第25話 天才の腕前~どう出るのですか?~
安川賢紀は森の中に、やや開けたポイントを見つけた。
そこの中心に機体を止めて、アレックス・S・マッサを待ち構える決断をする。
不用意な射撃は、こちらの位置を知らせてしまう。
ギリギリまで引き付け、アサルトライフルの40mm弾をフルオートでバラ撒いてやるつもりだった。
「さて、どう出る天才君? ……奴の魔剣はへし折った。俺の弾幕をかいくぐってこれたとしても、有効な攻撃手段はあるか?」
賢紀が懸念しているのは、敵が折れた魔剣〈リネアール〉の刀身を握りしめていること。
それをナイフのように、突き立てられる可能性だ。
さすがに当たり所によっては、致命傷になるかもしれない。
賢紀はアサルトライフル〈ムアサドー〉を構え、周囲を油断無く警戒していた。
今のところ集音魔道機も映像投影魔道機も、異常は拾わない。
だが――
突然だった。
木々の間をすり抜け、光る何かが賢紀の背後に飛来する。
「危ないな」
マイクが拾った微かな木々のざわめきに反応し、賢紀は振り返った。
自機の眼前に迫っていたのは、折れた魔剣の刀身。
それを賢紀は、機体の左手ではたき落とす。
素手なのは、隙を作らぬため。
少々の損傷は、覚悟の上だ。
飛んできた刀身は魔力を帯びて、オレンジ色に輝いていた。
はたき落とした瞬間、機体の重心は右側にかかっていた。
支えるのは、機体の右足。
だが突如、踏みしめていた地面の感覚が喪失する。
「チッ、土魔法か」
マシンゴーレム同士の戦闘で、魔法は決め手にはならない。
だが牽制には、そこそこ使えたりもする。
マシンゴーレムのパイロットは、機体外の魔力を感知するのが難しい。
どういう魔法が発動されようとしているのか、操縦席からは分からないのだ。
魔法が付与された、分厚い耐魔法装甲。
常に薄く展開されている、魔法障壁。
リアクターが発生する強烈な魔力に操縦兵が酔わぬよう施された、操縦席の保護術式による弊害だった。
仕掛けられたのは、1mほど地面が陥没するだけの簡単な魔法。
だが機体バランスを、一瞬崩すのには充分だった。
賢紀が機体のバランスを取り戻し、銃口を正面に向ける。
その時にはもう、マッサのGR-1〈リースリッター〉が眼前に迫っていた。
賢紀は素早く撃発信号を送り、アサルトライフルをフルオートで発砲。
しかし既に、マッサは懐へと飛び込んできていた。
「何て速い魔力ブースト機動だ。だが、素手では――」
マッサ機は、賢紀機に密着した。
マニピュレーターを広げ、そっと賢紀機のコックピットブロックに触れる。
次の瞬間、マッサ機の足元から土煙が巻き上がった。
同時に賢紀の機体へと、凄まじい衝撃が走る。
その衝撃は機体を吹き飛ばすだけではなく、操縦者にも襲い掛かった。
とっさにコックピット内で物理障壁の魔法を展開していなければ、賢紀は失神していただろう。
「おえっ……。クソ……。少し胃液が出ちまった。これは中国拳法の『浸透勁』みたいなものか? そんな技、GR-1の機体構造で可能だというのか?」
賢紀とマッサが乗っているGR-1は、人体ほど複雑で精巧な構造をしていない。
アップデートを続けている小型無人マシンゴーレムの〈トニー〉や、開発中の新型マシンゴーレムなら話は別だが。
繊細かつ柔軟な動きを要求される、拳法の達人のような技。
そのような芸当は、GR-1では不可能だと賢紀は考えていたのだが――
「なるほど。やろうと思えば、できるということか……。フレームとかの金属部品まで、しならせるイメージだな。勉強になった」
賢紀が20mほど吹き飛ばされたため、再び両者の間合いは開く。
衝撃で跳ね上がったアサルトライフルの銃口が、敵機に向く。
だがそれより早く、マッサは再び飛び込もうとしてきた。
その時だ。
『ケンキ! 助太刀するわ!』
両肩にルータス王家の紋章が描かれた、森林迷彩色のGR-1。
エリーゼ・エクシーズの機体が森をかき分けて飛び出し、マッサに斬りかかった。
賢紀からマッサの注意を逸らすために、わざわざ外部拡声魔道器で叫んだのだ。
だがそれは、対応する時間をマッサに与えることにもなってしまう。
『よせ、エリーゼ。そのパイロットは危険だ』
外部拡声魔道器による賢紀の警告は、間に合わない。
マッサは機体に、魔力を伝導させた。
機体の掌が、オレンジ色に輝く。
マッサはその掌を柔らかく使い、緑色に輝くエリーゼの刃を逸らした。
同時に機体を、旋風のように回転。
反対側の手で、裏拳を振るう。
こちらにも魔力が伝導され、オレンジ色に輝いていた。
遠心力と魔力で威力がはね上がった裏拳が、エリーゼ機の頭部を捉えた。
金属がひしゃげる音と共に、激しく火花が散る。
「エリーゼ! ……魔剣を使わず、機体の拳に魔力伝導だと? コントロールに失敗すれば、手の駆動系がズタズタになるぞ」
武器に魔力を纏わせて威力を向上させる、【魔力伝導】。
これは油圧の伸長・収縮力を増幅する【魔力ブースト機動】や、部品のひとつひとつを魔力で操作して繊細な動作を実現する【マニュアルコントロール】とは別物だ。
魔力伝導は破壊エネルギーを武器に纏わせる、いわば攻撃魔法の1種。
行使するための武器には、破壊エネルギーによる自壊を防ぐための魔力回路があらかじめ組み込まれているのだ。
だがGR-1の掌。
マニピュレーター部分などに、そのような術式や魔力回路は組み込まれていない。
マシンゴーレムの魔力伝導はリアクターが発生する魔力が強大であるがゆえに、なおさら制御が難しくなる。
だが目の前の若き天才は、平然とやってのけた。
頭部の姿勢制御系を破壊されたエリーゼの機体は、四肢の力を失い倒れそうになる。
しかし倒れる前にマッサはエリーゼを抱え上げ、盾にしながら賢紀に突進して来た。
エリーゼに当たる危険性が高いため、賢紀は発砲できない。
【ゴーレム使い】は反射的に、ライフルを【ファクトリー】に投げ込む。
代わりに腰のハードポイントから、対マシンゴーレム短剣〈パッセロ〉を引き抜いた。
これからはライフルを、主力武器として使用していく。
近接格闘用の武器は、剣よりもっと取り回しの良いものが必要だと判断して賢紀が作った武器だ。
リーチこそ短いものの、エリーゼの魔剣エスプリと同じ魔力回路や鍛造技術が盛り込まれている。
抜群の切れ味と貫通力を誇るのが、この短剣だ。
賢紀が捨てたライフルが、空中に消える。
それを見たマッサは、ほんの一瞬だけ判断に迷った。
だがすぐにエリーゼ機を投げ捨て、肉食獣のような動きで再び襲いかかってきた。
マッサの突進に合わせ、賢紀は魔法を発動させる。
照明魔法をアレンジした、閃光魔法だ。
1秒足らずだが、確かに敵の視界を奪った。
もっともマッサは、焼かれぬよう自ら目を閉じたのだが。
賢紀の刃は魔力を帯びて、赤く輝いていた。
それが鋭く突き出される。
対してマッサはしなやかな体捌きで避け、反撃の蹴りを放つ。
これも足の甲に魔力を伝導させて、破壊力を上げていた。
賢紀は何とかガードできたが、機体の右腕が曲がってはいけない方向に曲がってしまう。
好機と見たマッサは、縦横無尽に拳と蹴りを繰り出してくる。
ダンスのように、華麗な動きだ。
「コイツの操縦、ホントにしなやかで綺麗だな……。俺の理想だ」
死闘を演じている最中なのに、賢紀はマッサの操縦技能に感心していた。
短期決戦を狙い、機体に負担をかける魔力ブースト機動を連発してはいる。
だが負担のかけ方は最小限に抑え、本当に力が必要な瞬間にだけ魔力を込めている。
マッサの鮮やかな格闘術は徐々に、だが確実に賢紀を追い込みつつあった。
――しかし、それもここまでだ。
「――5」
操縦席内で静かに響く、賢紀のカウント。
マッサは大振りな、上段後ろ回し蹴りを放ってきた。
GR-1の関節構造で、上段蹴りが放てたことに賢紀は少々驚く。
並みのパイロットなら、その派手な撒き餌に引っかかってしまうところ。
だが賢紀は、フェイントだと見切ることができた。
全身を深く沈みこませて放つ、本命の水面蹴りを後退して避ける。
「――4」
賢紀は短剣で、コンパクトな刺突を繰り出す。
これはあくまで、マッサの追撃を封じるためのもの。
マッサもそれを理解し、装甲を浅く斬らせながら最小限の回避行動しかしない。
機体の胸部から、火花が散った。
「――3」
マッサは突き出された賢紀の機体の右腕を掴み、肘関節を極めてくる。
そのまま地面に投げようとしたが、賢紀はあえて右腕を捨てた。
わざとコントロールを暴走させた魔力伝導を肘に行い、自機の腕を吹き飛ばして自由を取り戻す。
「――2」
バックステップした賢紀に合わせて、マッサも踏み込む。
前に出ていた賢紀の機体脚部に、脚払いが放たれた。
右足首を払われた賢紀の機体は、バランスを崩す。
転倒するほどではないものの、致命的な隙を晒してしまった。
「――1」
オレンジ色に輝くマッサの貫手が、賢紀機の頭部を貫こうとする。
だがその瞬間、唐突にマッサ機の足が止まった。
そのままガックリと膝をつき、銀色のGR-1は機能を停止する。
機体の関節部からは、激しく蒸気が吹き出していた。
『畜生! 時間切れだ! ……イケると思ったんだけどな』
マッサのGR-1のハッチが開き、長身の男が両手を上げながら降りてきた。
青みがかったウェーブの黒髪に、褐色の肌。
エキゾチックな顔立ちの美男子だ。
その体は細身だが、無駄なく筋肉が貼りついている。
賢紀は猫科の猛獣を連想した。
「大人しく捕虜になるから、丁重に扱ってくれよな? 見張りを付けるなら、美人のお姉さんで頼むぜ」
長身の男――アレックス・S・マッサは、不敵に笑いながら要求した。




