第65話 終わりの始まり~本当にできないのですか?~
フォーウッド精霊国の建国祭は、1日中続いた。
カレラ・ジーテ――いや、カレラ女王は用意周到だった。
建国を宣言する前に、食料や酒をローラの大神殿へと運び込んでいたのだ。
それも大量に。
昼過ぎからは多種多様な種族が、祝いの品を持って駆けつけた。
彼らは平然と、宴に加わる。
イーナクーペの街に、住む者達だ。
イーナクーペはこのまま、フォーウッド精霊国の玄関口となる。
最初は他種族相手に、ぎこちなく接していた大森林のエルフ達。
だが酒が入り宴が盛り上がってくると、段々と打ち解けてきた。
祝いの品と一緒に、ドワーフの建設会社が次々と資材を運び込んでくる。
カレラの説明によると、明日から首都の建設に取り掛かるらしい。
この大神殿を中心とする都市。
名前は「ジーテ」になる予定だそうだ。
「まあ! あんなに重そうな木材を、軽々と……。凄い筋肉。ドワーフの男性って、逞しいのね」
「おい、見たか? あのドワーフ女性の立派なモノを……。まな板ばかりのエルフ女とは、大違……痛たた! ごめんなさい! ごめんなさーい!」
仲が悪いと評判のエルフとドワーフ。
だが実際会ってみると、意外にお互い好印象のようだった。
ドワーフ達の素晴らしい手際によって、あっという間に仮設ステージが完成する。
そこでは、様々な催しが行われていった。
まずは弓の射的大会。
なんともエルフらしい。
優勝者はぶっちぎりで、イースズ・フォウワード。
2番手には、元【テスラガード】リーダーのカレラ女王。
そして3位に入ったのは、人間である荒木瀬名。
並み居る天性の射手、エルフ達を押しのけての好成績である。
女神の加護【英雄】の力により、空間認識力がずば抜けている瀬名。
射手としても、超一流だ。
それを無表情で見つめるのは、【ゴーレム使い】安川賢紀。
無表情だが、内心ではかなり悔しがっていた。
彼は小型無人マシンゴーレム〈トニー〉に弓を引かせた瞬間、失格を言い渡されたのだ。
感情を表に出さない賢紀に代わり、〈トニー〉が地面に膝を突いた。
主の心情を表すかのように、大地を金属の拳で叩きまくる。
続いて開催されたのは、腕相撲大会。
これはエルフ参加者のために、組まれたイベントではない。
彼らに他種族の筋力を観てもらおうというのが、主催者の思惑だ。
筋骨隆々なドワーフや獣人の男性参加者に、エルフのご夫人達から熱い声援が飛ぶ。
普段は細身で筋肉の無いエルフ男性に囲まれているせいで、マッチョな男性に飢えているらしい。
だがマッチョな野郎共を蹴散らして勝ち上がってくる、予想外の選手達がいた。
1人は荒木瀬名。
彼が勝ち上がるのは、わからないでもない。
細身だが、鍛えられた体つき。
何といっても、女神の加護がある。
あとの2人の快進撃に、観客は驚いた。
エリーゼ・エクシーズとアディ・アーレイトだ。
可憐な女性2人が大男達を次々とねじ伏せていく様に、会場は熱狂していた。
準決勝第1試合は、エリーゼ対アディの組み合わせだ。
テーブルを破壊する激闘の末、再試合をエリーゼが制した。
そして、準決勝第2試合。
瀬名が敗れた。
『勝者! ジョセフ・リンキート・レイ~ン!』
声高らかに、宣言したのは賢紀。
彼はいつの間にか、実況と審判を任されていたのだ。
拡声魔道器越しの声が、テスラの大森林に響き渡る。
「安川の奴……。普段は無愛想なのに、マイクを持つとよく喋るなあ。俺はマイク持つと、アガっちゃうのに……」
今度は瀬名が賢紀に対して、悔しそうな顔をしている。
『さて、皆様! お待たせいたしました! いよいよ決勝戦です。まずは選手紹介。その小柄な体には、大陸一のパワーを誇るドワーフ族の血が流れている! 赤コーナ~、白銀のまじ……」
「コラ! ケンキ!」
『ウォッホン! 訂正します。「怪力女王」、エリーゼ・エクシーズ陛下~!』
「それも可愛くない~!」
エリーゼ陛下は不機嫌そうに、頬を膨らませた。
『続きまして、青コーナ~! 皆様を守る【テスラガード】のマシンゴーレム、〈フックスレーレ〉の開発者でもあります。鍛え上げられた肉体に、優れた頭脳! 「鉄腕のジョー」こと、ジョセフ・リンキート・レイ~ン!』
「やーねえ、ケンちゃん。私のことは、『ジョー』じゃなくて『リン』って呼んでって言ったじゃなーい」
レイン七兄弟の四男リンは、体をくねくねさせながら抗議した。
くねりに合わせて、丹念に手入れされた緑色の髪がふわふわと揺れる。
両手を当てがった頬には、綺麗な脱毛処理が施されていた。
『失礼しました。リン選手は素晴らしいパワーを持っていますが、ハートは繊細な乙女なのです。パワフルで可憐な乙女達の熱き戦いに、我々は酔いしれましょう!』
【ゴーレム使い】は静かに右手を掲げ、振り下ろした。
『それでは決勝戦! レディー……ゴォーッ!』
激しい戦いだった。
エリーゼとリンのパワーに耐え切れず、何度も破壊されるテーブル。
その度に、再試合となる。
4回目の再試合の頃には、両者の表情に疲労が浮かんできた。
今回もテーブルに、亀裂が入る。
――またテーブル交換、再試合か?
誰もがそう思った瞬間、リンの体が宙を舞った。
大柄なドワーフの体が、テーブルに叩きつけられる。
たまらず、粉々になるテーブル。
「ふっ。負けたわ、エリーゼちゃん。あなたのほうが私より、乙女だったということね……」
『勝者! エリーゼ・エクシーズ~!』
観客の大歓声で何も聞こえない時間が、しばらく続いた。
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腕相撲大会決勝から、数分後。
賢紀達は屋外に設置された長テーブルに着き、モリモリと料理を食べていた。
「いたたたた……。エリーゼちゃんって、本当に強いわねえ」
賢紀の正面に座ったリンが、右手をさすりながら呟く。
「イヒヒヒッ……。ジョーの兄貴が負けるなんて、信じられないねぇ。兄弟の中でも兄貴の馬鹿力に対抗できるのは、ロジャーくらいのものなのに」
「ああ!? ロニーてめえ、俺のことは『リン』って呼べっつっただろうが!? 聞いてなかったのか?」
「ヒッ! リン姉さん、ごめんなさい! もう腕の骨は、折らないで……」
男性モードへと豹変したリンに怯えているのは、弟のロニーことローランド・ジェイムス・レイン。
レイン七兄弟の五男である。
〈フックスレーレ〉のミサイルや、〈コメットキャリアー〉を開発したのがロニーだった。
彼がかけている瓶底眼鏡の裏からは、滝のように涙が溢れている。
くしゃくしゃの黄色い頭髪は、ふるふると恐怖に揺れていた。
リンの豹変ぶりとロニーの哀れなまでの怯え方に、賢紀は内心ドン引きする。
「それにしても、残念ね。せっかく【ゴーレム使い】のケンちゃんと、お話する機会だもの。他の兄弟も集まって、みんなでマシンゴーレムの話をしたいわぁ。特にグレアム兄さんとかリッチー兄さんは、ケンちゃんと話が合うと思うのよね」
リンがそう言った瞬間、宴の会場に哄笑が響き渡った。
「クハハハハ……! リン! 我輩を呼んだか!?」
「グレアム兄さん!」
乱入してきたのは、紺色の髭と髪を持つドワーフ。
宴の席には場違いな、白衣に身を包んでいる。
乱入者をひと目見て、賢紀はすぐにピンときた。
「あなたがマシンゴーレムの開祖。GR-1〈リースリッター〉の開発者、グレアム・レインさんですか?」
「GR-3〈サミュレー〉も、我輩作だ。おうおう。お主の噂は聞いとるぞ、【ゴーレム使い】。GR-1を面白おかしく改造したり、ドンと共同でイカス武器を開発したりしているそうではないか。今宵はマシンゴーレムについて、語り明かそうぞ!」
楽しそうに、ニンマリと笑うグレアム。
賢紀も笑顔で応えたつもりだったが、唇の端が微妙に吊り上がっただけだ。
微笑み合う2人のマシンゴーレム狂を見つけて、遠くから瀬名と、ニーサ・ジテアールが走ってくる。
かなり焦った様子で。
「不味いぞ! 安川とグレアムは、最悪の組み合わせだ!」
「グレアム! 変なことを、漏らしてはならんぞ! そやつはイーグニース共和国側なのだからな!」
「わかっておる! 全く。お主らがマシンゴーレムを壊していないか、わざわざメンテナンスに来てやったというのに……。それでケンキよ。まずはお近づきの印として、イーグニースの最新鋭機とウチのGR-3を交換してみぬか?」
「OK。GR-3、欲しかったんですよ。グレアムさんは、話がわかりますね」
『絶対ダメー!!』
ニーサと瀬名。
そしていつの間に来たのかエリーゼも加わり、3人で待ったをかける。
それはそれは綺麗なハモり声だった。
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建国の宴は、深夜まで続いていく。
賢紀はレイン兄弟達と、マシンゴーレムについて語り明かした。
いつの間にかスピリット・アシステッド・インターフェースの精霊たちも【ファクトリー】から出てきていて、宴に参加している。
賢紀には、出した記憶がなかったのだが。
エルフ達がやたら崇めるので、精霊達――特にマリアは調子に乗っていた。
賢紀はあまり、お酒に強くない。
なので、飲む量は少な目。
それでもいつしか酔いは回り、眠りに落ちていゆく。
地球での飲み会など、楽しいと感じたことがなかった。
しかしその晩はとても楽しく、幸せな気持ちで【ゴーレム使い】は眠りに落ちた。
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夜が明けた。
その日、エンス大陸の歴史が大きく動き出す。
世界樹が枯れ、世界のエネルギーバランスが崩れる可能性。
その危機に、大陸中の国と種族が一致団結した。
もはや戦争など、している場合ではない。
大陸中の知識と技術、人材が集められ、【生命の泉】捜索隊が結成された。
大陸中の人々の期待を一身に背負い、巨大船型ゴーレムで大海原へと旅立つ一団。
その中には、無表情で水平線の彼方を見つめる黒髪黒目の青年の姿があった。
――【解放のゴーレム使い】、「完」。
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「……っていう展開なら、良かったんだけどな」
宴の翌朝。
イーナクーペの街の外で、賢紀達共和国組と瀬名達帝国組は対峙していた。
「エリーゼ。150年は、長過ぎるな……」
「そうね、ニーサ。もう少し、短ければね……」
向かい合うルータス女王とリースディア皇帝の間には、緊張の糸が張りつめていた。
もう少し世界滅亡までの時間が短ければ、本当に各国は団結して【生命の泉】捜索に当っただろう。
しかし150年も先の危機より、目先の争いに目が向いてしまうのが人間。
短い寿命である種族の習性。
もはやイーグニース共和国と、リースディア帝国の開戦は秒読みだった。
自力でマシンゴーレムを開発した共和国を、帝国はこれ以上放ってはおけない。
共和国のスヴェール大統領も、帝国に娘と親友を殺された憎しみを薄れさせてはいない。
ニーサはルータス王国難民と、獣人傭兵で結成されたルータス解放軍を無視できない。
エリーゼがルータス女王を名乗って、解放軍の先頭に立つからだ。
エリーゼは戦争で焼け出されたルータス難民達にとって、帰郷の希望だ。
王国奪回を、諦めることはできない。
帝国は王国やビサースト獣人国連邦から奪った穀倉地帯を、返還することはできない。
元々侵略の発端は、深刻な食糧危機から来ていたのだ。
返還すれば、多くの餓死者を出す。
フリード神の使徒安川賢紀は、この戦争を回避することが――
(本当に、できないのか?)
心の底で、そう悩んでる自分に気付く【ゴーレム使い】。
エリーゼは小さな袋を、ニーサに投げて渡した。
「世界樹の種よ。ローラ様からもらったうちの、半分が入っているわ」
「エリーゼ・エクシーズ。ひとつだけ、約束を交わそう。この戦争で生き残った方が、責任をもって【生命の泉】を探すと。できなければ、できる人物を探して託すと」
「いいわ。約束しましょう」
「結局争ってしまう我々人間を見て、精霊女王ローラは決断を後悔しているだろうな」
ニーサは哀しげな表情で、深く息を吐き出した。
「正直に言うとね……。私はもう、あなた達と戦争したくないわ。女王失格ね」
「確かにそれは、失格だな。……だが奇遇だな。私もだ。本当はお互い、統治者などには向いていないのかもしれぬ」
「できれば、両軍の犠牲が少ないことを……」
「そうだな、そう祈ろう」
帝国の4人を乗せた車両型ゴーレムは、砂塵を巻き上げながら走り去った。
北の方角。
帝都ルノール・テシアへと向けて。
賢紀達5人は、帝国組の姿が見えなくなるまで見送る。
完全に見えなくなったタイミングで、エリーゼはポツリと呟いた。
「何だか……やりにくくなっちゃったわね……」




