第17話 若き技術者の苦悩~トライアルになるんじゃないっスかね?~
俺、ドワーフのドン・レインっていうっス。
ちょいくせっ毛の赤い髪と髭、それと同色の瞳がトレードマークっス。
身長147cmで体重58kgと、かなりの背高ノッポっス。
両親や兄貴達からは、「もっと筋肉つけて、体重増やせ!」って怒られながら育ったっス。
……あ。
ノッポって、ドワーフ男性としてはの話っスからね。
7人兄弟の末っ子で、歳は今年で26歳。
残念ながら年齢=彼女いない歴で、少し寂しいっス。
しょうがないじゃないっスか!
ずっと仕事ひとすじだったんスよ!
仕事はヴォクサー社で、新構想武具・兵器開発部門の開発主任を務めさせてもらってるっス。
この若さで、凄いっしょ?
ホントは同じ部門で上司だった兄貴達が、みんな旅に出ちゃったからっス。
マジで無責任な兄貴達で、困るっス。
本来は俺みたいな、若造に務まるポジションじゃないっスよ……。
毎日毎日、重責に押しつぶされそうっス。
逃げ出したいっス。
でも俺は、責務を果たそうと頑張ってきたっス。
兄貴達より、ちょびっとだけ責任感があるんで。
ヴォクサー社の新構想武具・兵器開発部門は、その名の通りの部門っス。
全く新しい武器――戦争のやり方を一変させるような代物を、生み出すのが使命っす。
――んで、俺達2年前に、すんごいの作っちゃったんスよ!
「銃」って武器っス。
俺達ドワーフは3年くらい前に、「火薬」ってヤツを発明したっス。
硝石・硫黄・炭を混ぜた物に、刺激を加えるとボンッ! ってなるっス。
爆発っていうんスよ。
コイツを金属の筒の中で爆発させて、その勢いで弾を飛ばす武器――それが銃っス!
最初の試作品は、雨の中では火薬が濡れて使えないっていう欠点があったっス。
だから俺達は、カートリッジ式っていうのを生み出したんスよ。
弾の中に火薬を詰めて、弾頭で蓋をするんス。
これで雨の日も、使えるっス。
さらに砲身内に螺旋状の溝を切って、弾頭に回転を与える「ライフリング」って加工を施したんス。
命中精度が、段違いになったっス。
銃とそれに関連するアイディアは、ウチの会社がばっちり特許を取ったっス。
ライバル関係にあるローザリィ社も、銃を開発してたらしいっスからね。
先に特許を押さえられて、ひと安心っス。
これでヴォクサー社は安泰。
イーグニース共和国の軍事力は急速に強化され、俺達ドワーフ中心の時代が始まる――そんなことを考えていたっス。
2カ月くらい前に、リースディア帝国のマシンゴーレムが出てくるまでは。
あんなの反則っスよ!
なんスか? あの巨体!
パワー!
運動性!
踏破性!
装甲!
汎用性!
屈強なドワーフ戦士が、束になっても敵わないっスよ。
銃も効きそうに無いっス。
わが社が銃と平行して開発してきた「大砲」なら、なんとかダメージを与えられそうっスけど。
けれども動きまくるマシンゴーレムに当てるのは、難しそうっス。
おまけにマシンゴーレムの奴ら、馬が引く戦車とかとは違うっス。
森とか岩場とかを踏み越えて、どこにでもいきなり現れるっス。
あんなのを相手に戦争したら、終わりっス。
案の定、マシンゴーレムの開発依頼が来たっス。
危機感を持った、共和国政府からっス。
ふざけた性能要求だったけど、仕方ないっス。
それぐらいのものを作らないと、あっという間に帝国の支配下入りっス。
連中は人間以外の種族を全部奴隷にするらしいっスから、絶対負けられないっス。
予想通り、開発は難航したっス。
今のヴォクサー社が作れるのは、魔法全身鎧程度のものっス。
魔力でパワーアシストを受ける機能が付いた鎧で、マシンゴーレムに近いといえば近いっス。
ただサイズは、全高2mくらいしかないっス。
パワーも防御力も、マシンゴーレムの足元にもおよばないっス。
魔法全身鎧装備の戦士何人でかかれば、マシンゴーレム1機を撃破できるのか?
試算してみたっス。
そしたらキルレートは、100:1って出たっス。
話にならないっス。
せめて、リッチー兄貴が居てくれれば――
マジックフルプレートを開発したのは、リッチーことリチャード・ヒュー・レイン。
俺らレイン七兄弟の長男っス。
今から5年も前にっスよ?
スゲー兄貴っしょ?
かなりの変人っスけど。
マシンゴーレムの開発なんて、まさに兄貴の得意分野っス。
兄貴は大陸中を、旅して回ってたんス。
時たま手紙をくれていたんスけど、3年前から途絶えてるっス。
行方不明になったリッチー兄貴と、突然帝国で開発されたマシンゴーレム。
関係無いって考える方が、無理あるっス。
無事だといいんスけど……。
俺はある日、ヴォクサー社の研究所でゾンビみたいになってたっス。
マシンゴーレムの開発に行き詰まって、疲れ果てていたっス。
そしたら社長が来て、とんでもないことを言い出したっス。
「ドン。マシンゴーレムの実物を、見せてやるぞ」
思わず社長に向かって、「は?」って言っちゃったっス。
それくらい、信じられなかったっス。
共和国軍が、鹵獲したんスかね?
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翌日。
俺と社長は馬車に乗って、首都スウィーフトの郊外にあるガルマ平原に向かったっス。
ヴィヴィオ社長はすぐ殴る先代と違って、気さくで話しやすい方っス。
それでもお偉いさんには違いないんで、馬型ゴーレムが引く馬車の中ではちょっと緊張したんスけどね。
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ガルマ平原には、本当にマシンゴーレムがあったっス。
しかも2機!
マシンゴーレムは、倒すべき恐ろしい敵――ってイメージがあったっス。
だけど間近で見た実物は、メチャクチャかっこよかったっス!
周りに居た、他社の技術者達も興奮してたっス。
緑っぽい、変な塗装のマシンゴーレム。
その足元では、超可愛い女の子が機体の点検をしていたっス。
130cmあれば背が高いといわれるドワーフ女性なのに、俺と変わらないくらい背が高いっス。
まるでモデルさんみたいっス。
この娘が、マシンゴーレムに乗るんスかね?
カワええっ!
この見た目で、マシンゴーレムにも詳しいなんて最高っス!
あんな子が、彼女になってくれないっスかねえ。
そんなことを考えながら、女の子を見つめていたっス。
そしたら突然、背中に悪寒が走ったっス。
振り向くとこれまた美人の犬耳獣人さんが、ものすごい目で俺を睨んでいたっス。
正直、チビりそうになったっス。
ドラゴンでも、逃げ出しそうな視線だったっス。
俺はマシンゴーレムの陰に隠れて、獣人さんの視線をやり過ごしたっス。
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元帝国の技術者っていうケンキ・ヤスカワさんがちょっと喋った後、早速マシンゴーレムの性能が披露されたッス。
もうね、圧巻だったっスよ!
あの「滑走機動」って動き、男心をくすぐるっス!
攻撃力・防御力も、非常識だったっス!
ただ、気になる点もあったっスね。
ヤスカワさんの話によると、マシンゴーレム同士の戦闘では魔剣による近接格闘しか決め手にならないらしいっス。
ここで俺は、ピーンと閃いたっス。
わが社の大砲を、マシンゴーレムに持たせたらどうか? ……ってね。
さすがに大砲なら、マシンゴーレムにもダメージが通ると思うっス。
連射性には、まだ難があるっスけどね。
持ち運びには難のある大砲も、マシンゴーレムなら軽々担げそうッス。
マシンゴーレムの機動力で、どこにでも素早く移動可能な大砲――もう無敵じゃないっスか!
『……と、帝国軍では考えられていました、今までは』
は?
ヤスカワさん、今なんて?
さっき、「近接格闘しか決め手がない」って言ったっスよね?
何の前触れもなく、ヤスカワさんの目の前に黒光りする巨大な何かが現れたっス。
これは……銃っスよね?
マシンゴーレム用の。
ヴォクサー社で開発された銃より、数段未来的なデザインをした銃だったっス。
後で聞いたら、「アサルトライフル」って名前だとヤスカワさんが教えてくれたっス。
帝国製っスかね?
見た目は進んでる感じっスけど、性能はどんなもんだか。
ドワーフの銃火器を、舐めてもらっては困るっスよ。
『アディ、取りに来てくれ。合図をするまで、撃つなよ』
アディさんの機体がアサルトライフルを拾って、100m以上俺達から離れたっス。
彼女の前には、マシンゴーレムと同じくらい大きい石製ゴーレムが用意されていたっス。
『皆様。今から使用する武器は、ものすごく大きな音が出ます。耳を傷めないよう押さえ、口を半開きにして下さい。……アディ、フルオートで行け。ファイア』
もうね、一瞬だったっスよ。
石のゴーレムは、粉々っス。
とてつもない威力と、連射性能だったっス。
何故か、引き金を引く動作が無かったこと。
それと排莢されなかったことが、気になったっス。
発射音の間隔からして、1秒間に60発くらいは撃ってるっスね。
我が社の銃火器部門では、6~8発連射できるリボルバーって機構の開発に試行錯誤してるっていうのに……。
そんな連射性能、ありえないっス!
理解不能っス!
ショックのあまり、俺は五体投地の姿勢でガルマ平原の大地に横たわったっス。
倒れたまま、5分ぐらい経ったっス。
ふぅ。
もう大丈夫っス。
俺はショックから、立ち直ったっス。
さて、これからどうなるんスかね?
俺の予想だと、このマシンゴーレムは共和国軍に引き渡されるっス。
そして軍の施設で、徹底的に研究されると思うっス。
そこから得られた技術は、マシンゴーレム開発に乗り出していた民間企業各社に提供。
行き詰まっていた、マシンゴーレム開発は高速化。
そんでもって最後は、各社のトライアルになるんじゃないっスかね?
共和国軍の制式採用機を巡って。
「GR-1のコピー機を量産しろ」って政府から言われる可能性も、無いわけじゃないっス。
だけど既に相当な数が揃っている帝国軍に、同程度の機体で挑んだら分が悪いと思うっス。
全体的な国力も、帝国の方が上っスからね。
質で勝負しないと。
『この圧倒的な性能を誇るマシンゴーレム、GR-1〈リースリッター〉! 今ならエリーゼ王女亡命記念、特別価格キャンペーン中です。魔剣〈リネアール〉と収納式魔法杖込みの価格で、お値段たったの5億モジャ! なお、マシンゴーレム用アサルトライフルは別売りとなっております』
ヤスカワさんのセールストークに、ぶったまげたっス。
5億モジャ!
俺の生涯賃金の2倍くらいあるっス!
でもマシンゴーレムみたいにスペシャルな兵器の価値として考えると、決して高くはないと思うっス。
むしろ、お買い得かもしれないっス。
「まだエリーゼ王女の亡命を、認めたわけではないのだがな……。それにマシンゴーレムは、土産にくれるのではなかったのか?」
なんかリーフ議員が、「話が違うって」顔してるっス。
『もちろん共和国軍には、1機進呈致します。ですがそれ以上は、ご購入していただくことになります。数に限りがございますので、先着順に5機。1社2機までの購入とさせていただきます』
これは「買い」っスよ、社長!
データ取り用と、分解調査用に2機!
合計10億モジャなんて、得られる利益を考えたら端金っス。
社員の給料削ってでも、買うべきっス。
あっ。
削るのは、俺以外の給料で。
ついでにアサルトライフルも、買っちゃいましょう!
ほらほら!
ためらっている場合じゃないっスよ!
ローザリィ社の連中、頷き合っているじゃないっスか。
ありゃー、購入する気満々っスよ。
俺らも売り切れる前に――
ほら社長!
早く! 社長ーーーー!
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結局わが社は、マシンゴーレム2機とアサルトライフル1丁を購入したっス。
本当はアサルトライフルも、2丁欲しかったんスけどね。
在庫が無いそうっス。
アサルトライフルは、社長が安く買い叩いたっス。
銃の特許は、ウチが押さえてるっスからね。
代わりにヤスカワさんの特許使用料を、安く設定してやるって条件で。
ついでにヤスカワさんから、色々な技術の特許を買い取ったっス。
弾の装填機構とか。
爆炎魔法を炸薬代わりにした弾丸とか。
魔力で撃発信号を送る技術とか。
ウチの社長は、さすがの決断力だったっス!
一生ついていくっス!
俺は兄貴達みたいに、出奔したりしないっス!
――たぶん。