第29話 一条の閃光~ほんまに初めてか?~
「ひゅ~! こいつは上玉じゃねえか!」
シロン・ブガッディは、帝国軍駐屯地の倉庫へと連れて来られていた。
周囲には下卑た笑みを浮かべる、10人あまりの男達。
彼女は後ろ手に鎖でしばられ、獣人の膂力を持ってしても引きちぎることはできない。
戦闘に秀でた狼獣人や、虎・獅子・ゴリラ等の獣人であればそれも可能だっただろう。
だが兎の獣人である彼女に、そこまでの力は無かった。
「こいつもその親も、すばしっこくて手こずったぜ。まあさすがに、7人でかかりゃあな」
自宅の2階から連行される時、シロンは見てしまった。
血溜まりの中に倒れる、両親の姿を。
(私はエネスクスの気持ちを、解っているような気になっていた。家族の死に共感し、悲しみを分かち合うことができていると。……でも、そんなの違った! 想像していたのと、全然違う!)
自分も家族を失って、初めてわかった。
こんなものは、受け入れられない。
両親を殺した帝国兵達への怒りで、気が狂いそうになる。
自分の処遇など、どうでもいい。
目の前にいる連中を、八つ裂きにする力が欲しい。
自分の無力が憎い。
何もかも、滅茶苦茶になればいい。
シロンは幼馴染のことを想った。
彼は狂おしいほどの怒りを抱えているはずなのに、おくびにも出さない。
ただただ優しい笑みを浮かべ、自分と家族を支えてくれたのだ。
(お願い、エネスクス。来ないで……。この基地には、悪魔がいる。あなたと私が生まれた街を焼き尽くした、鉄の悪魔が)
鉄の悪魔――マシンゴーレムの戦闘力は絶大だ。
エネスクス達猿の獣人は、あまり戦闘への適性がないと言われている。
一瞬で、挽肉へと変えられてしまうだろう。
そんなのは、絶対に嫌だ。
「それで、どうする? バレンティーノを呼ぶか?」
帝国兵の会話を聞いた、シロンの表情は青ざめた。
「奴隷狩りのバレンティーノ」。
最近ビサースト領内で、悪名高い奴隷商人だ。
獣人達を片っ端から捕まえては、車両型ゴーレムに乗せさらってゆく。
さらわれた者達がビサーストの地を踏むことは、二度と無いだろう。
「アイツは金払いがいいからな。売るならバレンティーノだろう。でもその前に、皆で少しぐらい楽しんでも罰は当らねえんじゃないか?」
帝国兵達は舌なめずりしながら、いやらしい視線でシロンを眺め回す。
(ああ。こんなことになるなら、せめてエネスクスとキスくらい済ませておくんだった。こんな奴らに好きにされるなんて、反吐が出るわ!)
閉じたシロンの瞳から、一条の涙が零れ落ちた。
「さよなら、エネスクス」
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
エネスクス・ホーンドはいつも食料を盗む時と、同じルートで帝国駐屯地へと侵入した。
そしていつもロジャーに会う時と同じルートで、整備テントに向かう。
(ここからが、いつもと違うな……。マシンゴーレムの周りに、人が多い)
エネスクスは簡単な風の魔法を使い、テントの中の気配や会話を探る。
「なんでえ、俺達だけ貧乏くじかよ。アイツら今頃、お楽しみ中なんだろうな……クソッ!」
「そう言うな。亜人の連中が雌を取り返そうと、無茶をしてこないかが心配だ。マシンゴーレム周りは、特に守りを固めておかんとな」
「外にGR-1搭乗中のピーヴィーが居るから、大丈夫だろ? まさかアイツ、機体から降りてお楽しみに混ざってないだろうな?」
「お楽しみ」でシロンに何をされるのかと思うと、エネスクスの心は激しくざわついた。
こいつらに慈悲は必要ない。
同族を、虫けらのように殺してきた連中だ。
今度はそれが、自分達の番になったというだけだ。
シロンを守るために、どんなことでもする。
その時が来たのだ。
覚悟が決まったエネスクスは、懐から黒い金属の球体を取り出す。
直径7cmほどの大きさだ。
魔法鉄で作られた鉄球。
普通の鉄よりは軽く、魔力を通しやすい。
ただ、それだけの代物。
人間や他の獣人であれば、利用価値の無い金属の塊。
(でも猿獣人は、投擲が得意でね。それに僕は……)
「もうガマンできねえ! 俺はちょっと、倉庫の様子を見てくるぞ」
テント越しに、いきり立つ帝国兵の声が聞こえる。
(ごめん、お父さん。お父さんからもらった誕生プレゼントで、人の命を奪うよ。大事な人を、守るためなんだ。わかってくれるよね?)
エネスクスは亡き父に祈ると、全身を鞭のようにしならせた。
テントから出てきた兵士に向かい、鉄球を投げつける。
白い光を纏った鉄球は、強烈なバックスピンで空気を切り裂いた。
ゴウッという音を響かせながら、矢のように兵士に向かって行く。
死角から飛んできた鉄球に、兵士は全く気付かなかった。
痛みを感じる暇もなく、頭部を粉砕される。
鉄球は光を帯びたまま、ふわりと宙を舞ってエネスクスの手元へと戻った。
「僕は大した魔力量じゃないけど、魔力操作は得意なんだ」
エネスクスは、再び振りかぶる。
テントの布越しに、まだ人間の気配を感じたのだ。
少年は標的に向け、無慈悲に鉄球を放った。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
帝国兵の1人が、気持ち悪い笑みを浮かべながらシロンに迫った時だ。
倉庫の外で、別の兵士が叫んだ。
「整備テントのGR-1が、動いているぞ!」
それを聞いた時、シロンは直感した。
エネスクスだと。
(私は現金だ。来ないでと、願っていたのに……。エネスクスが来てくれて、喜んでいる)
シロンには、わからなくなってしまった。
自分の頬を伝っている、涙の正体が。
助けに来てくれたことに対する、感涙なのか。
それともエネスクスが死地へと来てしまったことに対する、絶望の涙なのか。
「クソッ! その雌は、牢に入れておけ!」
シロンを牢に連れて行こうと、鎖を引っ張る1人の兵士。
周りの兵士達は相当焦っているようで、シロンに割く人員は最小限にしたいという思惑が見て取れる。
(縛っているとはいえ、人間族1人で何とかなると思っているの? あなた達、獣人を舐めすぎよ)
シロンは逃亡の意図を読まれぬよう、絶望で抵抗する気力を失ったように装う。
そのまま黙って、兵士に引っ張られて行った。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
『小僧、どんな気分や? マシンゴーレムの操縦席は』
魔道無線機から聞こえてくる、ロジャーの声。
整備テント内の帝国兵を、全員倒したエネスクスはマシンゴーレムの操縦席に収まっていた。
帝国軍のGR-1〈リースリッター〉を、奪ったのだ。
エネスクスは駐屯地に忍び込む度に、ロジャーからマシンゴーレムの説明を受けていたのである。
構造、原理、操縦方法。
帝国の整備兵は、ロジャーに最低限のことしか教えていなかった。
だが彼は、工業技術に優れたドワーフ族。
機体をいじる度に様々なノウハウを盗み取り、エネスクスへと教授していた。
ロジャーには、エネスクスに対する期待があった。
「この小僧なら、やれるかもしれへん」と。
(僕はあんまり戦闘得意じゃないけど、魔力操作とかは得意なんだ)
エネスクスがそう話した時から、GR-1を強奪させて駐屯地を脱出する計画を立てていたのだ。
「おっちゃん。思っていたよりは、気分がいいよ。起動フェーズは全く問題なかったし、手足のように機体がなじむ。初めて乗ったのに、前から乗っていたような感覚だよ」
エネスクスは手の平の感覚を確かめるように、機体のマニピュレーターを握らせたり開かせたりを繰り返した。
『ワレは戦闘に関しては、ド素人なんや。あまりイキるなや。……ほれ、お客さんが来たで』
重く、大きな足音が轟く。
エネスクスの前に現れたのは、1機のGR-1。
『止まれ! 誰が乗っている!? ドワーフの野郎か!?』
眼前のGR-1は、無線と外部拡声魔道器の両方で叫んだ。
「ご、ごめんなさい。マシンゴーレムがカッコよかったから、ちょっとだけ動かしてみたくって」
怯え、震えたような声で返事をするエネスクス。
だが彼は、操縦席の中で獰猛な笑みを浮かべていた。
『なんだ? ガキの悪戯か? 大人しく両手を上げろ。手の上げ方は分かるか?』
エネスクスのGR-1は、指示に従って両手を上げた。
『よし、そのまま後ろを……うおっ!』
エネスクスは、前方へ倒れ込むように機体を傾けた。
そのまま地を這う素早いタックルに移行。
重力を利用し、位置エネルギーを運動エネルギーに変換する動きだ。
マシンゴーレムでも可能なことは、本能的にわかっていた。
敵の剣が振り下ろされるよりも速く、相手の下半身に飛びついたエネスクス。
その勢いで敵機を転倒させ、駐屯地外側の土で固められた防壁に叩き付けた。
操縦兵が脳震盪でも起こしたのか、相手は剣を取り落とす。
エネスクスは素早く剣を拾い、倒れている敵機の腰部――動力源がある辺りに突き立てた。
「よし! 行ける! ……でも確か、テントにもう1機!」
整備テントの方に視線を向けると、もう1機のGR-1が起動していた。
ちょうどテントを破壊しながら、身を起こそうとしている最中だ。
起こすわけにはいかない。
さっきのGR-1も、不意打ちだからなんとか倒せたのだ。
正面から戦えば、素人の自分は不利。
エネスクスは剣を、槍投げのように振りかぶった。
いつも魔法鉄の鉄球に、魔力を込めるのと同じイメージだ。
剣に魔力を伝わせられないか、試してみる。
すると剣は、白い輝きを放ち始めた。
『おっちゃん! 避難しててくれよ!』
エネスクスは、先程まで整備テントに居たロジャーの無事を祈る。
祈りながらも、力強く剣を投擲した。
放たれた剣は、一条の閃光となる。
閃光は起き上がろうとしていた敵機の胸部を貫き、止まらなかった。
GR-1の背中を突き破り、飛翔し続ける。
剣は遠くの山肌に深く突き刺さり、ようやく止まった。
「こいつは……予想以上やな……。ほんまに乗るの、初めてなんか?」
ロジャーは避難した丘の上から、呆然と呟いた。