第14話 老ドワーフの苦悩~理不尽な状況じゃと思わんか?~
わしの名はヴィアルゼ・スヴェール。
ドワーフのジジイじゃ。
ドワーフといえば背が低くて筋肉ムキムキ、髭がモジャモジャというイメージがあるじゃろ?
残念ながらわしは、仕事柄髭を剃っておってツルツルじゃ。
髭モジャは、他の種族に受けが悪い。
ドワーフの美的感覚では、男はモジャモジャの髭がセクシーと言われるんじゃがのう。
わしの仕事はドワーフ達の国、イーグニース共和国の大統領じゃ。
ドワーフ達の国といっても、人間や獣人など他種族も少しは住んでおる。
わしらドワーフは、種族など些細なことは気にせんからのう。
……じゃが、エルフ共!
あのヒキコモリなクセに、高慢ちきな連中は別じゃ!
わしらドワーフを見下しおって!
わしらは心が広いから、エルフでも入国拒否とかまではせんが。
イーグニースのドワーフ達は、人間や獣人と上手く付き合っておった。
ドワーフは、鍛冶や細工の技術力が高くてのう。
そういう商品を、他種族は沢山買ってくれるのじゃ。
特に人口の多い人間は、いい商売相手じゃった。
最近までは、じゃがのう。
1ヶ月程前。
お得意様のルータス王国に、これまたお得意様のリースディア帝国が攻め込んだのじゃ。
ぶっちゃけわしらドワーフにとっては、ビジネスチャンスじゃった。
イーグニース共和国において1番の財源は、武器輸出。
高品質な武器、防具、攻城兵器なんかが主な商品じゃの。
戦争が起こった時、わしらは両者に武器を輸出する。
じゃから「死の商人」と、蔑まれることもあった。
そりゃ、半分事実じゃがのう。
じゃがあんまり戦争が激化して、商売相手の人口が減っても困る。
理想は睨み合いの続く、冷戦状態じゃ。
人も死なんから、心も痛まないしのう。
それで今回の戦争でも、儲けさせてもらうつもりじゃった。
しかしじゃ、帝国の連中は全然武器を買ってくれんかった。
理由は帝国が新しく開発した兵器、「マシンゴーレム」じゃ。
アレがあればもう、歩兵用の装備や攻城兵器に予算を割く必要は無いそうじゃ。
あんなとんでもない機動兵器を、いつの間に開発したんじゃろうか?
わしらもすぐ、マシンゴーレムの開発に乗り出した。
しかしドワーフの工業技術を以てしても、全然ダメじゃ。
実用化どころか、試作機製作の目処も立っておらん。
わしらイーグニースは、ルータス王国に肩入れすることに決めた。
そうせんと、王国はあっさり負けてしまいそうじゃった。
ルータスは強国じゃが、マシンゴーレムには敵わん。
ルータス王国が滅びれば、お得意様が減る。
それにルータスの国王セブルス・エクシーズには、わしの最愛の娘イレッサが嫁いでおった。
娘や孫を、死なせるわけにはいかんからのう。
じゃが、わしらの見通しは甘かった。
信じられないほど短い期間で帝国は進軍し、瞬く間にルータス王国を滅亡させたのじゃ。
わしらの武器が、ルータスに届く間も無かった。
そして、娘のイレッサも死んだ。
天使のように可愛かった、孫娘のエリーゼたんも行方不明になってしもうた。
「死の商人」として儲けてきた、罰が当たったのかのう。
セブのスケコマシ野郎め!
何が「イレッサとルータスは、俺が守る」じゃ!
全然守れておらんではないか!
あの世で会ったらぶん殴る!
怒りのドワーフパンチをお見舞いじゃ!
じゃからわしが殴りに行くまで、せめてあの世でイレッサと幸せに暮らせ。
他の妃達と同じく、愛してやってくれ。
我が友よ。
さて、わしから大切なものを奪った帝国のクソ野郎共。
武器を買ってくれぬ貴様らは、もうお得意様でもない。
落とし前をつけてもらう――戦争じゃ!
――と言いたいところじゃが、現実的には難しい。
マシンゴーレムを持つ、帝国の戦力は圧倒的じゃ。
大陸最強と言われておった、ルータス王国騎士団が手も足も出なかった相手じゃ。
個人の感情としてはともかく、大統領としては帝国に手を出すことはできん。
共和国議会の承認も、下りんじゃろう。
むしろ帝国に攻め入れられぬよう、ありとあらゆる外交手段を用いる必要があるじゃろう。
ルータス王国の領地を手に入れ、イーグニース共和国まで侵攻する足がかりができてしもうたからのう。
むかっ腹が立つ状況じゃ!
じゃが帝国のクソッタレ共は、さらに訳の分からん言いがかりをつけて来おった。
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ここはイーグニース共和国の首都、スウィーフトにある大統領府じゃ。
わしはそこの大会議室で、共和国議員7名と共に頭を抱えておった。
議員達はわしと違って、セクシーな髭モジャ。
クソ~、羨ましい。
「議員は髭禁止」という法案でも、提出してやろうかの。
じゃが今は、それどころではない。
「帝国からの脱走兵が、我が国に多数亡命してきている? マシンゴーレムを土産に? 何の冗談ですか? それは?」
若い議員の奴が、テーブルを叩きながら吐き捨てる。
まだまだ青いのう。
じゃが、気持ちはわかるぞい。
「ルータスの各地を占領していた帝国軍から、兵士とマシンゴーレムが次々と姿を消す事件が起こっているらしいのう」
わしは、帝国からの書状を眺めながら答えた。
頭にきてはおるが、議員達の手前冷静にせねば。
「ルータス領内の反乱分子では? ルーフ山脈にある帝国軍の中継基地が、壊滅させられたそうではないですか。マシンゴーレムを鹵獲した、彼らが襲ったのでは?」
そうじゃといいがのう。
エリーゼたん辺りが生きていて、帝国にひと泡吹かせたのなら痛快な話じゃ。
じゃがわしは、首を横に振った。
「その基地壊滅も、帝国はわしらの関与を疑っておる。帝国兵の死体が、折れたドワーフの角を握っておったそうじゃ」
ドワーフの成人男性には、小さい角が生えておる。
その角が、関与した証拠ではないかというのが帝国の主張じゃが――
「捏造だ! マシンゴーレム兵の亡命はともかく、基地襲撃は我が国に何のメリットも無い!」
「同感じゃな。わしも今回の件は、帝国の自作自演じゃと思っておる」
リースディア帝国は以前から、イーグニース共和国の豊富な地下資源を欲しがっておる。
コストのバカ高そうなマシンゴーレムを急ピッチで製造した今は、特に資源が不足しておるのじゃろう。
しかもわしらドワーフは、高い工業技術を持っておる。
イーグニースを占領下に置き、マシンゴーレムの製造拠点にしたいという思惑が透けて見えるぞい。
「攻め入る口実が、欲しいのじゃろうな」
いま帝国に攻め入られたら、確実に負けるじゃろう。
わしらの優れた武器を持ってしても、帝国のマシンゴーレムには傷ひとつ付けられぬ。
せめて我が国にも、マシンゴーレムがあれば――
「少し、よろしいですかな?」
そう言って手を挙げたのは、ベテランのリーフ議員じゃ。
こやつはわしの反対勢力で、嫌なジジイなのじゃが。
「帝国兵の亡命……。大統領は帝国の自作自演と仰られましたが、それが事実という可能性はありませんか?」
リーフ議員の発言に、みんなどよめきおった。
「マシンゴーレムの技術は、どの軍需企業も喉から手が出るほど欲しい。企業が秘密裏にマシンゴーレムと操縦兵を隠匿し、先行開発して利益を独占しようとしている可能性は? ……そういえば大統領のご実家も、そちら方面の家業でしたな?」
このクソじじ~い!
確かにスヴェール家が経営するヴォクサー社は、兵器メーカーじゃ。
しかし今は、国家存亡の危機じゃ!
一企業が、利益を追求している場合ではないぞ!
帝国は、人間族至上主義じゃ。
他の種族を「亜人」と呼び、差別する連中じゃぞ!
敗戦したら、わしらドワーフがどう扱われるか――
お主もそれくらい、わかるじゃろう!?
「フン! 息子……ヴォクサー社のヴィヴィオ社長に、そこまでの狡猾さは無いわ! あればもっと早く情報を入手して、マシンゴーレム開発に取り掛かっておったじゃろう」
本当に、もちっと早く開発に乗り出してくれればのう。
いや。
無い物ねだりをしても、仕方あるまい。
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その後。
議会では帝国との戦争を回避するための、ありとあらゆる手段が検討された。
最悪ルータスに近い鉱山地帯を割譲し、満足してもらうしかあるまい。
ええい!
帝国のクソッタレ共め!
ぶん殴りたい!
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その晩、わしは息子のヴィヴィオに呼び出された。
とても大事な話があるそうじゃ。
大統領は、結構忙しいんじゃがのう。
下らん話じゃったらドワーフパンチじゃ!
わしはそんなことを思いながら、自宅――今は名義を変えて息子宅の玄関を開けた。
「お久しぶりー! ヴィアおじいちゃん!」
元気な声を上げながら、突然天使が抱きついて来たんじゃ!
「エ、エリーゼたん! 生きておったんじゃな!」
エリーゼたんは、悪戯っぽく微笑んだのじゃ。
「えへへ……。私、亡命して来ちゃった」
エリーゼたんは天使ではなく、イーグニースに戦乱をもたらす小悪魔。
それをわしが知るのは、もうちょっと後の話じゃ。