第15話 亡国の王女~受け入れてもらえませんか?~
ここはイーグニースの首都、スウィーフトにある大統領府。
昨日に引き続き、大会議室には臨時招集された共和国議会のメンバーが勢揃いしている。
「……というわけで私ルータス王国第3王女エリーゼ・エクシーズとその一行は、イーグニース共和国への亡命。そしてルータスに残っている、難民の受け入れを要請いたします」
静かに。
しかし臆することなく、堂々と述べられたエリーゼの要請。
それに対し、議員達は難しい表情を浮かべていた。
ヴィアルゼ・スヴェール大統領だけは、「当然、承認するよな?」というプレッシャーを議員達にビシバシ向けていたが。
発言を終えたエリーゼは、椅子に腰を下ろした。
「さあ、後は皆さんで話し合って下さい」と言わんばかりの態度だ。
今日の彼女は、背中に剣を背負っていない。
隣には、黒髪黒目の青年が腰掛けていた。
そこそこ整った顔立ちだが、冷たくて無愛想な印象を受ける。
エリーゼ王女の従者なのだろうが、彼はやけに落ち着いて見えた。
従者にしては、エリーゼ王女に気を遣っていない。
ふてぶてしい態度ともいえる。
2人の傍らには、メイドが付き添っていた。
ふわりとした美しい金髪を持つ、犬耳獣人。
数年前より採用され、今やルータスの名物となっている護衛兼任メイドだ。
彼女は席に着いていない。
立ったまま、エリーゼの後方に待機していた。
猫のようにやや吊り上がった瞳は、注意深く周りを警戒している。
「その……。エリーゼ王女には、申し訳ありませんが……。この国の現状を鑑みるに、それらの要請受け入れは難しいと思います」
中年のドワーフ議員が語り始めた。
「軍事力の差などの諸事情から、我が国はリースディア帝国と事を構えるのは避けたい現状にあります。エリーゼ王女やルータスからの難民を受け入れれば、帝国に攻め入る口実を与えることになりましょう」
周囲の議員達も、中年議員に同調し小さく頷く。
「いちどルータス領内に、お戻りになった方がよろしいのでは? 逃げ延びている家臣の方々を集め、再起を図ってはいかがでしょうか?」
中年議員は言葉を選びながら、遠慮がちに意見を述べた。
帝国兵亡命疑惑の件は、伏せている。
イーグニース共和国としては、他国の王女などに余計な情報を与えるのは避けたかった。
中年議員の発言に、スヴェール大統領は少しムッとしているのが窺える。
だが当事者のエリーゼ達は、全く動じていない様子だった。
「いや。もっと良い案があるぞ」
ベテランのリーフ議員が、暗い笑みを浮かべた。
「エリーゼ王女とその御一行を捕え、帝国に突き出す。それを足がかりに、帝国と不可侵条約を締結。国益を考えれば、これ以上の選択肢はありますまい」
勝ち誇ったような視線が、大統領に向けられる。
「スヴェール大統領。まさか身内可愛さに、国を危機に晒すおつもりではないでしょうな?」
「リーフ議員……貴様!」
大統領は、激しい怒りのこもった視線をリーフ議員に向けた。
「私としても、大変心苦しくはあるのですよ。しかしエリーゼ王女や難民の受け入れは、我が国にとって何の利益もない。害をもたらすだけだ」
そう言ってリーフ議員は立ち上がり、指を鳴らす。
パチンという乾いた音。
間を置かず、会議室の扉が乱暴に開かれた。
そこから6人のドワーフ警備兵達が、なだれ込んできた。
全員、リーフ議員の息がかかった者達だ。
ずんぐりとした体型に似合わない、素早い動き。
警備兵達は椅子に座るエリーゼ達一行の背中に、槍を突き付ける。
「やめておけ。素手でも、エリーゼ王女とその護衛相手では……。そんな少数の警備兵では、足りぬ」
大統領は、呆れたような口調で警告する。
大会議室に入る前にボディチェックが行われ、エリーゼ達3人は武器を持っていないはずだった。
それ故にリーフ議員は、6人も警備兵がいれば充分取り押さえられると高を括っていたのだ。
大統領の警告は、リーフ議員に聞き流されてしまう。
結果は、リーフ議員の思惑通りにはならなかった。
しかし大統領の予想からも、斜め上を行く事態になってしまった。
突然だった。
硬質な金属音を立てて、床に転がり落ちる槍の穂先。
エリーゼと護衛のメイドの手には、それぞれ長剣と短剣が握られていた。
どこから取り出したのか。
いつ振るわれたかを見極めることができた者は、共和国関係者の中にいなかった。
エリーゼがいつの間に椅子から立ち上がったのかすら、よくわかっていない。
2本だけ、穂先の切り落とされていない槍があった。
しかしその槍は、プルプルと細かく震えている。
議員達が、槍の持ち主達を見やる。
彼らの頭は、石でできた大きな手に掴まれていた。
その状態で持ち上げられ、足は地面から離れている。
石でできた巨人、ストーンゴーレムだ。
槍を向けられていた、黒髪の青年が呼び出したものだった。
「いつの間に?」、「どうやって?」という疑問が、議員達の脳裏を駆け巡る。
青年は、警備兵達の方を振り返ってすらいなかった。
平然とした表情で、出された紅茶を飲んでいる。
「ああ。飲んで大丈夫だぞ、エリーゼ、アディ。妙なものは、何も入っていない。普通に美味い。……ちと、冷めてるがな」
「【ファクトリー】に入れて、解析したのね。でもそれ、最初にやってくれると助かるんだけど? 冷めちゃう前に、飲みたかったわ」
エリーゼと黒髪の青年――安川賢紀は、余裕の態度で紅茶について語らっていた。
警備兵6人に包囲されていることなど、全く意に介していない。
「き……貴様ら! 抵抗するのか!」
リーフ議員が、声を荒らげる。
だがその体勢は逃げ腰になっているのを、スヴェール大統領は見逃さなかった。
「じゃからその程度の警備兵では、足らぬと言ったのじゃ。『白銀の魔獣』と、『暗殺者を殲滅せし者』アディ・アーレイトじゃぞ? 剣を持っているなら、この大統領府内の全ての兵を持ってしても、取り押さえることは叶わぬ」
呆れたように、大統領は告げた。
孫娘とその護衛の恐ろしい戦闘力は、しっかり把握しているのだ。
得体のしれない術を使う賢紀のことも、侮らずに警戒している。
エリーゼは、少々眉をひそめた。
祖父である大統領が、自分の嫌いな二つ名を出したからだ。
彼女はシャープなデザインの長剣を、カキンと鞘に納めた。
そして笑顔を作りつつ、議員達がいるテーブルの方へ向き直る。
「失礼しました。突然のことに驚いて、思わず手が出てしまいましたの」
全然驚いていたようには見えなかったが、エリーゼはうそぶいた。
「リーフ議員の仰ることは、ごもっともです。私達を受け入れることには、大きなリスクを伴うことでしょう。……ところでさっきリーフ議員は私達のことを、『何の利益もない。害をもたらすだけ』と評されていましたよね?」
そう言ってエリーゼは、リーフ議員に悪戯っぽく微笑む。
「実は私達、共和国の皆様にお土産を持ってきておりますの。リースディア帝国の方々からの、頂きものなのですけれども……」
会議室内の空気が、一瞬にして凍りついた。
お土産?
帝国からの頂きもの?
共和国議員達の胸中に、暗雲が立ち込める。
「隣にいる私の協力者、ケンキ・ヤスカワは特殊な魔法を使えまして。さっきの剣も、ヤスカワの魔法で取り出したものです。お土産は少しばかり大きなものなので、ヤスカワの魔法で収納しておりますの」
もう確定だ。
聡明な頭脳を持つ共和国議員達は、悟ってしまった。
ルータス領内におけるマシンゴーレム失踪事件は、コイツらの仕業だと。
ひょっとしたら、帝国兵の死体が握っていたというドワーフの角もコイツらが――
大統領も含め、議員達は全員頭を抱えた。
こうなっては、帝国との開戦を避けることは難しいだろう。
エリーゼ達の持ち込んだお土産は、確かに共和国に利益をもたらすかもしれない。
だが同時に、怒れる帝国軍を呼び寄せる危険な存在だった。
スヴェール大統領はしばしの逡巡の後、議員達に告げた。
「マシンゴーレム開発に乗り出している会社の、重役達を集めろ。『でっかいビジネスチャンスをくれてやる』と言ってな」