第89話 ルータスのマシンゴーレム~本当に人間だったのですか?~
エリーゼに連れられ賢紀がやってきた場所は、王立魔法研究所や遺伝子魔法学研究所の跡地がある地区。
それら施設のさらに奥。
裏山に入り、獣道のような細い山道を登っていく。
10分ほど歩いた先に、金網で囲まれた小さな建造物があった。
地球のコンクリートみたいな壁質を持つその建物は、ちょっと大きめの公衆トイレぐらいの大きさしかない。
「小さいな。とても、マシンゴーレムが入る施設には見えない。ということは……」
「そうよ。地下に、大きな研究施設があるの」
安川賢紀の予想を、エリーゼ・エクシーズが肯定する。
建造物の扉は、金属製で重かった。
開くと地下への階段が、延々と続いている。
一定間隔で壁に魔法灯が配置され、階段を照らしてはいた。
それでもまだ薄暗く、奈落の底まで続いているような感覚になる。
「……ん? ケンキ、何か聞こえない?」
エリーゼに言われて、賢紀も耳を澄ます。
確かに闇の中から、怪しい呪詛のような声が響いてくる。
「誰か階段を、昇ってくるぞ。帝国兵の生き残りか?」
「生き残りは、もう捕虜にしたって聞いてたんだけどな~? あっ、違う。これはあの2人よ」
賢紀がもういちど耳を澄ますと、怪しげな声は男性2人の掛け声だと気付いた。
「エッホ、エッホ……」
「ウッホ、ウッホ……」
揃っているようで微妙に違う掛け声を上げながら、階段を昇ってきたのはクォヴレー・コーベットとゴリの2人。
身体能力に優れた獣人族の中でも、特に力自慢のコンビだ。
彼らは人間を、軽々と担いでいた。
担がれていたのは、帝国兵だ。
ロープでぐるぐる巻きにされ、芋虫状態である。
「あっ。ケンキさん、エリーゼさん。お疲れ様です」
「脅かさないでよ、クォヴレー。その帝国兵捕虜、もう連れ出すの?」
担がれていた帝国兵は、強面のオッサンだった。
「くっ……殺せ!」
彼は賢紀と目が合うと、屈辱に頬を赤く染めながら叫んだ。
(オッサン兵士のくっころとか、誰得だよ?)
賢紀は心の中でゲッソリしながら、隣に立っている元女騎士様へと視線を移す。
(……違うな。エリーゼは「くっ殺せ!」じゃなくて、「ぶっ殺す!」と叫ぶタイプだ)
「ケンキ。また何か失礼かつスケベなこと、考えてない?」
最近ますます精度が上がるエリーゼレーダーの探知を、無表情ステルスでかいくぐった賢紀。
彼はクォヴレー、ゴリへと向き直った。
「その帝国兵、どうするつもりだ?」
「そんなの、決まっているじゃないですか」
獣人2人の目が、血に飢えた獣のように妖しく光る。
彼らは故郷、ビサースト獣人国連邦を帝国兵に滅ぼされている。
許すはずがないのだ。
残虐な拷問で苦しめてから、惨たらしく処刑するに違いない――
――という賢紀の予想は、あっさり裏切られた。
「ビサースト・エージェンシーに、強制入社させるんですよ。こいつ、マシンゴーレムの操縦経験者なんです」
「ウホッ。ジャニア社長から操縦経験者を捕まえたら、どんどんイーグニースに送るように言われてるんです。送った分だけ給料の査定アップで、ウホウホです」
「捕虜を勝手に扱って……。イーグニース共和国軍と揉めても、知らないわよ?」
「バレると面倒なんで、黙っていて下さいね。さあ、行くぞクッコローセ。いま入社すれば、【ゴーレム使い】様による地獄の操縦訓練が受けられるぞ~。自分だけ凄腕になって、帝国に残った連中に羨ましがられること間違いなしだ」
オッサン帝国兵の名前と、勝手に訓練教官にされていることに賢紀は唖然とする。
意気揚々と立ち去ろうとしたクォヴレーだったが、クルリと振り向いて軽い警告をしてきた。
「あっ。ケンキさんエリーゼさん、気をつけて下さいね。帝国兵はもういないですけど、下に残っている紫髪のドワーフ……。あいつ、色々とヤバい奴です」
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長い長い階段を降りて、賢紀とエリーゼは広大な空間に出た。
そこは、金属の壁に囲まれた研究所。
怪しげな蒸気・魔力を放出する機材や、マシンゴーレムの整備に使われる工具類が散乱している。
いま2人がいるのは、研究所の空間内でいえば2階に当たるキャットウォーク部分。
そこから下を見下ろすと、横たわったマシンゴーレムが見えた。
「これは……。エリーゼの〈サルタートリクス〉に、似ているな……」
全高は〈サルタートリクス〉と、ほぼ同じだろう。
曲面装甲板が多用され、空気抵抗が少ない滑らかなフォルム。
細身の〈サルタートリクス〉よりも、さらにスリムになった四肢。
双眼式の〈クリスタルアイ〉が、鋭く天井を睨んでいる。
その隣にはマシンゴーレム用と思わしき、謎のユニットが置かれていた。
放熱板に見えなくもないが、【ゴーレム使い】も知らない装置だ。
もっと近づいて観察しなければ、何なのかわからない。
2人はキャットウォークの階段を下り、横たわっているマシンゴーレムに近づく。
すると機体の隣で、図面とにらめっこしているドワーフ男性の背中があった。
「あなたが、リチャード・ヒュー・レインさん?」
賢紀の問いかけに、ドワーフ男性が振り返る。
ウェーブの掛かった長い紫色の髪と、口元で整えられた髭。
作業着に身を包んでいるが、筋肉でパツンパツンだ。
賢紀の問いかけに対し、ドワーフ男性は小さく首を横に振る。
「え? 違うの? てっきりレイン七兄弟の長男、リチャードだと思ったんだけど……」
訝しがるエリーゼに対し、なぜか賢紀が代わりに答えた。
「彼はこう言っている。『リチャードなんて堅苦しい本名で呼ばないで、俺のことは気軽にリッチーと呼んでくれ。グレアムから、お前の噂は聞いている。よく来てくれた、【ゴーレム使い】。歓迎するぞ』と……」
「なんで今のジェスチャーだけで、そこまでわかるのよ!」
エリーゼの突っ込みをスルーして、互いにサムズアップする賢紀とリッチー。
目を見るとなんとなく理解できるのだが、賢紀にも根拠は上手く説明できない。
リッチーは隣にある機体を指差し、ボソボソと呟いた。
微かに「テルプシコーレ……」とだけ聞こえる。
「なるほど。『この機体の名前は〈テルプシコーレ〉。セブルス先王の下、俺が秘密裏に開発を進めていたものだ。エランが占領された後も、帝国軍の監視下で俺が開発を続けた。まあやめさせようとした帝国兵共を、俺が殴り飛ばして開発続行してたから諦めたみたいなんだけどな。ワハハ……』」
リッチーは全然笑っていないように見えるのだが、なぜか通訳で笑い声を入れる賢紀。
なんとも賢紀らしい、棒読みな笑いだ。
「『帝国の奴らも途中から、邪魔しなくなった。手伝いながら、技術を盗む方向にシフトしてな。人工筋肉や関節構造の技術は、GR-3〈サミュレー〉に。高出力リアクターの制御術式は、GR-6〈ファイアドレイク〉やGR-8〈ルドラ〉に生かされている』」
コクコクと頷くリッチーを見て、エリーゼは賢紀の通訳を信じる気になったようだ。
「ふーん。高出力リアクターを、積んでいるのねえ……。リアクターコアには、何の魔石を使っているの?」
「……リッチーさん。それ、本当か? 『最初は帝国の目を欺くため、別の魔石をダミーに使っていた。だがいま〈テルプシコーレ〉のリアクターコアには、セブルス・エクシーズの魔石が使われている』」
「へえ……。お父様の魔石ねえ……え? いま、お父様の魔石って言った!?」
この世界において、生命を終えるときに魔石を残す種族はエルフ、魔族、そして魔物――
人間や獣人、ドワーフは含まれていない。
「エリーゼ。お前の親父さんは、本当に人間だったのか?」
「そう聞かれると、疑わしいエピソードが多すぎて自信無くすわね……。いくらルータス王家は異種族の血を多く取り入れているとはいえ、魔石を残すなんて人間辞めてるわ。お父様の首級と亡骸が行方不明になったとは聞いていたけど、まさか魔石になっているなんて……」
また何やらボソボソと呟くリッチーに、賢紀は注意を向ける。
「そうか……それで……。エリーゼ。この機体は、お前用に設計されている。元から操縦センスがありそうなお前が、ルータスのマシンゴーレム乗り第1号になる予定だったそうだ」
これについては、賢紀も驚かない。
ルータス王国民の中で最も操縦適性が高かったのは、エリーゼとアディだろう。
「親父さんは自分の身に何かあった時、魔石になるための術式を開発して自分に掛けていたそうだ。肉体を魔力の塊に変換し、この研究所にある魔方陣上で結晶化する術式をな」
「そう。この機体には、お父様が宿っているのね……」
剣を構えるエリーゼに、セブルスがオーバーラップするイメージが賢紀の脳内に浮かんだ。
まるで英雄譚のラストバトルを思わせる、感動的な構図だと思う。
「なんかお尻の下にお父様がいると思うと、落ち着かないわね」
確かにマシンゴーレムの動力源〈トライエレメントリアクター〉は、操縦席のシート下方にレイアウトされている。
先程の感動的なイメージが、上書きされてしまった。
四つんばいになったセブルスに、馬乗りになって剣を振りかざすエリーゼの姿に。
賢紀の胸は、残念な気持ちでいっぱいになった。
「これでもダメだ……」
短く呟いたリッチーは、目に危険な光を灯した。
近くにあったハンマーを手に取ると、デスクトップパソコンに似た機体制御術式の入力用魔道具を叩き壊そうとする。
その意図に気付いた賢紀は、小型無人マシンゴーレム〈トニー〉を呼び出した。
リッチーを羽交い絞めにして、暴挙を食い止める。
「そう言えばドンから、聞いたことあるわ。『長男のリッチー兄貴は、出来上がった試作品の出来栄えに納得がいかないと機材も含めて破壊するっス』って」
「どこのロックギタリストだよ? リッチーさんやめてくれ、勿体ない。なんで、〈テルプシコーレ〉じゃダメなんだ?」
リッチーは珍しく、彼にしては長い言葉をはっきりと喋った。
「この機体では、グレアムの作っているセナ・アラキ専用機には勝てない。映像で見た、お前達のXナンバーズ総掛かりでも」




