第4話 炎の巨人~どんな無理ゲーですか?~
アースゴーレムが粉砕された拍子に、大量の砂煙が発生していた。
それにより、ロボット兵の姿は完全に覆い隠されている。
砂煙の向こう側から、ロボットを操縦している者の声が響く。
地球でいうスピーカーのような装置から聞こえたのは、品のないダミ声だった。
『土人形ごときで、このユリウス様に勝てると思ってんのか! そこの女! てめえ、行方不明になってたエリーゼ王女だな!? 大人しく投降すれば、処刑台は勘弁してやる。俺がこっそり飼って、可愛がってやるぜぇ~』
もちろん軍の上層部に見つからぬよう、王女を飼うなど不可能だ。
ユリウスという操縦兵はエリーゼを嬲り、犯し、ひと通り楽しんだ後に連行する腹づもりである。
(男の方は、ぶっ殺しても問題ないな)
操縦席で下卑た笑みを浮かべながら、ユリウスはそんなことを考えていた。
土煙が収まると同時に、機体の右腕に握られた片手剣で真っ二つにする。
それでおしまいだ。
ユリウスは、舌なめずりをしながら待ち受けていた。
そして土煙が収まった時――
そこにはすでに、安川賢紀とエリーゼ・エクシーズの姿はない。
エリーゼの読み通り、ユリウスは判断の甘い未熟な操縦兵で間違いなかった。
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土の巨人アースゴーレムが、森の中を駆け抜ける。
今回作られたゴーレムは機動性を重視し、先程よりひと回り小さい約3mサイズに収まっていた。
左肩に乗せているのは、【ゴーレム使い】である賢紀。
彼は右腕をアースゴーレムの頭に回し、バランスを取っていた。
さらにゴーレムに左手を添えてもらっているので、安定感は充分だ。
一方エリーゼは、アースゴーレムの右脇に抱えられていた。
小さな子供がお仕置きでお尻を叩かれる体勢みたいで、かなりカッコ悪い。
「ちょっと! 御使い様! この体勢、なんとかなりませんか!?」
顔を真っ赤にしながら足をバタつかせ、エリーゼが抗議する。
「悪いが、なんとかしている時間はない。追いつかれてしまうぞ」
逃亡する際、賢紀は自分の真下からアースゴーレムを作成した。
あまり土砂が噴き上がらないように、コントロールしながら。
前回派手に土砂を噴き上げたのは、過剰な演出だったりする。
そのまま地面からせり上がってくるゴーレムの肩に、腰掛けた賢紀。
彼はゴーレムが完成すると、駆け抜けながらエリーゼを掻っ攫ったのだ。
この世界に召喚される前から、「危険そうな敵に出会ったら、さっさと逃げよう」と決めていた。
なので撤退は、迅速だった。
「『戦女神の尖兵など、恐るるに足らぬ』とか言ってましたよね?」
「…………」
「『偵察兵1人どころか、1個小隊くらいは蹴散らしてくれよう』とも言ってましたね?」
エリーゼは呆れた口調で、嫌味を続ける。
初っ端から「神の使徒」し過ぎたことを、賢紀は後悔していた。
「はぁ~。御使い様って、口ばっかりなんですね」
深くため息をつくエリーゼ。
さすがに賢紀も、ムカっとした。
先程の「チェンジ」発言の件もある。
(このガキ……。このままゴーレムで、ケツを引っぱたいてやろうか? ちょうどおあつらえ向きの体勢だしな)
一瞬そんな考えが、賢紀の脳裏を過ぎった。
しかし自分に添えられているゴーレムの左手で叩くと、体の支えが減るのでやめておく。
結構な速度と高さなので、万が一落下したらただでは済まない。
「このまま逃げ続けるわけにはいきませんよ? 奴を倒さなければ、集落は発見されてしまいます。そうなれば終わりです。増援を呼ぶまでもなく、1機で全滅させられてしまうでしょう」
「増援を呼べるってことは、あのロボット兵は他にも何機か配備されているんだな? やっかいだ。アー⚫ード・トルーパーよりは大きく、アーム・スレ⚫ブよりは小さかった。1番イメージが近いのは、ヴァ⚫ツァーか……。生身の人間やアースゴーレム程度では、勝てる気がしないな」
「……??? 御使い様? 何を言ってるんだか、さっぱりなんですけど?」
自分の知っているロボットアニメやゲームの機体と比較し、敵の戦闘力を推しはかる賢紀。
こちらの世界に来る前は、それなりに戦えるという自信があった。
【神の加護】が、それだけ強力だったからだ。
しかし、今は違う。
あまりの戦力差に、目が眩みそうになる。
「倒すには、火力が足りない。あのポンコツ神め。何が『俺様の加護を持っていたら、やりたい放題の無双状態』だ。ただの駆け出し兵士が、ボス級の強さじゃないか。こんなバランスブレイカーな兵器があるなら、教えとけ」
「あーっ! 今、フリード神様のことをポンコツって言ったー! 今度お祈りする時、チクってやる!」
段々口調がくだけてきたエリーゼ。
どうやらこちらが地のようだ。
「エリーゼ。この辺に、岩場とかないか? 石で作ったストーンゴーレムなら、少しは奴の装甲をヘコませられるかもしれない」
「多分ダメ! カタパルトの投石を食らっても、平然としていたという話を聞いたわ。ちなみに噂では、単機でドラゴンを討伐できるだとか……」
「俺はこの世界に来て、いきなりドラゴンより強い奴とエンカウントしたのか……。どんな無理ゲーだよ? まったく……」
「……! ちょっと御使い様! 来た! 来た! 追いついて来てる!」
頭が後方を向いているエリーゼは、いち早く追跡に気づいた。
賢紀もチラッと、後方を振り返って確認する。
視線の先には、追ってくるロボット兵の姿。
多少の木々など、まるで障害にならない。
なぎ倒しながら、賢紀の想定よりもずっと俊敏に走ってくる。
速度はアースゴーレムより、ロボット兵の方が上回っていた。
(マズいな、すぐに追いつかれそうだ。岩より硬い、ゴーレムの素材にできそうなものは何かないのか?)
賢紀は頭をフル回転させて突破口を探るが、ロボット兵は待ってくれなかった。
「攻撃魔法来ます! 【フレイムアロウズ】が5発!」
エリーゼの鋭い警告が飛ぶ。
賢紀はアースゴーレムを走らせるため、前方を向いたまま。
だが後方で大きな魔力が収束し、放たれるのは感じ取れた。
【ゴーレム使い】の能力の1つに、魔力感知があるのだ。
この世界に来て早々。
賢紀は魔力の流れや、力の大小、質などを理解できるようになっていた。
「これは、直撃はしないコース。……だが」
賢紀達の頭上を通り過ぎた、炎の矢が5本。
それが進路上に着弾し、燃え上った。
高い炎の壁が半円状に広がり、賢紀達の行く手を阻む。
「森でこんな強力な炎の魔法を撃つなんて、非常識な! 大規模な森林火災になったらどうするの!」
アースゴーレムの腕を、手でバンバン叩きながら憤るエリーゼ。
「大丈夫だ、エリーゼ。延焼は、俺が止めてみせる」
賢紀は炎の壁に向かって、意識を集中させる。
今度は、恥ずかしいオーバーアクションは無しだ。
すると炎は両端から消えてゆき、真ん中へと収束していった。
そして、炎の巨人が誕生する。
巨人は胸の前で、腕を組んだ。
「さあ、どんな命令でもこなしてみせよう」 とでも言いたげに、悠然と佇んでいる。
まるで、アラビアンナイトに出てくるランプの精だ。
「行け。フレイムゴーレム」
賢紀はロボット兵の方を振り返り、淡々とした口調で炎の巨人に命令を下す。
中身はバタバタしているが、外見は冷静沈着。
それが本来の安川賢紀だ。
【神の使徒】らしさを意識した戦闘スタイルは、封印することに決めた。
燃え盛る炎の巨人は、賢紀達の乗るアースゴーレムの横をゆらりと通り過ぎた。
そのままロボット兵に襲いかかる。
美しく、煌き燃えるボディ。
滑らかで、素早い身のこなし。
エリーゼも、期待に輝く眼差しを向けた。
フレイムゴーレム渾身の右ストレートが、ロボット兵の胸部装甲に突き刺さる。
『うおっ!』
操縦兵ユリウスの声が、外部スピーカーのような装置から流れた。
パンチを食らい、焦ったようだ。
胸部装甲にフレイムゴーレムの拳が触れた瞬間、ぶわりと燃え広がり――
――そのまま消えた。
拳から腕、胴体と連鎖的に炎は膨れ上がり、そのまま霧散する。
『は?』
まさかのノーダメージに、ユリウスも面食らっていた。
(………ですよね。こうなりますよね。炎って、質量は無いですもんね)
【ゴーレム使い】は心の中で冷や汗をかきながら、妙に納得する。
「………………」
アースゴーレムの右脇に、抱えられたままのエリーゼ。
彼女の沈黙が、賢紀には非常に気まずかった。