第44話 ベッツの依頼~お願いできますかな?~
安川賢紀達がビサースト獣人国連邦から帰国して、およそ1ヶ月が経った頃だ。
自由神の使徒たる【ゴーレム使い】は、とある企業の社長室にいた。
そこでティータイムがてら、雑談をしている。
相手はゲリラ組織、【魂の牙】の元代表。
ビサースト獣人国連邦の王女でもあった、ジャニア・エクセジアル社長だ。
彼女はイーグニースに亡命するなり、起業した。
会社設立の際には大統領や共和国議員、魔物ハンターギルド、ヴォクサー社やローザリィ社にも掛け合ったという。
会社の名は、民間軍事会社「ビサースト・エージェンシー」。
会社設立に駆け回っていた姿は、まさに「デキるビジネスマン」。
机の下でにゃあにゃあ言いながらプルプル震えていた駄猫と、同一人物だとは信じ難い。
ジャニア社長は、賢紀に語る。
「戦闘が得意な獣人達に向いているのは、傭兵稼業か魔物ハンターにゃ。でも傭兵なんて、戦争が終わればすぐに食いっぱぐれるにゃあ。魔物ハンターの方は、安定感が無いにゃあ」
「なるほど。それでジャニアは、民間軍事会社を立ち上げたというわけか」
「そうにゃ。戦争が無い時は施設の警備や、行商人の護衛で稼ぐにゃ。大規模討伐で、魔物ハンターが足りない時の助っ人なんかも引き受けるにゃ。傭兵として戦闘経験を積んだ社員は、軍需企業へアドバイザーとして派遣。マシンゴーレムのテストパイロットとしても、需要があるはずにゃあ」
「魔物ハンターもテストパイロットも、この国では不足している。ギルドマスターのランシアさんも、人手が増えて喜んでいたよ」
人前では、「元王女で、若き敏腕実業家」。
そんなジャニアも、賢紀達と話す時は地である駄猫モードだった。
彼らの前では、今さら取り繕っても無駄だと思っている節がある。
ジャニアはイーグニース共和国に来てから、ずいぶん生き生きとしていた。
内政や経済に向いているという言葉は、事実だったようだ。
ビサーストでは第1王女と言えども、戦う力のない者は軽んじられる。
【魂の牙】で代表をしていた時も、「お飾り」代表であった。
対外的に正当性を主張しやすい、血筋のみを求められたのだ。
しかしここにきて、ジャニアには本当に尊敬の念が集まってきている。
新しい国での生活に不安を抱く獣人達に、自分達の能力を生かして生活していく術を示したからだ。
「にゃひひひひ……。イーグニースは、金の匂いがプンプンするにゃあ」
舌なめずりしながら、腹黒い笑顔を浮かべるジャニア。
それはせっかく集まった尊敬を掃き散らしてしまいそうなほど、残念な姿であった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
ジャニア社長との雑談後、久々にヴォクサー社内のドン・レイン研究室を訪れた賢紀。
ドンの表情は、明るかった。
共和国軍制式採用機の座を、ローザリィ社のMG-2〈ユノディエール〉に奪われたのに。
ヴォクサー社の面々はさぞ落胆しているかと思いきや、実はそうでも無い。
「いやー。確かに軍の制式採用は、逃しちゃったっスけどねえ。実は魔物ハンターギルドや商人ギルド、大手の輸送会社から問い合わせが来てるんっスよ。MG-1〈パンツァー・プラッテ〉を、買いたいって」
大型の魔物退治や盗賊、山賊からの馬車の護衛。
そういった用途なら、確かにMG-2は過剰性能だ。
MG-2に比べると、MG-1の方がコストも安い。
民間企業から見ると、魅力的な商品に映るのだろう。
「銃のライセンスは、我が社がほとんど抑えているっス。マシンゴーレム用だって、それは同じ。ランボルトさんの協力で、爆炎魔法を付与して弾丸を量産できる魔道具も完成したっス。現在順調に稼動中っス。いま、両社のパワーバランスは互角ってところっスかね?」
「油断していると、ローザリィ社に置いて行かれるかもしれませんよ? 向こうのマシンゴーレム開発チームに、ロジャー・レインさんが加入しました」
賢紀の発言に、ドンは目を見開いて驚いた。
「は!? ロジャー兄貴が、帰って来てるんスか!? 俺のところには、顔を見せにもきてないっスよ!?」
「帰国するなり、ローザリィ社のテストパイロット達に引っ付いて行きましたからね。MG-2を見て、心底惚れ込んだらしいです。『ライバル社同士やからあまり会えなくなるけど、よろしゅう』って伝言です」
「ロジャー兄貴の恩知らずめ。……ロスター社長はロジャー兄貴が元ヴォクサー社員ってことや、俺と兄貴が兄弟って知ってて雇ったんスか? 相変わらず、メチャクチャな髭三つ編みジジィっスね」
「自宅が勝手に『ルータス解放軍本部』と化してるのに何も言わない、おたくのヴィヴィオ社長も相当ですけどね」
「そういえばまた1人、解放軍のメンバーが増えたらしいっスね。美人の凄腕エルフ・スナイパーさんだそうで。今度紹介して下さい。あ。もちろんテストパイロットや、アドバイザーとしての話っスよ」
言ってから「しまった!」という表情になり、ドンは慌てて周囲を見回す。
何を心配しているのか察した【ゴーレム使い】は、ドンを安心させるべく言葉をかける。
「安心してください。あの変態メイドは、エリーゼ絡みの時しか湧いてきませんから」
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
ヴォクサー社のマシンゴーレム試験場では、操縦訓練が行われていた。
エリーゼ・エクシーズと、アディ・アーレイトの2人が指導教官。
訓練を受けているのは、6人。
エネスクス、ゴリ、クォヴレー、ムルシィ、ムスタング、リラックだ。
彼らは民間軍事会社、「ビサーストエージェンシー」の社員でもあった。
訓練場所として研究所の敷地をを使わせてもらえているのは、賢紀の口利きによるものだ。
訓練用のGRー1〈リースリッター〉も、賢紀の【ファクトリー】から提供している。
いずれ「ビサースト・エージェンシー」の面々には、傭兵としてリースディア帝国との戦いに参戦してもらわなければならないのだ。
彼らが強くなるために、賢紀はできる限りの便宜を図るつもりだった。
もっともジャニア社長からは、
「タダより高いものは無いにゃあ。会社が軌道に乗ったら、機体のレンタル料は支払うにゃあ」
と言われていた。
「エリーゼ。アディ。訓練の進み具合はどうだ?」
『ケンキ。みんなまだまだよ。こんなんじゃエマルツ・トーターやアレクみたいなのが出てきたら、瞬殺されるわ』
エリーゼが、機体の拡声魔道器からがなりたてる。
結構うるさくて、賢紀は思わず耳を覆った。
まだまだとは言いながら、それなりの成果は出てるようだ。
訓練生6人の基本的な戦闘機動は、けっこう様になってきている。
帝国軍の新兵よりは、よっぽど強そうだ。
やはり獣人族は、パイロットとしての適性が高い。
「エマルツやアレクみたいなのが、ゴロゴロいるわけでもないだろう? 残ってるエース格はレクサ・アルシエフ将軍と、ニーサ・ジテアール帝ぐらいのものじゃないか?」
『ニーサ・ジテアールも相当な腕らしいけど、レクサ・アルシエフは本当にヤバいわ。深手を負っていたとはいえ、生身でお父様を倒した男だもの』
「手負いを倒しても自慢になるって、お前の親父さんはどれだけ化け物だったんだ?」
賢紀の中ではレクサ将軍の脅威より、セブルス国王の怪物ぶりが強調されてしまった。
『……というわけでみんな。レクサ将軍から瞬殺されないように、引き続き訓練を頑張るわよ! 次は模擬戦。私とアディのコンビ対、あなた達6人全員でいいわよ』
数の上では、圧倒的に訓練生有利。
だが彼らからは、『え~っ!』という悲鳴が上がった。
6人がかりでも、エリーゼとアディの2人には手ひどくやられてしまうからだ。
『エリーゼさん。僕はケンキさんにも、教わってみたいな』
エネスクスの提案に、訓練生一同は「ナイス!」と心の中で喝采した。
凶悪コンビより、賢紀は手加減してくれるに違いない。
むっつり【ゴーレム使い】は、普段とても冷静に見えるからだ。
『あちゃー』
『どうなっても、知りませんわよ?』
エリーゼとアディの反応に、訓練生一同は少しだけ不安を覚えた。
しかし、もう遅い。
自由神の使徒は、やる気になってしまったのだ。
「よし。それじゃ俺が、相手をしよう。6対1で、かまわないぞ」
その日、悪魔は降臨した。
凶悪コンビよりも、さらに恐ろしい強さ。
そして性格の悪さを持ったマシンゴーレム乗りの存在を、訓練生達は身をもって知った。
さらにその悪魔は、自分もエマルツ・トーターやアレックス・S・マッサに殺されかけたと語る。
話を聞いた訓練生達は、次の日から必死でエリーゼ達の訓練についてくるようになった。
あとエネスクスは、みんなからものすごく責められた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
さらに時は流れ、賢紀達がイーグニースに戻ってから約2ヶ月が経った。
スヴェール邸リビング入口の扉には、いつの間にか勝手に「ルータス解放軍本部」と張り紙がしてある。
扉を開け、賢紀が室内に入る。
青い長髪のエルフ男性がいた。
ベッツ・アーエムゲイルだ。
「おおっ、ケンキ殿!」
「ベッツさんの方から訪ねてくるなんて、珍しいですね。こないだは蜘蛛の糸の合成素材を安く大量に譲っていただいて、ありがとうございました。おかげ様で人工筋肉を使った、俺のオリジナルマシンゴーレムも完成しましたよ」
「それは良かった。ケンキ殿が作ったマシンゴーレムなら、すさまじい性能でしょうな。……実はケンキ殿達に、折り入ってお願いがあって来たのです」
「何でしょう? 俺達にできることであれば、何なりと。合成素材のご恩もありますしね」
「なーに。ケンキ殿達にかかれば、大したことではありません。お願いというのは……」
そこでベッツは一旦言葉を切り、目線を賢紀の瞳に合わせた。
いつもは眼鏡の奥で大きく見開かれ、爛々と輝くベッツの目。
今日はスッと細められ、氷のように冷たく光る。
明るく情熱的な笑顔が消え失せ、能面のような表情で彼は依頼を告げた。
「少々手を、貸していただきたい。エルフ達の長、ハイエルフ……。ゼフォー・ベームダールの暗殺に」




