第51話 嘆きの雷光~本当にいないのか?~
精霊女王ローラの神殿。
その全部屋を制圧した、安川賢紀達。
彼らは大広間に、一旦集合していた。
「ゼフォー・ベームダールが、どこにもいないだと?」
「ああ、そうだ安川。俺の魔力感知にも、ひっかからない」
そのことが不本意なのか、荒木瀬名は無表情かつぶっきらぼうに答える。
「犬獣人のわたくしの鼻でも、匂いは嗅ぎ取れませんわ。この神殿内にはもう、生きているエルフはいません」
アディ・アーレイトの断言に、一同は視線を交し合った。
いつもは冷静(に見えるだけ)な賢紀だが、今回ばかりはうろたえている。
誰の目にも、そう見えた。
「そんなはずはない! 隠し部屋や、隠し通路があるはずだ! みんな、隅々まで探すんだ!」
「ヤスカワ! 同じ【神の加護】持ちである、セナの魔力感知が信用できないのか!? もう、この神殿を探しても無駄だ!」
ニーサ・ジテアールは怒気をはらみながら、賢紀の意見に反対した。
「ならばこの神殿ごと、俺と荒木の火炎魔法で焼き払う。【エンスピュリファイア】がウイルスなら、高熱で死滅させられるはずだ!」
「ダメだ! どんな方法で保管されているのかわからぬ! 中途半端に容器を溶解させようものなら、そこからウイルスが撒き散らされるぞ!」
「ならニーサ帝! あんたは一体どうしろっていうんだ!?」
「まずは落ち着け! じっくり方策を練って……」
「だから今、そんな時間はないんだ! こうしている間にも、ウイルスが散布されようとしているんだぞ! 人間族を、丸ごと滅ぼしてしまえるようなウイルスが!」
賢紀とニーサは、今にもつかみ合いの喧嘩を始めそうな勢いだ。
エリーゼ・エクシーズが止めようとしているが、どうしていいのかわからずにためらっている。
その様子を、ひっそりとうかがっている者がいた――
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「この状況で、仲間割れとは……。なんという、愚かな生き物なのだ。人間というものは……」
ポツリと呟く、エルフの青年。
人間族でいうなら、年齢は20代といった容姿。
緑がかった灰色の短髪と、エルフならではの長く尖った耳。
丈の長い法衣に身を包んだ彼こそが、ハイエルフのゼフォー・ベームダールだ。
ゼフォーは賢紀達一行の言い争いを、観察していた。
だが彼がいる場所は、ローラの神殿ではない。
ひっそりと建設された、研究所。
神殿から世界樹を挟んで、ちょうど反対側の地下に位置する。
直線距離にして、3kmは離れた場所だ。
その研究所の最下層。
薄暗い部屋の中で、ゼフォーは椅子に腰掛けていた。
目の前には青い輝きを放つ、菱形の水晶。
地面からわずかに浮きあがって静止していたが、その水晶を通して賢紀達を見ていたわけではない。
ゼフォー・ベームダールは、目を閉じていた。
ハイエルフである彼にとって、このテスラの大森林の中は全てがテリトリー。
魔力感知の範囲は、大森林全体に及ぶ。
好きな場所を遠隔視したり、会話を拾うなど造作もない。
はじめから賢紀達の行動は、ゼフォー・ベームダールに筒抜けだったのだ。
本人に聞こえているとも知らずに、「ゼフォー・ベームダールを暗殺する」と連呼しながら大森林へと踏み込んで来たこと。
【テスラガード】との白兵戦。
〈フックス・レーレ〉とのマシンゴーレム戦。
ローラの神殿での戦い。
そしてゼフォーが見つからずに、神殿内でうろたえている場面。
ゼフォーには、それら全てが見えていた。
見当外れな場所に向かっていく賢紀達を観察している間に、ゼフォーの準備はほぼ整った。
あとはいくつかのプロセスが残っているだけで、計画の終わりは見えている。
残りの時間で賢紀達がこの場所を探し当て、ゼフォーを暗殺するのは不可能だ。
彼にはひとつだけ、気になることがあった。
自分に差し向けられた刺客達の中にいる、三ツ目のハーフエルフ女性。
「似ているな……。いや、僕がそう思い込みたいだけか……」
ゼフォーは理性で、自分に何度も言い聞かせた。
もう彼女は――エセルス・アーエムゲイルはいないのだと。
しかし心のどこかで、未だにそれを受け入れきれていない自分がいる。
「彼女とその子供達を、この世から奪ったのも人間。そして僕の側から彼女を連れ去り、『必ず俺が守り抜くから』という約束を違え、むざむざ死なせた男も人間。良かったよ。滅ぼしてしまうことに、全く良心は痛まない」
言葉とは裏腹に、ゼフォーの表情は虚無感に満ち溢れていた。
「わかっている。こんなことをしても、エセルスはあの世で笑ってはくれない。それでも、僕は……」
ゼフォーが物思いにふけっている間にも、賢紀達一行の言い争いは続いていた。
いや、さらにエスカレートしている。
セナ・アラキとかいう黒髪の剣士以外、7人全員が興奮していた。
今にも、殺し合いが始まりそうだ。
「全く。本当に、醜い生き物だな。大体こいつらは、暗殺という言葉の意味がわかっているのか? 森林に入ってくるなり、派手に暴れ回ってばかりで。暗殺というものは――」
「こういうことを、いうんだろう?」
ゼフォーがいるこの部屋には、誰もいないはずだった。
それなのに、突然聞こえた声。
ゼフォーは驚き、閉じていた両目を開いた。
眼前に見えたのは、何も無い空間から生えた腕。
腕には強大な魔力が集中し、雷光を迸らせている。
反射的に、椅子から立ち上がったゼフォー。
だが空中から生えた腕は、彼の喉元を掴んだ。
とっさに防御魔法を展開するが、防ぎきれない。
これは魔法の天才だった親友が、得意とした雷撃魔法。
その絶大な威力は、充分に理解している。
「【グリーフライトニング】」
凄まじい電撃が、ゼフォーの身体を駆け抜ける。
防御魔法を展開していなければ、間違いなく即死だっただろう。
火傷を負い、筋肉や内臓にまでダメージを負ったゼフォー。
彼は立っていられなくなり、再び椅子へと座り込んだ。
「馬鹿な……! どうやって、気付かれずにここまで……。光学迷彩の魔法が使えるのは、知っていた。だが森林内で魔法を使って、僕の魔力感知から逃れられるはずがない」
「魔法じゃないのさ」
ゼフォーの眼前で、大気が揺らいだ。
次の瞬間、そこにはローブをひるがえした青い長髪のエルフ――ベッツ・アーエムゲイルが立っていた。
「私とドワーフ族、そして不思議な神の御使い様との共同開発品さ。【ディセプティブローブ】。光を透過させ、姿を消せるローブだよ。全く魔力を感じ無かっただろう? 攻撃の瞬間は魔力がバレるし、姿も見えてしまうのが難点だけどね」
「僕に見つからなかった理由はそれで説明がつくとして、ここを探し当てられたのはなぜだ? 君の魔眼――【黄玉眼】を使えば、僕の魔力を辿ることはできるだろう。しかしそれでは君の存在に、僕が気付かないはずは無い。魔眼の魔力すら、そのローブで隠したというのか?」
ベッツは【黄玉眼】と呼ばれる、魔眼を持っている。
発動させると、普段は青い瞳が黄金色に輝くのが特徴だ。
魔素、マナ、瘴気はもとより、微弱な魔力の残滓や大気の揺らぎ、熱までも感知できる。
強力な、広域レーダーのような魔眼だ。
しかしその力を発動させる行為は、物を探すために暗闇の中で懐中電灯を点けるようなもの。
広大な魔力感知範囲を持つゼフォーが、気付かないはずはないのだ。
「そっちはこの眼鏡型の魔道具、【ノヴィータシールド】で隠蔽していたのさ。これも難点があって、【黄玉眼】の力が限定される。だけど君の魔力を辿るということだけ、できれば良かったからね。視力に優れたエルフが、近眼や老眼になるわけないだろう?」
ベッツはそう言って眼鏡をケースに入れ、懐にしまい込んだ。
「さて、ゼフォー。いちど言い出したら聞かない君のことだ。【エンスピュリファイア】の散布を止めろと言っても、聞いてはくれないんだろう? 『死んでもやり遂げる』。君はそういう男だ」
「ああ。ベッツなら、よくわかっているはずだ」
「ならば君をエセルスの元へと送ってやるのが、親友であり、エセルスの兄でもある私の務めだ。ついでに妹を守りきれなかったセブの馬鹿野郎も、ぶん殴っておいてくれ」
「ふふふ……。エセルスがルータスに嫁ぐ時、追いかけて行ってセブルス国王を殴ったそうだな? 拳の骨が折れたと聞いたよ? 情けない」
「あの野郎の顔面が、硬すぎるんだ。君もあの時、一緒にエセルスを奪い返しに行けば良かったんだ。大森林を飛び出してな。そうしたら、きっと……」
セブルス・エクシーズを愛していたエセルスは、やはりゼフォーを選ばなかったかもしれない。
だがベッツと同じく、当時は革新的で進歩的な思想を持っていたゼフォーがルータスに来ていたら?
ベッツやエセルスと同じように、種族の違いにこだわらないルータス王国を愛するようになっていただろう。
エセルスを失うという、未来は変えられなかったかもしれない。
それでも今のように、人間という種族を丸ごと滅ぼそうなどとは思わなかったはずだ。
「そんなことが、できるわけがない。君と僕が2人ともいなくなったら、ハイエルフの後継者が誰もいなくなってしまう」
「そんなもの、大森林に残っているエルフの誰かが適当になるさ。精霊女王に勝手に選ばせれば良かったんだ。そもそも私も君も、先代から後継者だなんてひとことも言われたことは無かっただろう?」
ハイエルフの後継者は、精霊女王ローラの指名によって決まる。
往々にして、その代でもっとも優れた魔法の使い手が選ばれていた。
今代ではベッツとゼフォーの2人の魔法が抜きん出ており、エルフ達の間では後継者になるだろうと囁かれていた。
しかし先代ハイエルフであり、ベッツの母であるメルツェーデスはそのことには触れなかった。
精霊女王も、そう決めていたわけではない。
「ベッツ、君は自由でいいな……。そうだな、セブルス・エクシーズが来るよりも早く、3人で外の世界に冒険に出れば良かった。君もエセルスも、外の世界に憧れていたからね……。そうすればもっと長い時間、3人で一緒に……」
ゼフォー・ベームダールの頬を、静かに涙が伝う。
彼が宝物にしていた、3人で過ごした時間はもう二度と戻らない。
「なあ、ベッツ。もう本当に、エセルスはいないのか?」
ゼフォーの言葉に、ベッツは息を飲んだ。
この親友は、いまだにエセルスの死を受け入れきれていないのだ。
その事実を突きつけられて、ベッツはもういちど覚悟を決めた。
今度こそ妹の元へ、親友を送る覚悟を。




