに野良猫に睨みをきかされ追い詰められてしまったのだけど、その間に冷静さを取り戻した私は初めて使う風の魔法で野良猫を吹き飛ばすことに成功し、何とか一人と二匹は野良猫から逃げ切ることが出来たのだった。
もちろん、普通の猫と人間が変身した猫は魔法を使う者からしたら全く違う気配がするからその猫が実は人間だ、ということはすぐに分かったし、自分の危険を顧みず間に入ってくれたその猫に恋心を抱いたのも事実なのだが、当時の私は自分の状況を理解しすぎていた。
その段階で私は政略結婚すると決まっていて、恋愛をする可能性は全くない、と思っていたし、公国の貴族に市井に紛れ込めるような、なんてことがない猫に変身するような魔法を使う人は1人もいなかったから、きっとその猫も親切な公国の市民でまさかお忍びの隣国の王子様だとは思わず、すぐに自分の想いに蓋をした私はもはやさっきまでその出会いを忘れてすらいたのだけど、
「いえ、あそこで王子が時間を稼いでくださったからこそ、風の魔法を使うことが出来たのです。王子がいて下さらなかったら猫に睨まれて動けなくなったまま食べられてしまってましたわ」
「そう言ってくれると何というか・・・・・猫冥利につきます。でもこれで分かってくれましたか?」
そう言うと、王子はこれまでお行儀よく空いていた2人の距離を急に詰めて私のことを見つめてくる。
「君と、君の国がどう思っているかは知りませんが、私はあなたを魔法の血をこの国に引き入れるために妻にした訳ではありません。いや、そう思われても仕方がないかもしれませんが、私はあの時勇敢に子供とそして私を守ってくれた可愛らしい鼠さんをずっと探していました。私は君が、君自身が欲しくてここに迎え入れたそれだけは信じて欲しいんです。」
そう言って真摯に見つめてくる瞳に嘘はないと思った。だけど、だったら教えて欲しいことがある。
「でも、でしたらどうして私は今日まであなたに殆ど放って置かれたのですか?別に怒ってはいませんけどそれで私も私の侍女達も余計に私は魔法のための駒なんだ、って納得していたのですけど。」
「それは申し訳ない、としか言えないのですが1つだけ言い訳させて下さい。一般的な王族の常識から考えて今回の婚儀は準備期間が短いと思いませんでしたか?」
「はい、それは思いましたわ。それも政略結婚だから慌てているのかと。それにしては素晴らしい式を準備して頂いて感謝しておりますが」
「なるほど、完全に逆に働いてしまったんですね。実際に早すぎるんです。本来であればこの国の一般的な王族の結婚準備期間は1年程。こんな短い期間で慌てて準備することはありません。ただ、あなたは他の国からも人気でしたからね。それはそうでしょう。可愛らしく聡明で、しかも魔法の使い手であるお姫様を放っておく訳がありません。もちろんあなたが成人したらいの一番に縁談を申し込みましたがそれだけでは安心できなかったのです」
そう言いきった王子。正直なところこの穏やかそうな王子にこんな情熱的な一面があったことには驚きだけど、あの市場での行動や、街での噂を考えると案外行動力があるのかもしれない。それにここまで思って頂いて悪い気はもちろんしない。
「正直な所、ことを急ぎすぎた感じは否めないとは思いますし、あなたの気持ちを何も確かめずに動いたのは申し訳ないとは思っています。ただあなたが欲しいという気持ちだけは本心なので、どうか、少しずつで良いので私のことを愛してはいけませんでしょうか。」
そう言う王子はいつのまにか今日の儀式でしたように膝まづいている。それは私が絵本などで見た王子様そのものだった。そんな彼には私も想いを固めた。
「分かりました。本心を申し上げるとあの猫さんは私の初恋の人でした。まさかその方が今ここに現れて求婚して下さるなんて夢のようで信じられません。あなたとでしたら素敵な時を過ごせそうな気がしますわ。」
そう言って王子の手をとる。それが私にとっての返事だった。
そんな私の返答を聞いてほっとしたかのような息をつく王子。その姿を見るとやはり先程の格好いい王子と言うよりは猫の王子様の姿が浮かんで思わず笑ってしまった。
「でも、これで猫の王子様と鼠の姫君のカップルの完成ですわね。私としては素敵なタッグだと思うのですが人々からは笑われそうですわ。なんて言ったって猫は鼠を追い払うものでしょう?普通は」
そんなことを口にする私に王子も笑う
「確かに面白おかしくは言われそうですね。でもあなたのことを追い払いはしませんが鼠を食べてしまいたいと思っているのは本心なんですよ。あなたの気持ちが決まるまでは待ちますけどね」
そう言って腰に手を回して来る王子。さすがにその食べるが食欲の方ではないことが分かる程度には大人な私はニッコリと笑う。
「もう気持ちは決まっていますわ。新婚の夜は短いって言いますもの。それに殿下も数日はお休みを頂けるのでしょう?でもどこかではせっかくですし2人でお出かけもしたいですわ。きっと城もまだ私が知らないところばかりなのでしょう」
そう言った私に驚き、そしてニッコリと笑った王子は、私を寝台にゆっくりと倒しつつ話す。
「もちろんです。取っておきの場所にご案内しますよ。あっでも先に言っておきますけどこれからは今までみたいにあちこち一人で言ってはいけませんよ」
「えっ、でも今までは一人でも大丈夫でしたわ。自分の身は自分で守れますもの。それに見てみたいところは色々ありますの」
そんな反論に王子は困ったように笑う。
「思っていた以上にお転婆な姫君のようですね、リリーさんは。確かにあなたが意外とお強いのは知っていますがかといって心配でないわけではありません。鼠の姿で出歩くのは私と一緒の時か、でなければ護衛を連れていってください。」
その言葉に今度は吹き出しそうになったのは私だ。
「鼠の護衛ですか?」
「そう、鼠の護衛です。我が国の騎士は優秀ですからね。何もない時は護衛されていると感じさせないまま、たとえ鼠であっても見失いませんよ。実際こちらに来てからは申し訳ありませんが秘密に護衛をつけさせて頂きましたし」
それは気づかなかった。そんな顔をする私をもう一度自分の方に向けさせた王子は私の瞳を覗き込む。
「まぁ、この話はまた後日しましょう。今は私に集中してください」
そう言うとゆっくりと王子の手が私の方へ向かってくる。短いとはいえ夜はまだ更け始めたばかり。二人の時間はもっと始まったばかり。でも、今から既に楽しいことがたくさんある人生になりそうな予感がする私なのだった。
この辺りの国で最も大きい国といえばトレシア王国だ。国王ロビンはその大きさにかまけず内政でも経済でも外交でも手腕を発揮しさらに王国を発展させた。もともと高い政治力でたくさんの国と渡り合ってきたトレシア王国だが、多くの国は時に首を傾げた。本当は秘密に話していたはずのことがいつのまにかバレているし、こっそりと計画していた悪巧みが阻止されている、そして自分の国のことが手に取るように理解されているのだ。その情報源が何だったのか、猫と鼠のおしどり夫婦の秘密が明かされるのはずっと後のこと。それまで情報通の王国の謎は隠されつ続けたのだった。
 




