第40話 リースディースの化身~下る気はないか?~
ゴリアテ州都、モアンキィの宮殿。
ここは他州の王宮とは違い、広いが簡素な造りとなっている。
これは歴代のゴリアテ州王に、宮殿の豪華さよりも実用性を重視する合理主義者が多かった為だ。
ゴリアテ州王エイプスは、玉座に座っていた。
落ち着いた様子で、静かに目を閉じている。
ゴリラ獣人ならではの、逞しい体。
それを実戦向けの、簡素な鎧で包んでいた。
片手で槍を持ち、石突を床に着けた姿勢だ。
もうすぐ訪れる、決戦の時。
彼は瞑想し、精神を研ぎ澄ませていた。
広い玉座の間には、エイプス以外誰も居ない。
他の者はある1人を除き、全員が城壁か城外で戦っている。
近衛兵すら、傍につくことを許可しなかった。
住民や文官など、戦う力のない者は前もって逃がしている。
戦争難民を受け入れているというイーグニース共和国の国境まで、彼らが無事にたどり着けるようエイプスは祈っていた。
「……来たか」
エイプスは、ゆっくりと目を開いた。
静寂に包まれていた玉座の間。
その入り口を見据える。
遠くから床を震わす重低音と、破砕音が近づいてくる。
数秒の間を置いて、玉座の間入口が吹き飛んだ。
飛び散る建物の破片と煙の中から、姿を現したのは鉄の巨人。
リースディア帝国軍のマシンゴーレム、GR-1〈リースリッター〉。
この機体は、通常の兵士が乗る都市迷彩色ではない。
ルビーのように輝く、派手な緋色にオールペイントされていた。
胸部装甲が開く。
中から姿を見せたのは、20代半ばほどの美しい女性。
搭乗する機体とよく似た、緋色の甲冑を身に纏っている。
優雅な佇まいながらも、歴戦の戦士を思わせる威厳と迫力に満ちていた。
女性は地面に飛び降りた。
月光のように美しい金髪が、重力に抗いふわりと逆立つ。
その姿は神話に登場する戦女神、リースディースを彷彿とさせた。
大陸中で彼女が、「リースディースの化身」と言われるのも頷ける。
「ゴリアテ州王、エイプスだな?」
「やれやれ。乱暴な登場の仕方だな。お主自ら来るとは驚いたぞ、皇帝ニーサ・ジテアールよ」
エイプスはそう言って、ゆっくりと玉座から立ち上がった。
「念の為に聞く。帝国に下る気はないか? そなた達獣人は、優れた戦士。その資質を、私は買っている」
「今までにそう言われて、従った獣人はいたかね?」
ニーサは残念そうに首を振った。
「私では、獣人の戦士達を従わせることはできぬようだ。皆、自分の命よりも獣人戦士としての誇りを選択した。……そなたも、彼らと同じ道を選択するのか?」
「さてな……。猿系獣人は狡賢いというのが、獣人達の中での常識だからな。わが身可愛さに、あっさり誇りを売るかもしれぬぞ?」
「そしていつか、私の寝首を掻くというわけか……。猿系獣人らしい、知恵を使った戦い方だな。だがそのような闘気を放ちながら『従う』などと言われても、信用できるはずもない」
「クククッ……。猿系獣人も、所詮は獣人。最期ぐらい、己の野生に任せて暴れたいのだよ」
エイプスは、獰猛な笑みを浮かべる。
ゆったりとした、それでいて隙を感じさせない動作で槍を構えた。
ニーサもそれに合わせ、腰の剣に手をかける。
「マシンゴーレムは使わぬのか? お主達帝国が、創意工夫の末に開発した武器だろう? 卑怯とは思わぬ」
「卑怯でなくとも、無粋だ。私とて、久しぶりに生身で剣を交えたい。……逆に、質問を返そう。そちらこそ、マシンゴーレムを使わぬのか?」
エイプスは沈黙し、答えない。
「わかっているのだぞ? 我が軍のGR-1を1機、鹵獲したことは。いや。コピン村での件もそなた達の仕業なら、2機だな。操縦方法も、パイロットに吐かせたのだろう? なぜ、この場面で使わないのだ?」
「コピン村の件は、初耳だ。マシンゴーレムは、使いたかった。だが鹵獲した際に故障した箇所を、修理する技術が無くてな」
「ふっ。見え透いた嘘だな。【魂の牙】か?」
槍の穂先が、ピクリと動いた。
「残念だが既に帝国の【英雄】が、【魂の牙】に潜伏している。彼は私よりも、優しい人間だからな。今頃本部の場所を探し当て、丁寧に勧誘している頃だろう。『我が軍で、マシンゴーレムに乗らないか』とな」
ニーサは余裕のある笑みを浮かべた。
「そなたの息子も、おとなしく勧誘に応じてくれればいいがな」
(ちっ。息子のことまで、読まれていたか……。無事でいてくれ、ゴリアーティ。これからはお前や【魂の牙】のメンバー達のような、若い獣人達の時代なのだ)
内心の動揺を、エイプスは強靭な精神力で封じ込めた。
「何のことか、わからんな。そろそろ始めるぞ。血が滾って仕方ない」
エイプスは、槍に全力で魔力を流した。
目が眩みそうな白い輝きが、太陽のように玉座の間を照らす。
対照的にニーサは静かに腰を落とし、剣の柄に手を添えていた。
鞘から若干抜いてはいるが、刀身は見えない。
「曲刀を使うと聞いていたが、想像していたものと違うな。ずいぶんと、変わった形の曲刀だ」
「これは最近使い始めた異世界の剣で、『カタナ』と言う。今から放つ技も異世界の剣技、『イアイ』だ。散っていった獣人の戦士達に、あの世で語り広めるがいい」
「こいつはいいみやげ話ができた……と、言いたいところだがな。自分で広めに行け!」
エイプスが吼えると、足元の地面が爆発した。
彼の蹴り出しに、絨毯も石造りの床も耐えられなかったのだ。
ニーサの体が、射程距離に入る。
エイプスは諸手突きを放った。
リーチは短くなるが、重く、威力のある突きだ。
ニーサはまだ、動かない。
反応できないのか?
エイプスがそう、疑問に思った瞬間だった。
(三日月……?)
エイプスは夜空に輝く、三日月の幻影を見た。
それがニーサの剣閃だと気付いた時、槍の穂先は斬り飛ばされ、宙を舞っていた。
ニーサの剣技に、見惚れていたエイプス。
だが長年かけて磨き上げてきた槍術は、彼の体を無意識に動かした。
反撃として、石突での殴打が放たれる。
しかしその一撃が、ニーサに届くことは無い。
流れるように振り抜かれた二の太刀で、エイプスの体は両断されていた。
(三日月か……。そういえばあいつは月の中で、三日月が1番好きだと言っていたな……)
エイプスが薄れゆく意識の中で思い出していたのは、今は亡き妻のことだった。
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「陛下! わざわざマシンゴーレムを降りて戦うなど、なんという無茶をなさるのですか!」
二振りの剣を背負った男が、玉座の間に駆け込んできてニーサを諌める。
歳の頃は30代前半。
オールバックに固めた長髪と、精悍な顔立ちの美丈夫。
せっかくの精悍な顔立ちは、苦虫を噛み潰したように歪んでいた。
「レクサ。お前にだけは、説教されたくないぞ。生身でセブルス・エクシーズに挑んだ大馬鹿者は、どこのどいつだ?」
ニーサは浄化魔法で、返り血を落としながら反論する。
「私だから、申し上げているんです。……こうなってからでは、遅いのですよ」
レクサ・アルシエフ将軍は、自分の右腕をニーサの眼前に掲げる。
彼の右手は、義手になっていた。
マシンゴーレムの技術を応用した、最先端の義手だ。
自身の魔力操作によって、かなり繊細かつ滑らかに動いてくれる。
それでも失った右手に比べると、遥かに不便だ。
整備に手間もかかる。
レクサの右手を奪ったルータス国王、セブルスは噂に違わぬ怪物だった。
彼は深手を負いながらも、生身でマシンゴーレムを単独撃破するという離れ業をやってのけたのだ。
そこそこ腕のいい操縦兵が、乗っていた機体にもかかわらずだ。
(降りて来いよ、若いの。俺みたいな、死に損ないのオッサンが怖いのか?)
口から血を吐きながら、挑発してくるセブルス。
レクサは恐怖を感じながらも、機体から降りてしまった。
白兵戦でも、帝国最強の剣士であったレクサ。
それでも手負いだったセブルスの命と引き換えに、右手を持っていかれてしまったのだ。
「ふん。エイプス州王は、セブルス国王ほどの化け物ではないわ。……死なせるには惜しい、強者だったがな。レクサよ。どうせなら右手だけといわず、全身マシンゴーレムに改造してもらえ。セブルスなど、足元にも及ばんほど強くなれるぞ」
「陛下。そのような冗談、グレアム・レインの前では絶対に言わないで下さいよ。奴は嬉々として、実行しそうですからね。……外はらあらかた、片付きましたよ」
レクサは主戦場となった、城下町の方角を見た。
「残念ですが、降伏する獣戦士は皆無です。捕らえて【奴隷首輪】を取り付けることに成功した例は、ほとんどありません。取り付けても電撃を受けながら反抗し続け、全員死亡しています。全く。獣人族というのは恐ろしい……む!?」
レクサが何かに反応し、眉をひそめた。
「どうしたのだ? レクサ?」
「……奴隷契約をしていた、イースズ・フォウワードとの契約が切れました。私が契約解除をしていない以上、殺されたか、首輪を破壊されたと思われます。どちらにせよ、生きてはいないでしょう」
「何!? あのフォウワードがだと!?」
ニーサは急いで胸元から、懐中時計のような形をした魔道具を取り出す。
魔道具を見た彼女の表情は、険しいものに変わった。
「セナに渡した、所在位置確認魔道具の反応も消えている……。彼の身に、何が……?」
いつもは泰然自若としているニーサ帝。
だがセナ・アラキが絡むと冷静でなくなるのを、レクサは知っていた。
恋は賢帝を、落ち着きのない娘へと変えるのだ。
「陛下。セナ殿には、【女神の加護】がございます。若い獣人ばかりのゲリラ組織に、後れを取ることはないかと……」
先程、「獣人は恐ろしい」と感じたばかりのレクサ。
だが彼はニーサを落ち着かせるために、あえて楽観的な発言をした。
しかし、効果は無かったようだ。
「最後に反応があったのは、レオパードのシンディアナ遺跡付近だ。私はすぐに向かう。戦後処理は、お前に任せたぞ」
「陛下! お待ち下さ……」
レクサが止める間もなく、ニーサは緋色のGR-1にひらりと飛び乗る。
彼女は足裏の〈ドライビングホイール〉を駆動させると、風のように走り去ってしまった。




