第16話 【ゴーレム使い】のプレゼン~この性能! いかがですか?~
イーグニースの首都、スウィーフトの郊外にあるガルマ平原。
その真っ只中で拡声魔道器を使い、大勢に挨拶している男がいた。
『え~、皆様。本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。ワタクシはリースディア帝国でマシンゴーレムの開発をしておりました、ケンキ・ヤスカワと申します』
普段は口数が少ないくせに、拡声魔道器を持つとやたらと舌が回る黒髪の青年。
デタラメな経歴をブチ撒ける彼の正体は、異世界から来た自由神の使徒安川賢紀。
イーグニース共和国は、戦女神リースディースの教徒が多い。
なので自由神フリードの使徒である賢紀の身分は、しばらく伏せておこうという話になった。
共和国民で彼の正体を知る者は、今のところ1人もいない。
『え~。よく憶えていないのですが、ワタクシは帝国に、魔法で記憶を消されております。たぶん機密保持とか、そういう類のヤツです。幸いこのマシンゴーレムに関する記憶だけは、しっかり残っております。本機に関することは何でもお答えできますので、ジャンジャン質問して下さい』
この設定は賢紀にとって、とても都合の良いものだ。
彼は異世界人であり、常識や国家間の情勢に疎い。
変なことを口走ったり奇妙な行動を指摘されても、「いや俺、魔法で記憶ないんで」と言って誤魔化すつもりでいた。
これならばマシンゴーレム以外の帝国内部事情等について、あれこれ聞かれる心配もない。
(魔法って、便利だな)
賢紀は二重の意味で、そう思うのだった。
ガルマ平原は広大で、周囲に何も無い。
ここならば、GR-1〈リースリッター〉が全力で戦闘機動を行っても大丈夫。
このマシンゴーレムは、全高6.4m。
装備込みの重量が18.9tもあるので、デモンストレーションを行える場所も限られている。
賢紀の周りに居るのは、ヴィアルゼ・スヴェール大統領と共和国議会の議員達。
そして何社かの武具・兵器メーカーの重役、研究者達が集まっていた。
彼らはイーグニース独自のマシンゴーレム開発に、かかわっているという。
ヴォクサー社の現社長である、ヴィヴィオ・スヴェールの姿もある。
ヴィアルゼ・スヴェール大統領の息子であり、エリーゼの叔父にあたる。
彼らの興味が向く先は、賢紀ではない。
膝を突いた駐機姿勢で平原に佇む、2機のマシンゴーレムだ。
『テストパイロットを、ご紹介させていただきます。まずは、緑を基調とした色に塗装された機体。元ルータス王国騎士団9番隊隊長、「白銀の魔獣」ことエリーゼ・エクシーズ王女~!』
『コラ~! ケンキ~! その二つ名、禁止! 踏み潰すわよ!』
エリーゼは、森林迷彩塗装が施されたGR-1を立ち上がらせた。
機体で地面を踏み鳴らし、賢紀を威嚇する。
『続きまして、向かい側の灰色を基調とした機体。数々の暗殺者を返り討ちにし、「アサシンスレイヤー」の異名を持つエリーゼ王女の護衛。アディ・アーレイト~!』
『ケンキ様。「メイド兼」が、抜けております』
都市迷彩に塗られた機体の、外部拡声魔道器で指摘するアディ。
メイドと護衛を兼任しているというのは、彼女にとって外せない重要部分のようだ。
「ヤスカワ君。エリーゼはいつの間に、マシンゴーレムの操縦なんて覚えたんだい?」
そう質問してきたのは、ヴィヴィオ・スヴェール社長。
髪は整えられたオールバック。
父である大統領と同じく、髭もきれいに剃っている清潔感ドワーフだ。
姪っ子が敵国最新鋭兵器の操縦技術を身につけているのを、彼が不思議に思うのも無理はない。
『え~。ただいまスヴェール社長から、ご質問がありました。テストパイロットの操縦経験についてです。実は彼女達、マシンゴーレムに乗り始めてから間もない初心者! 搭乗経験は、わずか2週間ほどです! それも考慮して、2機の動きをご覧下さい』
周りの関係者達が、一斉にどよめく。
「そんな素人を乗せて、機体の性能を発揮できるのか?」と。
本当に性能を発揮できるのなら、GR-1は大変優れた機体だと言える。
未熟な兵でも使いこなせるのは、兵器にとって重要な要素だ。
実際にはエリーゼとアディは、もう腕利きと言ってもいい操縦者になっている。
まず、2人は規格外の操縦適正を持っていた。
筋力。
全身持久力。
瞬発力。
動体視力。
反応速度。
空間認識能力。
魔力操作技術。
あらゆる面で、帝国の一般的な操縦兵達とはスタートラインが違った。
さらに賢紀は【ファクトリー】内で開発・製造したマシンゴーレム用シミュレーターで、徹底的に2人をシゴきながら旅をしてきたのだ。
「ううっ、ケンキの鬼っ! 悪魔っ!」
「女性をいたぶることで、性的興奮を覚える変態に違いありませんわ!」
エリーゼは半泣き。
アディからは変態と蔑まれたが、賢紀は常に全力で彼女達を叩きのめした。
さらに2人はマシンゴーレムでの実戦も、かなり経験している。
賢紀達一行は「行きがけの駄賃」とばかりに、ルータス各地を占領している帝国軍を襲撃。
マシンゴーレムや装備を、奪いながらイーグニースまで来たのだ。
賢紀やエマルツ・トーターの域には、まだ届いていない。
しかし対マシンゴーレム戦の経験が無い操縦兵では、相手にならない程には腕を上げていた。
だが今回、賢紀はGR-1の扱いやすさをアピールしたい。
なので彼女達の腕前は、伏せておく。
『それではスタートします。エリーゼ、アディ、行け』
GR-1の機動に、再びどよめきが起こった。
「何だ!? あの動きは!?」
共和国関係者達は、マシンゴーレムを指差し口々に叫んだ。
2機は地上を、滑らかに滑走している。
まるでスキー板でも、履いているかのように。
速度は約120km/h。
馬がメイン移動手段であるこの世界においては、かなり高速だ。
(フッフッフッ……。これぞ男のロマンにして、リアルロボット好きの夢! ローラーダッシュだ!)
もちろんロボットアニメが存在しないこの世界で、そのようなことを叫んでも理解されない。
なので賢紀は、技術者らしい解説を入れた。
『え~。あれは脚部に内蔵された、〈ドライビングホイール〉という車輪を回転させて行う機動です。私は「滑走機動」と名付けました』
賢紀は最初、地球のモーターを再現して滑走機動を実現しようと試みた。
そのために電流を生み出す魔法と、磁界を生み出す魔法を研究していた。
しかしランボルトの魔道書を読み進めると、魔力で力場を発生させる魔法が載っていたのだ。
それに少々のアレンジを加えることで、「魔導モーター」があっさり完成してしまった。
これは地球のモーターよりも、圧倒的な高駆動力、高回転数、コンパクトさを誇る代物だ。
【ゴーレム使い】は魔導モーターの完成に喜びつつも、回り道をしていたことに肩を落としたのだった。
『あの機構はワタクシが帝国を脱走した後に、独自開発したものです。現在帝国軍に配備されているGR-1には、搭載されておりません!』
賢紀の「俺が開発したんだぜ」アピールに、周囲から「おお~っ!」と歓声が上がる。
特に研究・開発職らしきドワーフ達は、子供の様に目を輝かせていた。
【ゴーレム使い】の顔と機体の動きを、交互に見つめる。
エリーゼ、アディが駆るマシンゴーレム2機は、しばらくの間平原を縦横無尽に駆け回った。
その後は無線で賢紀の指示を受けて、剣による模擬戦を開始。
2機の振るう魔剣が打ち合わされて、火花が飛び散る。
生身のエリーゼとアディによる近接格闘に比べれば、鈍重な動きに見えなくもない。
だがマシンゴーレムの巨体と重量を考えれば、充分過ぎるほど速い。
20合ほど打ち合った後、2機は互いに離れた。
次は石の巨人、「ストーンゴーレム」に向けて突撃。
賢紀が的として、用意したものだ。
マシンゴーレムとほぼ同サイズのストーンゴーレムを、まずはエリーゼ機が頭から真っ二つに。
ストーンゴーレムの身が左右に分かれるより早く、アディ機がすれ違い様胴を上下に分断した。
続いて賢紀は人間サイズの土人形、「アースゴーレム」を大地より創造する。
数は数十体だ。
アディ機が30mほどの距離から、左手をアースゴーレムの群れに向ける。
ジャコン! という機械音と共に、棒状の武器が手の甲から突き出された。
従来品より短く改良された、魔法杖だ。
『【アイシクルショット】』
アディの呟きに応じ、氷柱がアディ機の前に出現した。
長さ約1mのものが、百本あまり。
鋭く尖った氷柱は、アースゴーレムの群れに向かい一斉発射される。
高速で飛来する氷柱の雨を受け、アースゴーレム達は粉々に砕け散った。
続いてアディ機は、エリーゼ機に向かって魔法杖を向ける。
防御力のデモンストレーションだ。
それを見た観客が、三度どよめきだした。
「あんなに強力な魔法を受けても、大丈夫なのか?」と。
観客の心配をよそに、アディは再び魔法を発動させた。
『【アイシクルショット】』
氷柱の雨は、エリーゼのGR-1にも襲い掛かった。
アースゴーレムの群れを一瞬で殲滅したものと、全く同じ規模・威力。
だがエリーゼ機は全くその場を動かず、氷柱の雨を真正面から受け止める。
連続する、大きな破砕音。
砕け散った氷柱が霧となって、エリーゼ機を覆い隠した。
周囲がシンと、静まり返る。
数拍の間を置いて、風により霧が晴れ始めた。
「おお~っ! あれだけの魔法を受けて、無傷だぞ!」
霧の中から現れた、無傷のGR-1。
それを見て、再び観客達から歓声が巻き起こった。
『ご覧いただいたように、マシンゴーレムは魔法攻撃に対し無敵の防御力を誇ります。強固な魔法障壁と、魔法防御強化の術式が施された装甲によるものです』
ニセ帝国技術者ケンキ・ヤスカワは、さらに言葉を続ける。
『これだけの装甲ですから、弓はもとよりカタパルトによる投石も通用しません。マシンゴーレムに対しては有効な遠距離攻撃手段がなく、同じマシンゴーレムによる魔剣での近接格闘しか決め手が無い……』
そこで賢紀は一旦言葉を切り、勿体ぶってから続けた。
『……と、帝国軍では考えられていました。今までは』