第90話 魔族の国へ~こちらへは観光で?~
「飛行型マシンゴーレム……か。制空権を握られたら、どんな戦でも勝ち目は無いな……」
リッチー・レインがもたらした情報。
それは、荒木瀬名専用機の驚異的な性能について。
エリーゼ・エクシーズ邸のリビングで話を思い返し、安川賢紀はポツリと呟いた。
「マシンゴーレムで、自在に空を飛ぶなんて……可能なの? 私の〈サルタートリクス〉でも、推進器連続噴射は5秒が限界だし……。自在に飛行っていうには、程遠いわよ?」
「技術的にクリアしないといけないハードルは、いくつか残っているが……。実は飛行型は、俺もずっと前から作っている」
賢紀はシャーレに似た形状の魔道具を、テーブルの上に置いた。
直径は30cm程。
内部には、何層もの魔法陣が透けて見える。
賢紀が魔力を流し込むと、魔道具は空中にマシンゴーレムの精密な立体映像を映し出した。
「また〈シラヌイ〉と、同じ方向性のデザインなのね……。ケンキのセンスって、正直良く分からないわ」
「俺のデザインセンスは、置いといてだ。推進器の冷却と推力偏向制御に関しては、あと少しで何とかなりそうなんだがな」
賢紀が魔道具を操作すると、立体映像のマシンゴーレムが透けて内部構造が映し出された。
「問題は、動力源の〈トライエレメントリアクター〉。飛行を持続させるためには、今までとは桁違いの出力が必要になる。幸い制御術式と周辺機器の技術はだいぶ進化したから、後は超強力な魔石さえあれば作れそうなんだが……」
「はい! ケンキ先生! ハイエルフ、ゼフォー・ベームダールの魔石じゃいかんとですか? マシンゴーレム作るなら、使っても良かって兄さん言っとるよ」
学生のような口調で提案するイースズ・フォウワードに、賢紀は首を横に振った。
「ダメだ。あれでも足りない」
今度はアディ・アーレイトが、コーヒーを皆に配りながら口を開く。
「〈ファイアドレイク〉に使われていた、イフリートの魔石……でもダメですわよね……?」
「〈ファイアドレイク〉のリアクターは制御術式が甘く、周辺機器も俺製より劣っていた。だからイフリートの魔石は、やろうと思えばもっと出力を絞り出せるが……。それでも足りない。ティーゼ妃とエセルス妃のものでも、届かない。何かそれより、強力な魔石はないものか……」
(小僧、悩んでいるようだね? 強力な魔石なら、あたしにアテがあるよ)
【ファクトリー】から頭に直接届く念話を受けて、賢紀は声の主を外に出してやることにした。
「レヴィ。アテがあるなら教えてくれ……って、何でマリアまで出てくる?」
「妾は反対じゃ!」
「まだレヴィは、何も言ってないぞ。……レヴィ。相手の動力源は、双核式リアクターらしい。邪竜王ディアブロと光竜王テスタロッサとかいう、伝説のドラゴン2匹の魔石を使っている。そいつらより強力な魔石か、魔物を知っているか?」
「ああ、良く知っているとも。かの邪竜王や光竜王でさえ、同時に倒せそうな強者が遺した魔石……」
一旦言葉を切ったレヴィは、泡を立てながら空中で身を翻す。
それから尻尾で、マリアを指しながら続けた。
「そこの小娘の親、時空魔王の魔石だよ」
同時にコーヒーを飲んでいた4人中、賢紀以外の3人が噴き出し激しくむせる。
エリーゼは唇の端から、茶色い糸を引きながら尋ねた。
「ゲホッ! ゲホッ! 何ですって!? マリアちゃんの親である『強大な存在』って、魔王だったの!?」
「あう……」
いつもの尊大な態度が、なりを潜めているマリア。
トレードマークの赤いツインテールヘアも、力無く垂れ下がっているように見える。
はっきり返答しなかったが、今の「あう」は肯定とみて間違いない。
「ついでに言うならルータスの第2妃、ティーゼ・エクシーズも魔王の娘だよ。こっちは精霊じゃないけどね」
「お父様……。あなたの嫁集めは、いったいどこまで……。あ、そうか。魔王が姿を消したのが、200年前。お父様がティーゼお義母様と出会った時にはもう、魔王はいなかったんだ」
「ちょっと待て、エリーゼ。それだと、計算が合わなくないか? マリアはまだ、生まれて100年ぐらいしか経っていないんだろう? 100年以上、卵で眠っていたのか?」
「ケンキ! 妾を蛇や鳥共と、一緒にするではないぞ!」
ヨルムやスザクが聞いたら凹みそうなことを言いながら、プリプリ怒るマリア。
たぶん彼等も、卵生まれではない。
「そう、そこだね。魔王は確かに200年前、寿命で死んだ。だけど魂は魔石と共に、この世界に留まっているのさ。その留まっている魂が、この小娘を生み出した。マシンゴーレムのリアクターにその魔石を使おうっていうなら、魔王の魂を説得する必要があるだろうね」
魔王の魂を説得。
それはかなり困難な話ではないだろうかと、賢紀は考える。
ところがレヴィの話を聞くなり、エリーゼは剣の手入れを。
アディは銃の分解整備を始めた。
彼女達流、「説得」の準備らしい。
だが実体のない魂を相手に、その手の説得が通じるのかは疑問だ。
「なあレヴィ。何でそこまで、俺達に教えてくれる? レクサ将軍の仇討ちをする気はないにしても、リースディア帝国にいる連中への思い入れとかも、全然ないのか?」
「魔王ならあるいは……って、思ったのさ。あんたやセナの小僧を、何とかできるんじゃないかと思ってね」
「……? レヴィ。それは、どういう意味だ?」
「さてね……。魔王が眠る場所は、魔国ディトナにある魔王陵だ。説得は、マリアの小娘にでも頼むんだね」
そう言ってレヴィは空中に消え、勝手に【ファクトリー】の中へと戻って行った。
最近精霊達は、賢紀の意志に反して出入りしてしまうことが多い。
レヴィがいなくなり、マリアだけが【ファクトリー】に戻らず残されていた。
さっきはいちど怒ってみせたものの、いつもの傍若無人で勝気な態度は戻ってこない。
不安げな表情と消え入りそうなか細い声で、彼女は囁いた。
「嫌じゃ……。妾はケンキの側を、離れとうない……」
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翌日。
賢紀達一行はおなじみのゴーレム・ワゴンに乗り、魔国ディトナへと旅立った。
――マリアは、家出中か何かなのだろうか?
皆は疑問に思う。
結局彼女は詳しい事情を話してくれず、【ファクトリー】の中へと引きこもってしまったのだ。
エリーゼ陛下は、女王なのについて来た。
戦後処理やら何やらを、周りに丸投げしまくって来たという。
「私がこのパーティの前衛を務めなくて、誰がやるのよ?」
「ベネッタさんとか?」
「……! ダメダメ! 魔王陵って、ダンジョンよ? 狭い通路とかでの戦闘は、ベネッタの大剣だと取り回しが悪いわ。私に任せておきなさい」
ドン! と、豊かな胸を叩いて張り切るエリーゼ。
ダンジョンに潜ると聞いて、彼女は相当張り切っている。
もし置いていったらどれだけ怒りを買うか、賢紀には見当もつかない。
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魔国ディトナとの国境に向け、運転を交代しながらゴーレム・ワゴンを走らせること2日。
「ケンキさん! 見えてきたばい! あれが、魔国ディトナとの国境線……」
驚異的な視力を誇る三ツ目ハーフエルフのイースズと違い、賢紀の視力は普通の人間レベルだ。
彼女のいう国境線は、まだ遠くて見えない。
だがしばらくゴーレム・ワゴンを走らせてみると、地平線に違和感を覚える。
さらに5分程走り続けると、賢紀にも認識できた。
それが地球にある万里の長城のように、長大な建造物であることを。
「あれが有名な、『ライフウォール』ですのね」
アディが確認するように、防壁の名を呼ぶ。
「ライフウォール」。
それは、外敵の侵入を防ぐために築かれた防壁――ではない。
名前の通り、生命を守るために作られた壁だ。
その生命とは、魔国の魔族達のことではなかった。
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「はーい。イーグニース共和国から、お越しですね~。ほほ~。ヴィアルゼ・スヴェール大統領からのご紹介ですか。こちらへは、観光で?」
ライフウォールを通過するために、設けられたゲート。
そこで一行の代表であるエリーゼ相手に入国審査をするのは、眼鏡をかけた魔族の男性係員。
肌がやや青白く、額に角が生えている。
だがそれ以外は、普通の人間とあまり変わらない。
対応もフレンドリーで、愛想が良い。
「そうよ。『デモンズホール』と、その隣にある魔王陵を見てみたくてね」
「ずいぶんと、瘴気濃度が高い所まで行かれるんですねえ。ご存知かと思いますが、このライフウォールより先に進むごとに瘴気が強くなります。人間族や獣人族、エルフ族の方々の生命活動には、危険な領域です」
魔族の男性職員は、エリーゼの全身を一瞥する。
ダイナマイトボディに、惹かれたのではない。
小柄な身長に対して豊満すぎる体つきから、ドワーフの血が入っていることを確認したのだ。
「我々魔族の次に瘴気耐性のあるドワーフ族の方でも、デモンズホール周辺は死の危険が伴います。瘴気対策は、お済みですか?」
このライフウォールは、他国民の他種族を守るために作られた物なのだ。
うっかり魔国領内に迷い込んで、瘴気により命を落とすことのないように。
魔国ディトナは鎖国をしているわけでもないのに、他国との交流があまりない。
それは魔族以外の種族の来訪を拒む、大気中の濃い瘴気のせい。
無限の瘴気が湧き出す大穴、デモンズホールのせいだった。
「瘴気対策はバッチリよ! この車両型ゴーレムにも瘴気浄化空調機が付いているし、服は普通の服に見えるけど耐瘴スーツ。念のために、各自瘴気マスクも携帯しているわ」
「イーグニースの車両型ゴーレムは、進んでいますなあ~。あ、そうそう。車両型ゴーレムといえば……」
ふと、思い出した男性係員が注意を促した。
「最近ここから魔法都市イムサまでの街道で、奇妙な車両型ゴーレムが数回目撃されております。トラブルに巻き込まれないよう、ご注意下さい」




