第12話 犬耳の獣人~刺してもよろしいですか?~
「あっ! ケンキ! な~に自分だけ休んでるの!」
GR-1〈リースリッター〉の足元で、グッタリしていた安川賢紀。
そこへエリーゼ・エクシーズが駆け寄ってきた。
「ヤバい奴を相手にしていたんだ。少し休ませてくれ」
「ダメよ! 歩兵とかはほとんど斬ったから心配要らないけど、休む前にちょっと行くところがあるわ」
「もう終わったのか? 早いな」
「サクっと処理できたわ。あんまり人数居なかったし、帝国歩兵は弱っちいの。強い人はみんな、マシンゴーレム兵になっちゃうから。さあ! 行くわよ!」
「引っ張るな。足の巻き爪が痛い」
エリーゼはむりやり賢紀を立たせ、手を引いてゆく。
小柄な体のどこから湧いてくるのか、賢紀には理解不能なほどの怪力だった。
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フリード神へのタレコミ疑惑について追及する暇もなく、賢紀は基地内にある地下牢へと連れて来られていた。
「誰か獣人さんが、捕まっているらしいのよ。生き別れになった私の護衛も獣人だから、ひょっとしたら……って思って 」
地下牢への階段を降りながら、エリーゼは語る。
やがて2人は地下に到着したが、周囲は真っ暗だ。
賢紀は照明魔法を発動させ、暗い屋内を照らした。
「ちょっとケンキ! 眩しいって!」
初めて使う魔法だったので、光量の加減に失敗してしまった。
自分でも「眩しいわっ!」と心の中で突っ込みを入れつつ、賢紀は光量を絞る。
照らし出された牢の中は、ガランとしていた。
捕虜になったルータス国民が、数多くいるのではないか?
2人はそう予想していたので、少々肩すかしを食らった気分だ。
「誰か1人だけ、奥に居るわ」
突き当たりの牢に、人影があった。
床に寝そべり、こちらに背を向け身体を丸めている。
シベリアンハスキーのような耳と尻尾が生えた、犬の獣人。
体つきからして、女性のように見えた。
服装は――
「メイドさん……か?」
「メイドさん……よ。 護衛だって、言ったじゃない」
「当然じゃない?」とでも言いたげなエリーゼに、賢紀の頭は混乱した。
ルータス王国では、護衛とメイドは兼任するものらしい。
姫の護衛というくらいだから、女性である可能性は賢紀も考えていた。
だが、大柄で筋骨隆々なゴリラ獣人女戦士をイメージしていたとは言いにくい。
「アディ? あなた、私の護衛兼専属メイドのアディ・アーレイトでしょう?」
エリーゼの呼びかけに、獣人メイドが反応した。
尻尾と耳がピクリと立ち上り、床に転がったままゆっくりとエリーゼを振り返る。
アディはふわっとしたウェーブの金髪を、肩まで伸ばした美しい女性だった。
彼女は犬の獣人なのに、金色の瞳は猫を連想させるツリ目だ。
そのツリ目をまん丸に見開き、エリーゼを見つめる。
「……姫様?」
「私よ。エリーゼ・エクシーズよ。ちょっと待ってね、今開けるから 」
エリーゼは背中の剣に、手をかけた。
瞬間、彼女と鉄格子の間に無数の銀光が閃く。
キィン! という澄んだ音と共に、鉄格子が7本切断されて床に散らばった。
(剣に魔力を纏わせずにコレか! ……マシンゴーレムに乗せて訓練したら、エマルツよりヤバい操縦者になりそうだ)
賢紀が内心で戦慄していると、牢の奥から黒い物体が猛スピードで飛び出して来た。
「姫様ぁーーーー!!」
「グエエッ!!」
目にも留まらぬ速さでエリーゼに飛びつく物体……もといアディと、女の子としてはマズい悲鳴を上げるエリーゼ。
アディはプロアメフト選手もビックリな強烈タックルで、エリーゼを床に押し倒した。
そのままガッシリと抱きつく。
「姫様ぁ~! もう二度と、お会いできないかと思っておりましたぁ!」
「よしよし。帝国の連中に、酷いことされなかった?」
「私を捕まえたエマルツという男が、捕虜の拷問や虐待を禁じておりました。わたくしのことを帝国に引き抜きたいと思っていたようで、熱心な勧誘を受けておりましたの」
「そうだったの。本当に、無事で良かった……。ちょっと、アディ! くすぐったい!」
アディはエリーゼの豊かな胸に顔を埋め、激しく頬ずりしていた。
「しばらく会えなかったので、姫様成分が不足しております! 補充させて下さい! クンカクンカ」
今度は匂いを嗅ぎ出したアディ。
少し鼻血が出ているし、ハアハアと息も荒い。
「大丈夫か? この人」と、賢紀は不安になる。
マタタビで酔った猫みたいに、恍惚としていたアディ。
彼女は突然振り返り、賢紀を見上げながら尋ねた。
「姫様。この男は帝国兵ですか? 刺してもよろしいですか?」
「相変わらずねえ……。物騒なこと言わないの。この人はケンキ・ヤスカワ。フリード神様の使徒で、私達の味方よ」
「御使い様? 本当ですか?」
アディは疑いというよりも、驚きの視線を賢紀に向ける。
「いきなり信じられないのも、無理はない。後で【神の使徒】らしい能力を、色々と見せる」
「失礼しました。御使い様」
「ケンキでいい」
「ケンキ様。わたくしは姫様の護衛兼専属メイド、アディ・アーレイトと申します。この度は助けていただき、ありがとうございました」
深々と頭を下げるアディに、賢紀はヒラヒラと手を振って応じる。
「この基地を、潰すのが目的だったんだ。アディを救助できたのは、偶然だ。気にするな」
「そういえば、静かになりましたが……。マシンゴーレムが配備されている、この基地を落とせたのですか? いったい、どれ程の戦力を投入して……?」
「今回来たのは、私とケンキの2人だけよ。ふっふーん、凄いでしょ?」
エリーゼがドヤ顔で、胸を張りながら答えた。
「2人! 2人だけで夜襲を!? 誰かバックアップ要員は?」
「居ない。本当に、2人きりだ。信じられないのも無理はないが、俺の能力を使って――」
そこまで言ったところで、アディはガシッと賢紀の肩を掴んだ。
「つまりケンキ様は、姫様と2人きりで旅をしてきたわけですね? まさか他人の目がないからって、姫様にハレンチなことはしていませんよね? 抱きついたりとか、匂いを嗅いだりとか、おっぱいに顔を埋めたりとか……」
(全部アンタだろうが!)
ケンキは心の中で叫んだ。
ギリギリと肩を締め付けてくるアディの握力が怖くて、現実には声が出ない。
「コラッ! アディ! ケンキの肩が、抉れるでしょう! ハウス! ハウスっ!」
「ハッ! 申し訳ございません、ケンキ様。わたくし、姫様のこととなると見境が……」
「大丈夫……大丈夫だ。そろそろ撤収準備に取り掛かるぞ」
全然大丈夫じゃない肩をさすりながら、賢紀は2人に指示を出した。
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3人は地下牢を出て、マシンゴーレム格納庫の前までやって来ていた。
「さて、まずは戦利品の回収だ」
「マシンゴーレムを、回収できないのが残念ですわね。この人数では……」
「フッフッフッ……。心配無用よ。ケンキ、アディに『アレ』を見せてやって」
リクエストされた賢紀は、GR-1〈リースリッター〉に近寄った。
起動前に破壊されたうちの1機だ。
「アディ、よく見てろよ。……【ファクトリー】」
3人の目の前で、GR-1の巨体が跡形もなく消えた。
音もなく、一瞬でだ。
「えっ? どこへやったのですか? わたくし目には自信があるのですが、何がどうなったのか……。さっぱり見えませんでしたわ」
「説明する。これはフリード神から与えられた加護、【ゴーレム使い】の能力のひとつでな……」
【ファクトリー】。
それは異空間に物体を収納、格納できる能力。
異世界ライトノベルやWEB小説のチート能力代表格、【アイテムボックス】。
あるいは【ストレージ】、【インベントリ】などと呼ばれているものと、似たような能力だ。
大抵のものは、格納することができる。
不可能なのはリアクターを作動させているマシンゴーレムや、生き物。
賢紀が反応できないほど高速で動いているものも、無理だったりする。
【ファクトリー】の容量は、現在東京ドーム1個分といったところ。
すでに充分な容量の気もするが、賢紀の能力が成長するとさらに広くなっていく。
よく聞く【アイテムボックス】と違い、内部の時間経過は存在する。
しかし、そこが利点でもある。
材料さえ一緒に放り込んでおけば、内部でゴーレムの製造、修復、開発、試作なども可能になるのだ。
ゴーレムにカテゴライズされるマシンゴーレムも、当然対象になる。
まさにオートメーション化された「工場」といえる、ズルい能力だ。
賢紀は背後を振り返った。
努めて平静を装っているが、驚きを隠しきれていないアディがいる。
その隣には、腰に手を当て仁王立ちの少女。
自分の能力でもないのに、ドヤ顔をしているエリーゼの姿もあった。




