第123話 【ゴーレム使い】の消えた日~これでいいんだよな?~
再生しても逃げられないよう、山葉が結界の魔法を発動させた。
荒木の体が、拘束される。
元から俺が襟首を掴んで持ち上げていたが、これで絶対に逃げられない。
荒木の顔が、驚きと恐怖で引きつった。
俺だって、こんな選択をしたくはなかったよ。
だけど、仕方ないじゃないか。
アンタを倒しエリーゼ達を守る手段を、他に見つけることができなかったんだ。
魔素やマナ、瘴気が存在しない地球ならば、アンタも再生できないだろう?
マリアとレオナが、睨み合いをやめて俺を見つめてくる。
2人とも、愕然としていた。
山葉は――俺が最終的にはこの選択を取ることが、分かっていたみたいだ。
ただただ悲しげな表情を空に向け、瞑目していた。
「何を言っておるのじゃ、ケンキ……。地球に帰るなど……。時空魔王と言われた母上でさえ、世界の壁を越える魔法は完成させられなかったのじゃぞ! そんなことは不可能じゃし、妾がさせぬ!」
怒りすら滲ませて、叫ぶマリア。
そのすぐ近くで、呆然としていたレオナ。
突如出現したクリアブルーの三角錐が、2人を閉じ込める。
山葉が空間魔法で作り出した、結界だ。
「黙っていてごめんね、マリアちゃん……。世界の壁を越える魔法の術式は、寿命で死ぬ前に完成させていたの。ただそれを発動させるために必要な、莫大な魔力を用意できなかっただけ」
だが今、俺達はその莫大な魔力を用意できる。
ここにあるのは、XMG-0〈タブリス〉とGR-9〈サンサーラ〉の〈トライエレメントリアクター〉。
大陸中に存在しているマシンゴーレムの中で、最大の出力を誇る2機の動力源だ。
俺は【ファクトリー】から、とある魔道具を取り出した。
山葉とレヴィがマリア達に隠れ、密かに製作していたものだ。
【ゲートクリエイター】。
丸い台座のような本体に、散りばめられた10個の魔石。
そこからは、2本の太いパイプが伸びている。
俺は【ゴーレム操作】の能力を使い、パイプを蛇のように動かした。
一方を、剥き出しになった〈サンサーラ〉のリアクターに。
もう一方を愛機、〈タブリス〉のリアクターに接続した。
ボロボロにしてごめんな、〈タブリス〉。
最後にもうちょっとだけ、力を貸してくれ。
〈タブリス〉に繋いだパイプからは、赤い魔力が。
〈サンサーラ〉に繋いだパイプからは、青い魔力が。
それぞれパイプを発光させるほどの激しさで流れ込み、【ゲートクリエイター】の台座上に黒い稲妻を発生させる。
吹き付ける突風と、不気味な大地の鳴動。
一点に、前代未聞の魔力が集中している証だ。
「これでいいんだよな? レヴィ?」
俺は【ファクトリー】の中から、水の高位精霊レヴィを呼び出した。
彼女とも、これでお別れだ。
「あんたやセナは、この世界にとって危険過ぎる存在だからね……。魔王トキコだってそうさ」
かつて、ハイエルフのゼフォー・ベームダールが語っていた。
文明が発展した末に待ち受ける、世界の破滅。
ドワーフと人間の交流によって、その速度が加速されるとかゼフォーさんは言っていた。
だけどもっと危険なのが俺や荒木、山葉のような異世界からの来訪者だ。
マシンゴーレムの原点となった、リースディア帝国の優れたゴーレム技術。
この技術は数百年前に魔王となった山葉との戦いを想定して、帝国の錬金術師達が研究を進めたものだ。
それだけじゃない。
俺や荒木がこの世界に来て、まだ1年ちょっと。
地球から持ち込んだ技術や発想を元に、マシンゴーレムの技術は異常な発展を遂げた。
よくよく思い出してみれば俺がこの世界に来た時、マシンゴーレムは「剣と魔法で戦う、大きな重装歩兵」といった程度の代物でしかなかった。
それから1年ちょっとで音速を超えて空中戦をしたり、地形が変るほどの破壊力を持ったプラズマランチャーを撃てる機動兵器に進化するなんて。
ここが異世界だとかドワーフ族が優秀だからとかいうのを差し引いても、異常なことなんだ。
(あんたとセナ・アラキが、この世界を滅ぼすよ)
魔王陵踏破の後。
コテージでレヴィからそう言われた時、俺は反論できなかったよ。
俺と荒木は、この世界の異物なんだ。
そう考えると悲しくて……それでもこの世界が愛おしくて、離れたくないと思った。
だけど俺と荒木がこの世界に留まり、戦い続けたら?
果たして、どうなるだろうか?
すでに〈タブリス〉や〈サンサーラ〉は、この大陸を焼き尽くしてもおかしくない存在だ。
2~3年も戦い続ければ、帝国とルータス王国の技術は星を丸ごと滅ぼしてしまえるレベルまで行くだろうな。
だから俺は……。
そうなる前に、この世界を去るんだ。
「い……いや……。お願い、止めて……」
ニーサさんが、俺達の近くまできていた。
いつの間にか、マシンゴーレムを降りたらしい。
彼女の顔面は、死人のように蒼白。
全身が震え、歯がカチカチと鳴る音が俺の耳にまで聞こえる。
普段の彼女なら、俺をバッサリ斬り捨てて荒木を取り返すぐらいできるだろうに。
それが今は、刀を抜けないほどに怯えている。
いつも皇帝らしく、威風堂々としていたニーサさん。
そんな彼女が、いったい何に怯えているというのか。
決まっている。
荒木を失うことを、恐れているんだ。
ニーサさん、そんな顔しないでくれ。
決心が鈍る。
すまない。
荒木のことは、夢だったと思って諦めてくれ。
……諦めきれるわけないよな。
一生俺を、恨んでくれてもいい。
夢……。
夢か……。
色々と大変だったけど、エンス大陸での日々は夢のような時間だったな。
本当に、夢だったんじゃないだろうか?
そういえば地球にいる頃、何度か夢を見たことがあったな。
大切な仲間達と、地球とは異なった世界で冒険する夢だ。
朝起きて現実に戻った時、言いようのない喪失感を覚える夢。
俺以外にも、そういう夢を見た経験があるって人はいるんじゃないだろうか?
この世界での1年は、全て俺の夢。
目が覚めると、そこは見慣れたアパートの自室。
布団を出たら、いつものように仕事へと向かう。
起きてすぐは、泣きたい程の喪失感に襲われるだろうな。
でも、夢だったとしたら……。
時間が経てば、きっと忘れられる。
「ケンキ……」
ニーサさんの後ろから、マシンゴーレムを降りたエリーゼが来ていた。
……お前は分かっていたんだな。
俺が荒木と一緒に、地球へ戻ろうとしていることを。
だから出撃前に、「約束憶えてる?」なんて聞いてきたんだろ?
そんなに悲しそうな顔するなよ。
最後にいつものドヤ顔を、見せてくれよ。
俺はお前のドヤ顔は、けっこう可愛いと思うぞ。
気付いているよ。
お前が俺のことを、好きでいてくれているのは。
でも何だか、山葉に悪いような気がしてな。
それにお前は女王だから、立場ってものがある。
だから子供扱いして、気づかないフリをしていたんだ。
俺と荒木以外にもうひとり連れて行けたとしたら、俺はエリーゼに「一緒に地球へ来るか?」と訊ねていたかもしれない。
馬鹿だな、俺は。
この世界での出来事が、全て夢?
時間が経てば、忘れられる?
絶対忘れるもんか!
俺の大切な仲間達。
アディ。
イースズ。
マリア。
ヨルム。
スザク。
フーリ……。
死闘を演じた、強敵達。
エマルツ。
アレク。
アシュトン。
レクサ。
ニーサ……。
イーグニースのみんなや、獣人傭兵の連中。
レイン七兄弟。
楽しかった、フォーウッドの建国祭。
魔国ディトナでの冒険。
俺の夢の象徴、愛機〈タブリス〉。
そして俺がこの世界で、最初に出会った……ずっと背中を預けてきた、エリーゼ。
そうだ。
みんなのことを忘れないよう、この世界での物語を書きとめよう。
地球に戻ったら、すぐにだ。
俺は文章書くのがそんなに得意じゃないから、上手く書き上げられないかもしれない。
会社なんて体調不良ってことで、しばらく休んでもいい。
少しでも記憶が薄れない内に、この世界でのことを書き上げる。
書き上げたら……そうだな。
小説投稿サイトにでも、アップロードしてみるか。
この世界のことを、地球の人達にも知って欲しいな。
ただのどこにでもあるファンタジー小説だってことで、誰の目にも留まらないかもしれない。
ましてや本当にあった物語だと主張しても、誰も信じないだろうな。
それでも俺は、その物語を書き上げるよ。
「安川君! 荒木瀬名の再生が終わる! もうあんまり、長くは抑えられない!」
山葉の声は、切羽詰まっていた。
この世界に滞在することが許された、残り僅かな時間。
俺はその時間を使って、最後にエリーゼの姿を目に焼き付けようと決めた。
大きな緑色の瞳から、一筋の涙が零れて頬を伝う。
エリーゼって勝気な性格だと思うんだけど、実は結構泣き虫だよな。
初めて会った時も、ユリウスを斬った後も泣いていた。
スヴェール邸のリビングで、家族の写真を見て泣いていた。
テスラの大森林でも、ルータスを奪回した時も。
今度は俺が、泣かすのか。
女を泣かすなんて、ダメな男だな。
俺……。
「嘘つき……。いなくなったりしないって、約束したのに……」
「……ごめんな」
俺には、謝ることしかできなかった。
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その日。
【ゴーレム使い】は、エンス大陸から消えた。