第20話 蜘蛛の糸~食べられますか?~
魔物ハンター試験、不合格の翌日。
安川賢紀達一行は、ジスペテ鉱山に来ていた。
ここはイーグニース共和国の首都スウィーフトから、馬型ゴーレムの引くゴーレム馬車に乗って1時間ほどの距離にある。
彼らはまだ坑内には入らず、外の広場にいた。
すでにそこら中が、倒した魔物の死骸で埋め尽くされている。
「結局は魔物ハンターの資格が無くても、魔物って狩っていいんだな」
「そうよ。資格が無いとギルドで魔物の素材を買い取ってくれたり、討伐依頼をこなして報酬をもらったりすることができなくなるだけよ」
賢紀の問いに、エリーゼは軽い口調で答える。
考えてみれば、当たり前の話だ。
そうでなければ一般人が魔物に遭遇した際、自衛の為に狩ることもできなくなってしまう。
日本の狩猟免許とは、全然事情が違うのだ。
今の賢紀達は、お金よりも素材が欲しい。
新型マシンゴーレムの開発に、使いたいのだ。
鉄に混ぜて、合金にするための魔物の骨や牙。
作動油に使うスライム系魔物の粘液。
そして魔石などが、お目当てだった。
従って、素材をギルドに買い取ってもらう必要はない。
つまり賢紀が昨日魔物ハンター資格を受験したのは、全くの無駄骨だったということだ。
「ププーッ! 昨日の試験、思い出しちゃった。まさか不合格なんてね。あんな奇妙なポーズをキメといて。おまけに生身でも、魔法使えることを忘れてたなんて。ケンキってばゴーレム使ってない時は、ほんとヘナチョコ……あだだだだっ! 痛い! 痛いってば!」
賢紀は【ファクトリー】から、小型無人マシンゴーレム〈トニー〉を呼び出した。
一瞬でエリーゼ・エクシーズの背後に回らせると、両こめかみグリグリの刑を執行する。
「接近戦で、『失言の魔獣』を圧倒できるこの戦闘力……。これで不合格なんて、やっぱり試験規則の方がおかしい」
エリーゼをお仕置きしながら首を傾げる賢紀に、アディ・アーレイトが提案する。
「ケンキ様。もう魔物ハンター資格に拘らなくても、よいではありませんか。討伐依頼を受けたい時や素材を売却したい時は、有資格者のわたくしか姫様が代行いたしますので」
実際すでに、魔物の討伐依頼を受注してもらっていた。
依頼内容は、『ジスペテ鉱山一帯における魔物の排除』。
ジスペテ鉱山は、共和国内でも屈指の採掘量を誇る鉱山だ。
普通の鉄鉱石の他に、複数の種類のレアメタルや魔力を帯びた鉱石が採掘できる。
今回の依頼主は、ヴォクサー社とローザリィ社。
どちらも、マシンゴーレム開発にかかわっている企業だった。
マシンゴーレムの開発・生産には、大量の金属資源が必要になる。
魔物の発生でジスペテ鉱山の採掘が止まっていては、開発も遅れるというもの。
焦った2社は、合同で資金を出し合った。
鉱山内に大量発生した魔物を倒してくれる、大勢のハンター達を募ったのだ。
『複数パーティによる討伐を推奨』
依頼書には、そう書かれていた。
だが「魔物の素材を独占したい」という欲張りな賢紀達は、たった3人だけで請け負ってしまったのだ。
「ケンキ、素材っていえばさ。マシンゴーレムの動力源の〈トライエレメントリアクター〉って、何から作られているの? 魔石?」
剣に付着した魔物の血を振り払いながら、エリーゼは賢紀に問いかける。
大気中に散乱していて、魔力の源となる「魔素」。
精霊などを形づくる、自然・生命エネルギーである「マナ」。
生き物の生命活動を低下させ、精神をも蝕む負のエネルギー「瘴気」。
これら3つのエネルギー体を取り込み、重力魔法により加速。
リアクターコア内において高速・高圧で衝突させる。
するとエネルギー体を構成する霊子が融合し、その際に膨大な魔力が発生する。
それがマシンゴーレムの動力源、〈トライエレメントリアクター〉。
この世界の大気中には、常に「魔素」、「マナ」、「瘴気」という3つのエネルギー体のいずれかが存在している。
3つのエネルギー体のどれか。
あるいは2つが足りない状況下でも、パイロットが操縦席から多少の調整を行うだけで〈トライエレメントリアクター〉は稼動させることができるのだ。
「当たりだ、エリーゼ。GR-1〈リースリッター〉のリアクターは、小鬼の魔石を加工したものをコアに使っている」
「ふ~ん。やっぱり魔石だったのね……って、ゴブリン!? ゴブリンの魔石っていったら、魔力保有量も少なくて、魔力伝導率も悪くて、魔力耐久性も低い。どこにでもある、価値の低~いザコ魔石じゃない! そんなんで、あのでっかいGR-1を動かしてるの!?」
魔物、魔族、エルフはその生命を終える時、自らの魔力が結晶化した「魔石」を残す。
大きな魔力を持つ存在の魔石ほど性能が高く、強力な武器・防具の材料や魔法の媒体となる。
当然、価値も高い。
ゴブリンの魔石は、最低ランクといわれる代物だった。
「もっと強力な魔石を使って、マシンゴーレムのパワーを上げたりってできないの?」
「霊子核融合を起こすためには、大気中から取り込んだエネルギー体を強力な重力魔法のフィールドで圧縮する必要がある。だが、その制御術式がなかなか複雑でな。リースディア帝国の魔法技術では、出力の小さいゴブリンの魔石くらいしか制御できなかったんだ」
「へぇ~。安いゴブリンの魔石であのパワーなら、コスパ抜群って言えるかもね。……そんじゃ、そろそろ中に入りましょうか」
エリーゼの提案に、他の2人も頷く。
一行は坑道の内部へと、歩を進めた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
坑道内では、明かりの必要が無かった。
ところどころで魔鉱石を含んだ岩壁が青く輝き、坑道内を幻想的に照らしている。
普段は働く鉱夫達による、喧騒に満ちているのだろう。
しかし今は、静寂に満ちていた。
時折聞こえる水滴の音だけが、時間が確かに動いていることを実感させてくれる。
幻想的な光と相まって、坑道は静謐な空間となっていた。
「静かね……。大量に、魔物が発生しているって話だったけど」
「不気味ですわね……。待ち伏せするタイプの魔物が、居る時の雰囲気ですわ」
「洞窟みたいな場所で待ち伏せといえば、やっぱり相手はアレか?」
カサリという音が、聞こえたような気がした。
空耳かと、賢紀は思ったが――
「ジャイアント・アラーネアですね。ケンキ様、巨大な蜘蛛の魔物です」
微かな物音で、魔物の種類まで言い当てるアディ。
犬耳獣人の聴覚は鋭敏だ。
エリーゼとアディは、手慣れた様子で武器を構えた。
賢紀は〈トニー〉を出現させ、3人は互いの背中をカバーし合うように円陣を組む。
しばしの間、水の滴る音だけがこだましていた。
「2体います。小柄な姫様から、狙っているようですわ」
「ふっふっふっ……生意気な。晩御飯にしてあげるわ」
「食うのかよ……」
「ケンキの世界では、蜘蛛食べないの? 蟹に似て、とっても美味……しょっと!」
会話の途中で、巨大な蜘蛛が岩の陰から飛び出してきた。
蜘蛛はアディの予想通り、まずはエリーゼに襲い掛かる。
地球でいうタランチュラを、そのまま大きくしたような魔物だった。
足や体を、毛が覆っている。
賢紀の記憶が確かなら、蜘蛛はあの毛で音を聴き分けているはずだ。
蜘蛛の動きというものは、とても素早い。
それは体長約4mという巨大さになっても、変わらなかった。
だがそのスピードを持ってしても、エリーゼを捕らえるにはまだ足りない。
エリーゼは襲い来る蜘蛛の牙をかわした。
同時に側面へと回り込みながら、脚2本を切り落とす。
その瞬間、賢紀は視界の端に白いものを捉えた。
糸だ。
もう1匹のジャイアント・アラーネアが、エリーゼの背中を狙い糸を放ってきたのだ。
賢紀は〈トニー〉を回り込ませ、エリーゼを庇う。
「ケンキ! ダメ!」
エリーゼが警告したが、すでに遅い。
細い蜘蛛の糸は、〈トニー〉の手の甲に貼り付いてしまった。
「む? エリーゼ、自分で避けられたか? これはミスったな……」
見ればエリーゼは、最初に襲って来た蜘蛛の腹を切り裂いていた。
さらにアディが頭に短剣を突き立て、トドメを刺す。
1匹目の無力化を確認した賢紀は、自分に糸を貼り付けた2匹目の蜘蛛に集中した。
よく見ると、糸は尻の辺りにある器官から出ている。
腹を曲げて尻を突き出し、蜘蛛の頭上から糸は放たれていた。
岩陰から全身を現した2匹目のジャイアント・アラーネアは、慎重に〈トニー〉を仕留めるタイミングを計っている。
約15mの距離で、睨み合う両者。
そして〈トニー〉の操縦者たる賢紀。
賢紀は試しに、〈トニー〉の手の甲に付いた糸を引っ張らせてみた。
だが粘着性と柔軟性が高く、外れない。
突然、蜘蛛の糸に魔力が走った。
急激に収縮した糸は、総重量250kgもある〈トニー〉を蜘蛛の方へ引きずり寄せようとする。
しかし、〈トニー〉のボディは微動だにしない。
「ふむ。魔力を流すと、急激に収縮する性質があるのか。糸の収縮力は強いが、蜘蛛自身の力と体重は大したことない。それにしてもこの糸、この細さで凄い強度だな」
ジャイアント・アラーネアの糸に、感心を示す賢紀。
だが今は、戦闘中だ。
「おっと、いかんな。戦いが終わってから、考えよう。……さて、そろそろ仕留めさせてもらうぞ?」
賢紀は〈トニー〉の腕に力を込めさせ、蜘蛛を一気に引き寄せる。
蜘蛛は為す術もなく、宙を舞った。
拳を振りかぶった〈トニー〉の眼前へと、飛んでくる。
唐突に、破裂音が坑道内に轟いた。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! と、腹に響く轟音だ。
同時にジャイアント・アラーネアの身体3ヶ所に、大穴が開いた。
魔力の供給が途絶えた糸は、収縮力を失う。
巨大な蜘蛛の身体は〈トニー〉と賢紀のかなり手前、中途半端な位置に落下。
そして、動かなくなる。
「アディ……」
拳を振りかぶったまま、虚しく静止させられた〈トニー〉。
その〈トニー〉と動きをシンクロさせながら、賢紀はアディの方へ首を向けた。
「申し訳ありません。少々苦戦してるのかと思い、手を出してしまいましたが……必要無かったみたいですわね」
振り返った先には、涼しい顔で謝罪するアディの姿。
彼女は片手撃ちの姿勢で、重そうな大口径の拳銃を構えていた。