第41話 絶望の包囲網~さしより1発いっとくね?~
今にも雨が降り出しそうな、曇り空の下。
4台の車両が、山間の道を駆けていた。
魔力駆動のため、エンジン音こそない。
だが合計24個の車輪は砂埃を巻き上げ、大きなロードノイズが森林の静けさをかき乱す。
灰色に近い緑色――オリーブドラブ色に塗装された乗り物。
日本でいう、中型トラックほどの大きさの車両は「ゴーレム・トラック」。
リースディア帝国軍の最新鋭装備だ。
ただし今この山間部を走っているゴーレム・トラックは、帝国軍に通常配備されているものとは少々違う。
出力、静粛性、乗り心地、魔力燃費効率などに改良を加えたチューンナップ車両だ。
自由神の使徒たる安川賢紀が、帝国軍基地に落ちていたものを偶然拾い、改造したとエネスクスは聞いている。
それら4台の列を前後から挟み込むように、2機のマシンゴーレムが護衛している。
森林迷彩色に塗装されたその2機は、周囲を警戒していた。
それぞれ速度を抑えた滑走機動で、トラックにスピードを合わせながら進んでいる。
『なあ、エネスクス。そろそろイーグニースとの国境線だな。奴ら、来ると思うか?』
先頭を走るエネスクス・ホーンドのGR-1〈リースリッター〉。
その魔道無線機に、野太い声が飛び込んできた。
最後尾の機体に乗る、ゴリアーティの声だ。
彼はエネスクスよりひとつ年上で、15歳のゴリラ獣人。
190cmという長身のゴリアーティは、「GR-1の操縦席は、狭すぎる」とぼやいていた。
ゴリアーティはエイプス州王の密命を受け、【魂の牙】本部に現れた。
鹵獲したGR-1を、ゴリアテ州の州都から不眠不休で走らせて来たのだ。
そのマシンゴーレム1機が、リースディア帝国軍に反攻する突破口となると信じて。
ゴリアーティが、やっとの思いで辿り着いた【魂の牙】本部。
そこで彼は、【ゴーレム使い】から言われた。
「助かる。これでGR-1のストックは、30機になったな」と。
ゴリアーティは、がっくりと膝を着いた。
決死の行動が、おまけ扱いになったような気がしたのだ。
「ゴリ。戦闘無しには、抜けられないと思う。『バレンティーノさん』が何回もイーグニースに獣人を送ったもんだから、国境線の警備はずいぶん厳しくなったらしいよ」
『ゴリじゃねぇ! 俺の名前は、ゴリアーティ・ボー・リバージュ・オンダだっつーの!』
やり取りしている少年2人の操縦席に、魔道無線機から叱責が飛んだ。
『エリーゼより、エネスクス! ゴリ! あんた達! 作戦行動中は、コールサインで呼び合うようにって言ったでしょ! またシミュレーターで、「教育」するわよ! あと、ゴリ! あんたの名前は長すぎるわ! ゴリって呼ぶって、お姉さんの私が決めたでしょう!?』
無線から聞こえたのは、フリーダム2ことエリーゼ・エクシーズの声。
彼女はエネスクス達の姉貴分だ。
初対面でエリーゼに対し、「なんだ? このちっこい生意気そうな奴は?」などと口走ってしまったゴリ。
彼は群れの中での序列というものを、徹底的に叩きこまれた。
物理的手段で、「叩き込む」という言葉そのままに。
その模様を見ていた賢紀は、「白銀の魔獣って二つ名、実は的確だよな……」と呟いていた。
幸いなことに、エリーゼには聞こえてはいなかったが。
『いま、姉御もコールサインじゃなくてゴリって……。いえ、なんでもないっス。ゴリ、了解』
現在【魂の牙】のメンバー達は、イーグニース共和国への脱出を図っていた。
ゴリアテ州の州都モアンキィが、間もなく陥落するという知らせをゴリから聞いたこと。
すでに賢紀達が「奴隷狩りのバレンティーノ」に扮して、かなりの数の獣人達をイーグニースに誘拐――もとい避難させていたからというのが理由だ。
さらにイースズ・フォウワードが明かした事実。
死んだ荒木瀬名が所在位置確認の魔道具を持っていたことも、脱出決定の要因にある。
その魔道具は、所在位置の反応を送信し続けていた。
これにより本部の場所が露見するのは時間の問題になってしまい、シンディアナ遺跡の本部は速やかに引き払われることとなった。
1列に連なって走るゴーレム・トラックには、【魂の牙】のメンバー約40名が分乗している。
その中には、ジャニア・エクセジアル王女もいた。
他の支部のメンバー達も呼び集めたが、本部以外からやって来たメンバー達は少数だった。
「奴隷狩りのバレンティーノ」が、少々頑張り過ぎたせいだ。
【魂の牙】メンバーの中からは、マシンゴーレムに乗って脱出部隊の護衛にあたる操縦者が選出された。
まだ若い、エネスクスとゴリだ。
彼ら2人だけが、僅かながらもマシンゴーレムの操縦経験があったからというのが抜擢理由だった。
もちろん任務に就く前に、2人の腕前はチェックされている。
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トラックの荷台、コンテナ内でのことだ。
「実戦で死なないように、お姉さん達がイロイロと教えてあ・げ・る」
本人は、妖艶なお姉さんのつもりなのだろう。
だが実際には、小さい女の子が背伸びして「うっふーん」している感しかないエリーゼ。
彼女はエネスクスを、シミュレーターの操縦席に押し込んだ。
(僕は初陣でマシンゴーレムを1機撃破した、それなりに期待されているルーキーだ。簡単には、負けてやらないぞ)
そう意気込んで、エリーゼと対戦したエネスクス。
しかし彼は操縦席を嘔吐物まみれにして、浄化魔法のお世話になる羽目になった。
(本当に酷い目にあった……。自覚無かったけど、僕は少々自惚れていたんだなあ……)
エネスクスは深く反省すると同時に、エリーゼには絶対逆らわないようにしようと決めた。
ゴリもアディ・アーレイトから、シミュレーター訓練を受けることになった。
美しい容姿をしたアディに、鼻の下を伸ばしながら操縦席に乗り込んだゴリ。
彼は模擬戦が終わると幽鬼のような足取りで降りてきて、コンテナ床に突っ伏し泣き始めた。
「なんで有名な『アサシンスレイヤー』だって、誰も教えてくれなかったんだよ!」
ゴリは泣きながらそう叫んだが、誰からも返事はなかった。
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3日間の即席訓練で、エネスクス達はエリーゼ教官達からお墨付きをもらった。
「簡単には、くたばらなくなったと思う」とのことだ。
だから今こうして、トラックの護衛についている。
(アディさんもエリーゼさんも、メチャクチャに強い! だけどそれだけで本当に、国境線の警備を突破できるのか?)
エネスクスは、不安に思う。
エリーゼとアディがいくら強くても、他にマシンゴーレムで戦える者は4人。
初心者の自分とゴリ。
そしてケンキ・ヤスカワという黒髪黒目の無愛想な青年と、イースズ・フォウワードというハーフエルフの女性。
どちらも実力は未知数だ。
その6機だけで、国境線の厚い守りを突破しなければならない。
(ケンキさんは、あんまり強くなさそう……。バレンティーノの時は、強そうだったのに……。本当に、同一人物なの? イースズさんって、セナ・アラキと一緒にいたティーテだよね? 裏切ったりしないのかな?)
他にも、エネスクスの不安要素は多い。
国境線に配備されている戦力が、具体的にはわからないこと。
追撃部隊が、差し向けられているかもしれないこと。
味方マシンゴーレム乗りの数が、少なすぎること。
(機体はケンキさんが、【ファクトリー】内にいっぱい持っているんだ。クォヴレーさんやムルシィさんにも操縦方法を教えて、乗ってもらった方が良かったんじゃないかな……?)
不安で注意力が散漫になっていたエネスクス。
彼を現実に引き戻すかのように、短い警告音が鳴り響く。
「エネスクスより各機! 魔力レーダーに反応! 進路上に、マシンゴーレム多数!」
映像投影魔道機に、無数の光点が出現する。
隠れていた帝国軍のマシンゴーレム部隊が、リアクターの出力を上げ戦闘モードに入ったのだ。
エネスクスがざっと数えただけで、20機以上はいる。
『安川賢紀だ。こちらでも、確認した。……おっと。後ろからも、新しいお客さんだぞ』
後方からも迫る、無数の光点。
映像投影魔道機上での移動速度から見て、最大戦速で追って来ている。
こちらも国境側と、同じくらいの数。
約50機による、挟撃だ。
エネスクスは、絶望感で押し潰されそうになっていた。
(せめてシロンが乗ったトラックだけでも、逃がしたい)
エネスクスはマシンゴーレム用スナイパーライフル、〈リコー〉を握り締める。
「銃は慣れないと、味方を誤射する可能性があるから」と、最初はエリーゼから止められた。
だが自分は飛び道具の方が得意だと告げると、賢紀がこのライフルを勧めてくれたのだ。
ゴリの機体は魔鋼で作られた魔槍、〈ツァンシュトハー〉を装備していた。
彼は槍が得意ということで、これも賢紀が選んでくれたものだ。
あまり柄の長くない短槍になっており、この狭い街道や森林の中でも取り回しが良い。
ゴリ機も大軍を前に、動揺しているような仕草をみせていた。
『ふーっ。こりゃ、大変だぞ』
危機的状況とは裏腹に、緊張感のない指揮官の声。
苛立ったエネスクスは、「見ればわかるよ!」と叫びたくなった。
『……倒した機体の回収が』
賢紀の言動が、理解できないエネスクス。
戦況が絶望的過ぎて、発狂したのではないかと疑っていた。
『アディよりケンキ様。残り10機くらいまで片付けたら、機体の回収に専念して構いませんわよ。その後は、私達3人で狩りますわ』
『そいつは助かるな。エリーゼ。いつかの蜘蛛の時みたいに、怒るなよ? ……エネスクス、ゴリは、トラックから離れるな』
アディまで訳の分からないことを言い出したと、エネスクスの絶望感は加速する。
「僕達の命も、これまでか」と、完全に諦めモードだ。
『全機、交戦を許可する。イースズ。挨拶を、かましてやれ』
『やっと出番ね? とっくに射程内ばい。そんなら、さしより1発』
イースズの言葉はひどく訛っていて、エネスクスには意味がよくわからなかった。
ニュアンスからして、「とりあえず1発」みたいな意味だろう。
なんとも軽い言葉だ。
「とりあえず」の1発にしては大きく、重い破裂音が、森林地帯を揺るがす。
そしてエネスクス機の映像投影魔道機から、黄色い光点がひとつ消えた。




