第63話 ローラの決断~びびっちゃったの私だけ?~
「ハッ! 今のは人が死ぬ時に見る、走馬灯ってやつ!? 精霊でも見るなんて、初耳だわ!」
精霊女王ローラは、臨死体験――
精霊だから臨消滅体験とでもいうべきものから復活し、ガバっと身を起こした。
今度はアフロになっていない。
ベッツ・アーエムゲイルが手加減したのか、所々焦げる程度で済んでいる。
彼女が体を起こすと、8つの顔に囲まれていた。
眼鏡をかけたこと以外は、里を飛び出した頃と全然変わっていない。
だが、すっかり反抗的になってしまったエルフの青年。
3つの瞳でローラを不安そうに見つめる、ハーフエルフの女性。
優しそうな顔立ち。
だが瞳に強い決意を秘めた、黒髪黒目の人間族青年。
ローラが恐れる戦女神によく似た、強い覇気を放つ人間の女性。
強そうなのに何だか苦労してそうな、双剣を背負った男性剣士。
ちっこいのに長い剣を背負った、ハーフドワーフの生意気そうな少女。
メイド服の上にタクティカルベスト。
ツッコミどころ満載の格好をした、目つきのキツい犬獣人女性。
そして無表情で、何を考えてるのだか分からない。
ちょっと前髪の焦げた、黒髪黒目の妙な青年。
ふと、ローラは気付いた。
そういえば、1人1人の顔を近くで見るのは初めてだ。
人には、個性というものがある。
見た目も違えば、考え方、価値観、能力も違う。
旅が嫌いなヒキコモリドワーフもいれば、自由奔放に旅をしたがるエルフもいる。
野心に燃えて、人の上に立とうとする人間もいる。
自然と共に、質素な生き方を願う人間もいる。
最近のローラは、そのことを失念していた。
種族全体の気質と存亡だけを気にして、1人1人の意思を蔑ろにしていなかったか?
そう自問する。
「ねえベッツ、教えて。ハイエルフを犠牲にしないで世界を救う方法って、あなたには何かアテでもあるの?」
ちょっと意地悪な質問だという、自覚はあった。
ローラはひとつだけ、世界を救う方法に思い当たっていた。
可能性は、低い方法だが。
だが敢えてベッツに問い、困らせてみたかったのだ。
「誰も犠牲にせずに、世界を救う? ちょっと都合がいい話じゃない? あなたには何かいいアイディアがあるから、そんなことが言えたんでしょう? 案を出してごらんなさい」
ベッツが何も答えられず、自分に助けを求めてくる展開を予想していたローラ。
しかし彼の反応は、予想外のものだった。
「ふむ。とりあえずこれから貴様がなるという、世界樹の種を徹底的に研究する。ハイエルフの苗床を必要としないように、品種改良できないかやってみるさ。同時進行で世界樹以外の植物も、品種改良する。世界樹並の魔素・瘴気とマナの変換効率を実現できるように。いうなれば、世界樹の量産化だな」
ぶっとんだベッツの回答に、何も答えられなかったのはローラの方だ。
ただただ口をパクパクとさせて、絶句する。
次にリースディア帝国皇帝、ニーサ・ジテアールが提案してきた。
「他には、魔法科学的な手段だな。マシンゴーレムの動力源になっている〈トライエレメントリアクター〉は、魔素・瘴気・マナの3種類から魔力を生み出す仕組みになっている。だが魔素と瘴気だけでも、量さえあれば魔力を発生させられる。これを改造し、魔素・瘴気からマナを発生させる装置を作り出す。なに、150年もあるのだ。最近の魔力炉技術の発展スピードを見ていると、充分な期間だと思うがな?」
滅びが迫っているというのに、女帝の顔は余裕そのものだ。
むしろ、困難に挑むことを楽しんでいるようにすら見える。
「ええっ!? 世界樹が枯れて、びびっちゃったの私だけ?」
――この大地に生きる子達にとっては、大した問題ではないとでもいうのか?
他にも、次々とアイディアが飛び出した。
エルフのミサイル技術を発展させ、宇宙へと飛び出し他の星へと移住する。
かつて魔王が研究していたという時空魔法を復活・完成させ、異世界へと移住する。
マナ無しでも瘴気と魔素のみで生きていけるよう、この星全ての生物に遺伝子操作を行う――等々。
最後の方はかなり危ないアイディアも混ざっていたが、その場にいた8人の提案はローラを驚愕させた。
(うっわ! この子達、怖っ! 人間だけじゃなくって、エルフのベッツも怖っ! そりゃ、勢い余って滅ぶ世界も出てくるってもんよ。だけど……)
――面白い。
兄、レナードが言っていた。
「何をしでかすか、わからないから面白い」
その言葉の意味が、今になってようやくローラにも理解できた気がする。
そしてフリード神が、人々を眺めるばかりであまり手を出さなかった理由も。
(ちょっと危なっかしいけど、この子達は私が世話を焼かなくても生きていけるんだ……。何だかちょっと、寂しいな……。よし! 決めた!)
精霊女王は、腹を括った。
「【生命の泉】というものが、この星のどこかにあります……」
唐突に、語り始めたローラ。
その言葉に、全員が傾注した。
「地中で凝縮された水と土のマナが、泉として湧き上がっている場所です。そこに世界樹の種を投げ入れれば、ハイエルフを犠牲にせず世界樹を成長させることができます」
「何だ、他にも方法があるんじゃないか。そういうことは、もっと早く言え。そうすれば、黒焦げにならずに済んだんだ」
「このエンス大陸に、もう【生命の泉】は存在しないと判明しています。代わりにどこかに湧き出ているはずですが、場所までは不明。未知なる別大陸を捜索し、見つけるしか手立てはありません」
「さすがにこの子達でも、尻込みするだろうな」というローラの予想は、見事に裏切られた。
「別大陸だと!? これは研究意欲がそそられる」
「面白そうではないか! 未知なる大陸を、帝国領にしてくれよう」
「やれやれ。将軍の業務以外にも、面倒な仕事が増えそうだ。やりがいは、ありそうですがね」
「やった! 次は、他の大陸への冒険ばい!」
「ケンキ! さっそく、海を渡れるゴーレムを開発して!」
「腕が鳴りますわね。退屈しなくてすみそうですわ」
「あー。まだ私は、あなた達のことをよく分かっていなかったみたいね。もう余計なことはせず、見守るだけにするわ」
ローラの体は眩く輝く流動体となって、空中に溶けた。
やがて一点に向けて収束し、光の玉へと姿を変える。
大きさは、拳大といったところ。
光の玉はゆっくりと進み、イースズの前まで来て動きを止めた。
(持って行きなさい。これが世界樹の種よ。いくつかあるから、良く考えて使いなさい。分け合うなり、研究するなりね)
ローラは登場した時と同じく、念話で全員の頭の中に直接語りかけた。
イースズが光の玉に手を伸ばすと、小さな袋へと姿を変える。
開けてみると、植物の種が十数個入っていた。
「全く。いい年なんだから、大人しく見ているだけでいいんだ。神々や精霊女王から見れば危なっかしいのかもしれないが、私達は自分の足で歩いていける。……ゼフォー。君が見たかった未来を、私達は掴んでみせるさ」
ベッツの眼前には、水晶のような石が浮遊していた。
手の平に納まる程度の大きさで、淡く輝く正八面体。
魔石だ。
魔族や魔物、エルフがその生命を終える時、この世に残す魔力の結晶体。
魔石の色は、残した者の魔力によって違う。
ベッツの目の前にあるのは、ゼフォー・ベームダールの魔石。
彼の魔力の色は、親友ベッツと同じ。
涼し気な青色だった。
(君にできるかな? 僕が見たかった未来を、掴み取ることが)
魔石はそう問いかけてきているように、ベッツには思えた。
「私は君と同じ、マッドサイエンティストだぞ? こんなものを託して、どんな使われ方をしても知らないからな」
親友の残した魔石を、ベッツはそっと懐にしまい込んだ。
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翌朝。
世界樹の麓にあるローラの神殿において、ハイエルフであったゼフォー・ベームダールの葬儀が行われた。
葬儀といっても、エルフの葬儀にはあまり格式ばった儀礼や作法は存在しない。
長である、ハイエルフの場合でも同じだ。
エルフの遺体は、魔族や魔物と少々違う。
魔石以外は消滅し、肉体は残らない。
遺族がその魔石を引き取り、大切に保管する。
そして墓石の代わりに、木が植えられる。
故人が大いなるマナの流れの中に還った、象徴として。
エルフ達のマシンゴーレム〈フックスレーレ〉に使われている魔石は、志願者達の魔石らしい。
身寄りのないエルフ達が自分の死後、「里を守るための力として、使って欲しい」と申し出たのだ。
その話を聞いた安川賢紀と荒木瀬名は、回収していた〈フックスレーレ〉全機とその魔石を返却した。
受け取ったのは、ジョセフ・リンキート・レイン。
〈フックスレーレ〉の開発者であり、ゼフォーの友人であったドワーフだ。
家族のいないゼフォーの魔石をベッツが持って行くことに、誰も異論は挟まなかった。
里を飛び出したとはいえ、彼は自他共に認める故人の親友。
先々代ハイエルフの息子であることと、かつてはハイエルフの後継者候補と言われていたことも大きかったのだろう。
本当は、ゼフォーの暗殺未遂犯である。
しかしエルフ達の中で事実を知るのは、協力者であるカレラ・ジーテのみ。
直接ゼフォーを倒した賢紀達が葬儀に混ざっていても、誰も何も言わない。
彼らの顔を見た【テスラガード】全員が、すでに生きていなかったためである。
それ以上に、エルフ達は混乱していた。
ハイエルフという指導者と、信仰対象の精霊女王ローラ。
その寄り代である、世界樹を失って。
大森林の外にあるイーナクーペの街からも、多数のエルフが葬儀に訪れている。
森の中で暮らしていたエルフ達に比べると、彼らは混乱していないように見えた。
葬儀の参列者達が、長蛇の列を作っている。
ゼフォーの墓である、木に祈るために。
そんな中、べッツはカレラを神殿裏手へと呼び出した。
「カレラ……。大事な話があるんだ」




