第5話 白銀の魔獣~教えてはくれませんか?~
「あ~、もうっ! ポンコツ御使い様には、任せておけません!」
エリーゼ・エクシーズは言い放ち、アースゴーレムの腕から体を引き抜いた。
安川賢紀はついに、フリード神と同じポンコツにカテゴライズされてしまった。
ポンコツ扱いにショックを受けつつも、「ポンコツ神から授かった力なのだから、ポンコツ使徒でも仕方ないじゃないか」と開き直る。
ゴーレムの腕から飛び降りたエリーゼは、着地と同時に体をひねる。
鮮やかな動きで、背中の長剣が引き抜かれた。
構えは身体の死角に刀身を隠す、脇構え。
彼女は風のように、ロボット兵へと突進する。
速い!
賢紀とユリウスは、同時に胸中で叫んだ。
ユリウスの駆るロボット兵は、正面から迫るエリーゼに剣を振り下ろす。
エリーゼは急激に方向変換し、迫り来る巨大な剣をかわした。
森を震わせる轟音とともに、地面が抉れ土砂が舞い上がる。
その時にはすでに、エリーゼはロボット兵の股下を潜り抜けていた。
ロボット兵は、頭部を大きく左右に振る。
ロボット兵の顔面、人間でいうと目の辺りにはスリットがあった。
スリットからは人工的な緑色の光を放つ、球状の何かが覗いている。
おそらくそれがカメラなのだと、賢紀は判断した。
カメラがせわしなく、上下左右に動く。
「見失ったな」
少し離れた位置にいる賢紀は、何とかエリーゼの動きを捉えることができた。
しかし、ユリウスには無理だ。
エリーゼは、ロボット兵の後方へ抜けると急制動。
再びロボット兵へと向き直る。
その瞬間、彼女の剣が淡い緑色に輝いた。
「あれは……? 魔力を剣に、流し込んでるのか?」
魔力の流れから、賢紀は推測する。
これならば、高い攻撃力が期待できそうだ。
見失ったエリーゼの姿を求め、ロボット兵は旋回して振り向こうとする。
だがエリーゼは、その瞬間を狙っていた。
タイミングを見計らい、エリーゼは地面を蹴って跳躍。
ロボット兵の肘を足場にし、肩まで駆け登った。
まるで木に駆け登るリスだ。
肩に違和感を感じ、ロボット兵は頭部を左に向ける。
「狙うならやっぱり、関節かカメラだよな」
賢紀が予想した通り、エリーゼは目の部分であるスリットを狙っていた。
刀身を地面と水平に突き出す、平突き。
それを目にもとまらぬ速さで、スリット部分に叩きこんだ。
耳障りで甲高い音が響き渡る。
エリーゼの長剣は、止められていた。
切っ先はスリットを覆う、薄くて青い光の膜に阻まれている。
しかも緑色に輝いていた刀身は、急速に光が霧散してしまった。
「チッ。やはり対策していたな。強力な魔法の障壁か?」
賢紀が離脱を促すより早く、エリーゼは飛び降りて地面に着地する。
その軽やかさは、重力を感じさせない。
『なかなか強えじゃねえか。ルータスのエリーゼっていやあ、「白銀の魔獣」って二つ名で有名だもんな。生身でやり合ったら、俺は一瞬で殺られちまうだろうよ』
スピーカー越しに、ユリウスの嘲るような笑い声が響く。
(「白銀の魔獣」! 何だその二つ名!……カッコイイ!)
自分好みなエリーゼの二つ名に、テンションが急上昇する自由神の使徒。
しかし――
「私はその二つ名、嫌いなの。可憐なレディを捕まえて、『魔獣』はないでしょう? そもそも、二つ名ってもの自体がダサいわ!」
エリーゼにセンスを否定された賢紀は、少しシュンとなった。
『そうかよ。だがなぁ、お前がいくら強くても関係ねえ。俺が「コイツ」に乗ってる限りは、絶対勝てねえ。生身の人間じゃあな』
ユリウスの声からは、歪んだ優越感が滲み出ていた。
『首都にいた連中は、そんなことも理解できなかったみたいだぜ? お前の親父や、その王妃達。ルータス騎士団の奴ら」
エリーゼの肩が、ピクリと動く。
「しつこい虫ケラのように、まとわりついてきやがった。まあみんな、踏み潰してやったんだけどな。虫ケラ共にはお似合いの……』
エリーゼは激昂した。
ユリウスが言い終わるより早く、飛び出していってしまう。
今度は剣を右肩に引き付けた、八相の構え。
先程よりも速く風を切り、一気に間合いを詰める。
ユリウスは、エリーゼを迎撃にかかった。
放たれたのは剣による、地を這うような低い横薙ぎ。
逃げ場は上にしかない。
やむを得ず、エリーゼは剣を避けられるギリギリの高さまでジャンプ。
斬撃を避けた。
だがその動きも、ユリウスの計算通り。
空中で身動きが制限されるエリーゼに、ロボット兵は左手に持った棒状の武器を向けた。
これは魔道士達が使う杖を、ロボット兵に合わせて大型化したもの。
魔法杖だ。
『【パラライズボルト】』
杖の先から発生する、青い雷光。
それが蛇のように空中を走り、エリーゼに絡みつく。
エリーゼは悲鳴を上げることもできず、空中でビクンッと痙攣した。
そのまま地面へと落下する。
何とか足から着地したが、体が痺れて着地のショックを吸収することができない。
転がって、地面に倒れ込んだ。
『お手軽に、相手を無力化できる魔法もあるんだぜぇ。油断しちゃダメだろぉ、エリーゼちゃんよぉ?』
エリーゼは身体の痺れに、必死で抵抗していた。
なんとか上体を起こし、立ち上がろうとする。
ユリウスは機体右手の剣を捨てた。
エリーゼを掴み捕獲する意図が、傍らで見ていた賢紀にも伝わる。
「させるか」
賢紀は素早く、アースゴーレムをエリーゼの真下から作りだした。
彼女を抱きかかえ、避難させる。
『ああ!? 舐めたマネしてんじゃねえよ!』
エリーゼに逃げられて、ユリウスは頭にきた。
機体の進行方向を変え、賢紀へと向かう。
アースゴーレムを作り出し、逃げようとする賢紀。
だが、ロボット兵の方が速い。
逃げることもアースゴーレムを作り出すことも間に合わなかった彼は、ロボット兵の右手に捕らえられてしまった。
(おおっ! このロボット兵のマニピュレーター、すごい! こんなに柔軟、かつ繊細に動くなんて!)
自分の胴体をわしづかみにする、ロボット兵の指の精密な動作。
それに賢紀は感動していた。
生命の危機真っ只中でもなお、彼のロボヲタ魂は不滅であった。
(このまま握り潰されて死ぬのは、いやだな。カ●ル君みたいだ。「使徒」だけに)
地球のロボットアニメ好きなら、みんな分かってくれそうなこのネタ。
しかし異世界では誰も分かってくれないだろうということが、賢紀には寂しかった。
そう思うと、余計に死にたくない。
だがこのロボット兵にダメージを与える手段は、思い浮かばない。
賢紀はこれ以上の抵抗は無駄だと悟り、死を覚悟した。
そして最期だからと、欲望に忠実なことを言い出す。
「なあ、このロボットの操縦兵さん……。ユリウスさんだったな? よかったら俺を殺す前に、このロボットのことを教えてくれないか? 名前とか、スペックとか、構造、動力源、開発秘話とかも知ってたらよろしく」
自国の兵器の情報など、機密事項に決まっている。
しかし賢紀とエリーゼが死ねば、これ以上漏れることはない。
それにこの操縦兵は、少々頭が悪そうだと思える。
そこで賢紀は、一応お願いしてみた。
彼の予想通り、ユリウスは少々――いや、かなり頭が悪かった。
勝利を確信し、気を良くしていたユリウス。
彼は機密事項であるはずの機体情報を、ぺらぺらと喋り始めたのだ。
それが自分にとって、致命的な結果をもたらすとも知らずに。
『ロボットお!? なんだあそりゃ? こいつは「マシンゴーレム」っていう、リースディア帝国が誇る地上最強の……』
(マシン……「ゴーレム」だと!?)
賢紀はそこまでしか、ユリウスの話を聞いていなかった。
改めて目の前のロボット兵を、「ゴーレム」だという前提で観察。
すると今までは、気付けなかった情報が入って来る。
(普通のゴーレムと違い、内部に動力源らしきものがあるな。骨格は、魔法と機械の複合技術で動かしているのか? 見るだけでは、これ以上詳しいことはわからない。だが……)
賢紀の中にある、【神の加護】が教えてくれる。
可能だ。
こいつの存在も、能力の範疇であると。
賢紀は自分の胴体を掴んでいる「マシンゴーレム」のマニピュレーターに、手の平を当てた。
そして、静かに呟く。
「【ゴーレム解析】」