第9話 憧れのコックピット~奇襲は成功ですか?~
ダークブルーに塗られたマシンゴーレム、GR-1〈リースリッター〉。
その操縦席に収まっていたのは、【ゴーレム使い】安川賢紀だ。
彼の気分は、高揚していた。
幼い頃から憧れた、人型機動兵器のパイロット。
某公国の一ツ目機動スーツや、最低の野郎共な紙装甲騎兵を駆る自分を夢想しない日はなかった。
社会人になってからも、ずっとだ。
感情が面に出にくい賢紀。
しかし、今は違う。
他人が見ても、興奮しているというのは分かるだろう。
……ほんのちょっとだけだが。
敵基地に向けて、全力疾走する爽快感。
巨大な機体が、自分の手足となるような一体感。
そして圧倒的なパワーとスピードが自分のコントロール下になり、超人になったかのような全能感が湧いてくる。
ユリウスのGR-1を解析した時、賢紀はその操縦方法も完全に理解していたのだ。
彼は通常知られているGR-1の最高速度よりも、圧倒的に速いスピードで門に迫る。
これは普通の操縦兵とは異なる方法で、マシンゴーレムを走らせているためだ。
普通の操縦兵はまず、魔法で機体に「走れ」という命令を送る。
そのあとにオートで走る機体の速度を、フットペダルで調整して走行する。
オートでの全力疾走では、転倒しないように充分な安全マージンが取ってあった。
そういうふうに、魔法でプログラミングされているのだ。
しかし【ゴーレム使い】である賢紀は、普通の操縦兵では不可能な操縦方法を実現する。
彼は機体の部品ひとつひとつにまで細かく魔力を流し、制御していた。
超人的な魔力操作のなせる技だ。
それは完全な、手動操縦とも呼べる代物。
通常は機体のCPUに当たる〈魔道演算機〉が、姿勢制御を補助している。
だが賢紀には、それすら不要だった。
彼の乗るGR-1は、全性能を引き出されている。
本当の意味での限界まで。
関節の可動域をフルに使い、重心も細かく制御されて走る姿は生物的。
どこか「乗り物感」がある、一般操縦兵の疾走フォームとは大きく異なる。
さらに賢紀は鹵獲したGR-1に、いくつかの改修を施していた。
そのひとつが撮影魔道機――カメラの機能追加。
ランボルトから教わった魔法で、夜目魔法【イメージインテンシフィア】というものがある。
これをカメラである水晶、〈クリスタルアイ〉の中に書き込まれた魔法術式に追加。
暗視装置の機能を付与したのだ。
おかげで地面の凹凸などもしっかり認識することができ、全力疾走しても転倒することはない。
(最高だぜ! 異世界に来てよかった! フリード神様、エリーゼ、ありがとう!)
無表情で無愛想な【ゴーレム使い】は、胸の中で喜びを爆発させていた。
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そんな最高の気分も、長くは続かなかった。
基地の門をぶち破った時、衛兵の1人が機体に撥ねられ死んだ。
もう1人は、門の破片が直撃して。
見張り台ごと地面に落下した兵士も、おそらく助からない。
今度はエリーゼでなく、自分が手を下した。
そう思うと、賢紀の心は冷えた。
やはり【神の加護】による精神保護が働いているのか、極端な忌避感はない。
しかし、後ろめたさが腹の辺りに重くのしかかる。
「恨まないでくれ。俺もこの世界で、生き延びないといけないからな」
操縦席で呟いていたら、賢紀の機体に銀色のGR-1が迫ってきた。
起動状態で待機していた緊急要員らしく、対応が早い。
50m程の距離から、魔法で炎の矢を放ってきた。
(戦闘中に余計なことを考えるな! 死ぬぞ! 俺!)
ロボットアニメなどではベテランの先輩が、主人公にそういうアドバイスをくれそうだ。
だが賢紀は今、1人だ。
自分で自分に言い聞かせるしかない。
強固な耐魔法装甲と魔法障壁を持つマシンゴーレム同士の戦闘において、魔法は決定打にはならない。
敵が放った炎の矢に対し、賢紀は回避行動も取らなかった。
正面から突撃し、弾き飛ばす。
一瞬で間合いを詰められ、慌てる銀色のGR-1。
迫る賢紀機の頭部目がけ、片手剣を垂直に振り下ろしてきた。
それは関節部を狙うなどの工夫が全くなされていない、大振りな斬撃。
実は現在、帝国兵はマシンゴーレム同士の戦闘を想定した訓練を行っていない。
リースディア帝国以外の国に、マシンゴーレムが存在しないためだ。
「遅いぞ。ユリウス並のヘタクソだ」
賢紀は帝国兵パイロットに向かい、コックピットの中でダメ出しをする。
さすがに外部拡声魔道機で、叫んだりはしない。
そのユリウスに散々追い回され、殺されかけたことは都合よく忘れることにした。
自機に当りそうなギリギリの距離で、敵刃を回避。
すれ違い様に、胴を薙ぐ。
高校時代に、体育でやった剣道の授業。
そこで剣道部の生徒が見せてくれた、「抜き胴」を模した技だ。
授業時は上手く真似できなかったのに、マシンゴーレムに乗ると再現できた。
これも【ゴーレム使い】の能力ゆえだろう。
魔法障壁である程度は守られているものの、GR-1の上半身と下半身のジョイント部は脆い。
GR-1標準装備である片手剣、〈リネアール〉。
これには元から、切れ味と耐久性を上げる魔法が付与されている。
それがマシンゴーレムの強大なパワーで振り切られ、ジョイント部を容易く斬り裂いた。
「まずは1機。他の奴らが出てくる前に、敵部隊の脳を破壊する」
賢紀は機体背面のハードポイントから、魔法杖を抜いた。
その先端を、基地中央の司令部に向ける。
これから使う魔法は、10秒ほど意識を集中する必要がある。
隙ができてしまうのだ。
他のマシンゴーレムが出てきていない今が、安全に発動させるチャンスだった。
GR-1の〈トライエレメントリアクター〉が発生させる、莫大な魔力。
そこへさらに【ゴーレム使い】の人間離れした魔力を上乗せし、魔法杖に収束させていく賢紀。
これだけの魔力となると、魔法杖を壊してしまう可能性すらあった。
慎重なコントロールが要求される。
「吹き飛べ。ランボルトさんのオリジナル魔法、【エクスプロード】だ」
賢紀の魔法が完成した。
閃光と轟音。
司令部の建物が吹き飛ぶ。
立ち昇った爆炎が、基地内を真昼のように照らし出した。
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「お~、派手な合図ね。ケンキって、意外と目立ちたがり屋なのかしら?」
エリーゼ・エクシーズは基地防壁のすぐ外側で、そんな感想を漏らした。
ユリウスと対峙した時に、賢紀がやたらと変なポーズを取りながらゴーレムを操っていたのを思い出したのだ。
今回の作戦ではまず、賢紀が正面から突入。
司令部を爆破する。
エリーゼはその反対方向から進入し、混乱に乗じて生身の兵士を減らす。
マシンゴーレムに搭乗前の操縦兵を斬ることができれば、理想的だ。
基地の防壁は、土魔法で土砂を固めただけのもの。
垂直ではない。
身軽なエリーゼは助走をつけると、3歩で防壁頭頂部まで駆け上がった。
基地内は、炎上する司令部の炎に照らされている。
闇に紛れるために纏った、黒いローブは効果が薄かった。
仕方がないので、建物の影から影へ。
身を隠しながら、エリーゼは進むことにする。
「マシンゴーレムの起動を最優先だ! 急げ!」
「整備兵も全員、ハンガーに向かえ!」
「マシンゴーレム同士の戦闘には近づくな! 踏み潰されるぞ! ……ぎゃっ!」
暗闇から飛び出したエリーゼは、操縦兵と整備兵と思わしき者達を斬り捨てた。
そして素早く、再び隠れる。
ポルティエからの情報と、望遠魔道具による偵察。
建物の配置は、エリーゼの頭に入っていた。
ちょうど今の位置は、格納庫と宿舎の中間辺りになる。
待ち伏せするには、最適な場所だった。
「何だ!? この死体は!? 剣で斬られてるぞ!」
「あの獣人が牢から出てないか、誰か確認して来い!」
「馬鹿野郎! 今はそれどころじゃ……ぐわっ!」
(んんっ? 今斬った奴、気になること言ってたわね)
囚われの獣人とやらが、エリーゼには気になる。
後で牢にも行ってみようと、彼女が決めた時だった。
夜空を切り裂くような、甲高い吸気音が鳴り響く。
「あちゃ~、ちょっとマズいかも? あの機体だけでも、起動前に何とかしたかったんだけど……」
少し小さめの、真新しい格納庫。
ポルティエの情報になかったことから、最近新しく建てられたものと見て間違いない。
そこから1機のGR-1が、飛び出してきた。
他のGR-1と、頭部のデザインが若干違う。
通常は丸く、目のスリット以外は何も付いていないGR-1の頭部。
だがこの機体の側頭部や口の部分には、フィンが増設されていた。
おそらく放熱用だろう。
左手には魔法杖ではなく、盾を装備。
盾を持ったマシンゴーレムなど、エリーゼは聞いたことがなかった。
そして両肩には、グリフォンのマーク。
リースディア帝国第4機動兵団長、エマルツ・トーター。
彼は帝国屈指のマシンゴーレム乗り。
エースパイロットと呼ばれる者達の1人だった。