第21話 高校時代の思い出~このロマンがわからねえのか?~
「それにしても、この拳銃という武器は扱いやすいですね。小型で持ち運びに便利ですし、反動も少なくて狙いもつけやすい。連射もしやすくていうことなしですわ」
アディ・アーレイトは、拳銃を軽々と手の中で回す。
それをビタッと止めて、仮想の敵に向け照準してみせた。
彼女が持っているのは、大口径のハンドガン。
製作者の安川賢紀が付けた愛称は、〈ガルーダ〉。
ベースとなったのは、地球で「ハンドキャノン」の異名を持つイスラエル製の自動拳銃。
それを賢紀が魔法銃として、【ファクトリー】で再現したものだ。
指向性化した爆炎魔法を、小型魔法陣として12.7mm弾の雷管にあたる部分に付与。
魔法金属で作られた撃針で起爆させて、弾丸を飛ばす。
そのため弾丸は、薬莢を排したケースレス弾となっていた。
火薬を用いない魔法銃とはいえ、発砲の際の反動はオリジナルと同じく強大。
重量も重く、間違ってもアディのように片手で連射などできない代物だ。
初めて賢紀が試射した時など、反動のあまり肩が外れそうになった。
かっこ悪いので、皆には秘密にしているが。
「そいつを手軽に扱えるのは、アディだけだ。使える武器ってのは、同感だがな。……俺に銃の知識を教えてくれた、あいつに感謝しないとな」
賢紀は洞窟天井を見上げながら、高校時代の友人との思い出を振り返った。
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高校2年生。
2学期始め頃のできごとだった。
校舎内に4限目の終了と、昼休みの開始を告げるチャイムが鳴り響く。
「よおっ! 安川! せっかくの昼休みだっていうのに、不景気な面してんなあ? ただでさえロボヲタなのに、そんな表情じゃ余計女子にモテねえぞ」
賢紀は弁当を食べながら、スマートフォンでロボットアニメを観賞しようとウキウキしていた。
それを妨害されたあげく、「不景気な面」呼ばわりされてがっかりする。
「大口径なお世話だ。銃ヲタの益城にだけは、言われたくない」
話しかけて来たのは背の高い、ワイルドかつ美形な男子生徒。
キリリとした目元に高い鼻、黙っていれば文句なしのイケメンなのだが――
「ちっ、ちっ、ちっ……。俺のことは、ガンボーイと呼んでくれと、いつも言ってるだろ?」
彼の名前は益城群。
銃とモーターサイクルを、こよなく愛する男。
ファーストネームがローマ字だとGUNだから、ガンボーイと呼んでくれと周囲に言って回っている。
見た目はイケメンなのに、ちょっと……いや、極めてイタい男子高校生だ。
初めは賢紀も「銃が好きなんて危ない奴かな?」と、少し偏見をもって接していた。
だが益城群は、銃の殺傷力や武力といった暴力的な部分に憧れているわけではない。
歴史の中で工夫と改良を積み重ね、洗練されてきたメカニズムにロマンを感じている男なのだ。
最近になって、賢紀にもそれがわかってきていた。
同じように、「戦争は好きではないが、人型機動兵器にはロマンを感じる」という賢紀とは話が合う。
「人型機動兵器に銃を持たせるなら、どういったものにするか?」などという議論で、熱く盛り上がったこともある。
ようするに2人は、似たもの同士なのであった。
「新しいモデルガンを買っちまった。有名な、『砂漠の鷲』さんだぜ。やっぱり大口径は、男のロマン! ほら、エキストラクターやエジェクターも、忠実に再現してあってな……」
手馴れた手つきでモデルガンを分解し、事細かく部品の解説する群。
「お前な……。学校にこんな物、持って来て……。教員に見られたら、没収されるぞ? クラスのみんなも、引いてるだろうが」
実際には、そうでもない。
1年生の頃こそドン引きしていたものの、最近では周りも安川&益城コンビの奇行には慣れたものだ。
「好きなものは好きって、堂々と表現しないとダメだぜ。でないと、好きなものが可哀想だ……。山葉もそう思わねえ?」
「へ? あの……」
隣りの席で弁当を食べていた山葉季子は、突然話を振られて戸惑う。
彼女は少し悩みながらも、遠慮がちに意見を述べた。
「……うーん。男の子が銃とかロボットとか機械に興味を持つのって、けっこう普通なことじゃないかな? 堂々としてても、いいと思う」
「ほれ見ろ~。女子だって、銃好き男子OKなんだよ」
「山葉、無理しなくていいんだぞ? 銃とか、女の子からしたら怖くないか?」
「ううん、銃か……。悪くないかも?」
賢紀は疑っていた。
季子が無理して、群に合わせているのではないかと。
しかし実はこの瞬間、季子の脳内では薄い本の構想が練られていたのだ。
擬人化した銃のイケメン同士が絡み合うという、背徳的かつ薔薇の香り漂う内容のものだった。
それが自費出版され、その筋では伝説の作品となり、ファンの間では高値で売買されるほどの名作になろうとは。
賢紀も群も、季子本人でさえ知る由もなかったのであった。
「益城! 安川! 生活指導の紫藤が来るぞ!」
廊下から駆け込んで来た生徒が、親切に警告してくれた。
群はいつの間にか組み立て直していたモデルガンを懐にしまい、教室の窓枠に足を掛ける。
「ちっ! ロマンのわからん男が、俺の鷲ちゃんを奪いに来たか? 楽しい昼休みを削りやがって!」
「コレって紫藤からお前の仲間扱いされている、俺も逃げないといけない雰囲気だな。益城。お前のせいで、俺の昼休みも減ったぞ」
「ちょっと! 2人共、ここは2階――」
季子が止める間もなく、2人の男子生徒は窓の向こうへと姿を消した。
――そして放課後。
安川賢紀と益城群は、仲良く生徒指導室へ呼び出しとなった。
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「益城の奴、今頃何してるんだろう? 将来は銃砲店か、バイク屋の店長になるって言ってたが……」
高校卒業以来会っていない友人と、季子のことを思い出した賢紀。
胸に郷愁の念が、溢れてきた。
「また、益城にも会いたいな……。全高6mの人型ロボットにアサルトライフルを持たせたって言ったら、アイツ興奮するだろうな……」
「ねえねえ、ケンキ。さっき話に出てきたヤマハさん……だっけ? その人って、ケンキの恋人?」
ニヤニヤしながら、エリーゼ・エクシーズが聞いてきた。
まるで、ゴシップ好きのオバサンみたいだ。
「恋人……じゃなかったよ。でも俺は、彼女のことが好きなんだ。元の世界に帰ったら、気持ちを伝えるつもりだ」
「ふーん……。好きな女性がいるのは、別に構わないけど……。帰ったら……か。賢紀は、帰っちゃうつもりなのね……。あっそ。さーて、それじゃケンキはほっといて、先に進みましょうか」
エリーゼは素早く賢紀に背を向け、洞窟の奥へと向き直る。
「何だ? その、どうでもいいって感じの反応は?」
「あらケンキ。もっと恋バナがしたかったの? 案外乙女なのね」
エリーゼの反応は、意外だった。
もっと冷やかしてくるものだと、賢紀は思っていたからだ。
意外ではあったが、変に絡まれなくて助かってもいた。
「ほらケンキ! さっさと蜘蛛の死骸を、【ファクトリー】に入れて!」
「わかったわかった。……なあ。このジャイアント・アラーネアって蜘蛛は、巣を張る習性は無いのか?」
賢紀の疑問には、アディが答えてくれる。
「ありますわ。本来このように、徘徊している個体の方が少ないぐらいです」
「そうか、巣があるか。使えるな……。エリーゼ、アディ、この蜘蛛の糸を集めたい。絶対に火の魔法とかで、燃やすなよ」
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坑道の奥には、30匹以上のジャイアント・アラーネアがびっしりと巣を張り巡らせていた。
他の魔物が見当たらないのは、この巨大蜘蛛達が喰らい尽くしてしまったからだろう。
賢紀は次々と巣の糸を、【ファクトリー】に収納していった。
蜘蛛との戦闘は、エリーゼとアディに丸投げだ。
攻撃を小型無人マシンゴーレム〈トニー〉で防ぎながら、蜘蛛の巣の回収に専念する。
そのせいで、蜘蛛との戦闘を丸投げされたエリーゼからは滅茶苦茶怒られた。
「晩御飯の蜘蛛はあげない!」とも、言われてしまったのだ。
夕食時、少しだけジャイアント・アラーネアを試食させて貰った賢紀。
彼はそのあまりの美味しさに、戦闘を丸投げしたことを激しく後悔することになる。
空腹を抱えて入ったベッドの中で、彼はひとつの決意をした。
「地球に帰ったら、食べられる蜘蛛について調べてみよう」