第11話 赤光の剣閃~帝国軍に入る気はないか?~
安川賢紀は機体を大きくバックステップさせ、一旦間合いを外した。
攻防が途切れたタイミングで、エマルツ・トーターが外部拡声器を使い呼びかけてくる。
『ふむ、惜しいな。声からして若い操縦者のようだが、太刀筋は恐ろしく鋭い。無駄もない。しかし、それ故に読みやすい。機体の操縦技術に至っては、私より上のようだな。ヤスカワ。お前、帝国軍に入る気はないか?』
『帝都でフリード教の勧誘をして構わないなら、考えてもいい』
『それはちょっと、難しいかもな。……さて、そろそろ決着をつけよう。奥の手を、使わせてもらう』
エマルツは宣言すると、剣に魔力を流し込み始めた。
彼やエリーゼ・エクシーズは、優れた魔力操作の技術を持つ剣士。
得物に魔力を伝導させ、劇的に威力を増大させる技を使える。
マシンゴーレムに搭乗していても使用可能なのだと、エマルツは証明してみせた。
GR-1〈リースリッター〉の標準装備である、片手用の直剣〈リネアール〉。
これは元から、「斬れ味強化」と「耐久性向上」の魔法が付与された魔剣だ。
エマルツはその魔剣に、さらなる魔力を流し込んだのだ。
青白い、破壊の輝きを放つ刀身。
もはやその威力は、計り知れない。
『神の使徒というものは、死ねば仕える神の元へ還るのか? ならばフリード神に伝えてくれ。「あまりリースディース様を、怒らせるな」とな』
(……? それはどういう意味だ?)
エマルツの言葉。
賢紀には、その真意が分からない。
フリード神の使徒である自分が、基地で大暴れしたから怒るのか?
それとも過去にフリード神自身が、リースディースを怒らせるようなことをしたのか?
エマルツの言葉は、どちらとも取れた。
魔力がたっぷりと流し込まれた剣を、エマルツは上段に構える。
終わらせるという強い意思が、賢紀にも伝わってきた。
『伝言は断る。あんまり関わり合いたくない上司なんだ。アンタが行って、直接抗議してくれ』
返答して、賢紀は機体の右足を下げた。
半身になり、剣を右脇に構える。
刀身は、機体の陰に。
参考にしたのは、エリーゼがユリウス相手に見せた「脇構え」。
彼女の剣は両手剣だったが、今回賢紀機が手にしているのは片手剣だ。
余った左手は前に突き出し、手の平をエマルツ機に向けた。
その構えのまま、ジリジリと間合いを詰めていく。
普通の操縦兵には不可能な、「摺り足」だ。
驚くことに、エマルツも摺り足で間合いを詰めてきた。
彼もまた、卓越した魔力操作技術を持っている。
デリケートに機体脚部をコントロールし、この特殊な歩法を実現していた。
自機の操縦席内で、エマルツ・トーターは集中力を高めていく。
(刀身を機体の陰に隠したということは、奴もおそらく使えるのだろう。……魔力伝導を)
賢紀の構えから、エマルツは予想した。
魔力を伝導させた時に生じる刀身の発光を、隠したいのだろうと。
(だがそれはお前にとって、分の悪い賭けだぞ?)
エマルツの機体の左手には、盾がある。
右手に剣を持った、賢紀の片手脇構え。
これはエマルツから見て、左側からの斬撃に適した構えだ。
エマルツにしてみれば、左手の盾で防ぎやすいといえる。
(そもそもお前は、私の剣の威力を甘く見ている。防御した左手ごと、真っ二つだ)
エマルツが全力で放つ魔導の刃は、確かにそれだけの威力があった。
さらに彼は、賢紀が耐え切った場合の行動もシミュレートする。
(お前が魔力伝導を使えることを隠しているように、私にもまだ隠し球がある)
エマルツの隠し球――
それは盾への魔力伝導。
防御力は絶大。
斬撃の威力次第では、相手の剣をへし折ることもできる。
(あとは左手を失ったお前を仕留めるのは、難しくない。途中でいくつか想定外が起こっても、剣と盾のコンビネーションで仕留める。焦らず2手、3手かけて確実にな)
客観的に見て、総合力で優位に立っているのは自分だとエマルツは判断した。
そこには焦りも、驕りもない。
思考している間にも、2機の距離は少しずつ詰まっていった。
あと数cmで、剣の間合いに入る――
先に動いたのは、エマルツ・トーターだった。
予備動作のほとんどない状態から、爆発的に加速して踏み込む。
駆動系の油圧を魔力で一時的に上げて、瞬発力を向上させる魔力ブースト機動。
あまり連発したり、魔力をかけすぎると、シーリングや内部の作動油が痛んでしまう。
液漏れやオーバーヒートに繋がるので、乱用はできない機動だ。
上段に構えた剣は、重力を味方につけた。
これまでで最速のスピードで、袈裟がけに振り下ろされる。
賢紀はやはり、左手を捨ててきた。
エマルツと同時に踏み込み、空の左手を伸ばす。
狙いは振り下ろされる、刃の根元だ。
(根元では、剣の切れ味を発揮できん。……だが!)
エマルツは賢紀の反応を見て、踏み込みを浅く調整した。
その結果、剣の1番よく切れる部分が相手を捉える。
しかしその瞬間、敵機の左手が青い光を放った。
(何!? 魔法障壁を、手に集中させた!?)
通常は、マシンゴーレムの全身を薄く覆っている魔法障壁。
操縦兵が魔力的に「力む」ことで、若干強度を上げることはできる。
だが賢紀のように、ピンポイントで集中させて守るというのは前例がなかった。
強力な耐魔法シールドである魔法障壁により、エマルツの刀身は魔力を霧散させられてしまう。
急激に輝きを失い、普通の刀身へと戻りつつあった。
(器用なことをする奴だ。……だが、それでも!)
やや抵抗感は感じたものの、エマルツの剣は敵機の左腕を斬り裂いた。
火花を激しく散らしながら、刃が肘まで食い込んでゆく。
その瞬間、剣に送っていた魔力をカット。
同時に盾へと、魔力を纏わせる。
反撃に振るわれた、賢紀の剣閃。
機体の陰から現れた刀身は、赤く光り輝いていた。
赤い魔力を持つ者は、珍しい。
だがここまでの行動は、エマルツが描いた予想を上回るものではない。
エマルツは盾で、賢紀の剣を受け止めようとした。
卓越した技術を持つエマルツは、今まで賢紀の剣を受け流し続けていた。
だからこそ、彼は気づくことができなかった。
1度でも剣や盾で受け止めていれば、「それ」に気付いたかもしれない。
盾の防御力に自信のあった彼は、今回受け止めることを選択してしまった。
相手の剣と心を、へし折るために。
機体は同じGR-1。
振るうは同じ魔剣〈リネアール〉。
しかし賢紀の〈リネアール〉には、特殊な改造が施されていた。
エマルツのものと見た目は同じでも、全くの別物となっていたのだ。
ルータス王国の魔法技術は、リースディア帝国のものより進んでいた。
帝国のような、マシンゴーレムこそ持っていない。
だが武器への魔法付与や、魔力伝導率を上げる魔力回路の研究は、ルータスの方が遥かに進んでいる。
生身の兵士同士の白兵戦になっていれば、帝国軍はとっとと北の帝都に逃げ帰る羽目になっていたはずだ。
そんなルータス王国の誇る、魔剣の名工が作った傑作が【魔剣エスプリ】。
第3王女にして王国騎士団9番隊隊長、エリーゼ・エクシーズの愛刀だ。
そんな名刀の技術を、賢紀は拝借させてもらうことにした。
最初の【ゴーレム解析】以降、賢紀は魔法の術式や魔力回路というものを理解できるようになっていたのだ。
そこでエリーゼの【魔剣エスプリ】を借りて解析。
かけられていた強力な魔法付与や高効率な魔力回路を、マシンゴーレム用の魔剣〈リネアール〉にコピーした。
【ゴーレム使い】とっておきの能力を使って。
多少調整はしたものの、ほぼ丸ごと移植したのだ。
その結果生み出された改造魔剣は、魔力を纏わせていない状態でも大幅に性能が向上していた。
さらに魔力伝導を用いた時の破壊力は、想像を絶する。
『本当に……面白い男だな……。楽しめたぞ……』
エマルツ機の拡声魔道機から、声が響く。
自機の収音魔道機が拾ったそれを、賢紀は操縦席で聞いていた。
彼の振り下ろした改造魔剣は、魔力を纏って青く輝くエマルツの盾を切断していた。
そのまま胸部コックピットブロックの中ほどまで食い込み、止まっている。
『ケンキ・ヤスカワ……。私はもう、疲れた……。先に……上がらせてもらう。……向こうで会ったら……1杯やろう……』
『俺は酒が苦手だと、言ったはずだ』
『フルーツジュースでいいから……付き合えよ……。やれやれ……、アーレイトといい……最近の若い奴らは……つれない……な……』
エマルツ機からの音声は、途切れた。
外部拡声魔道器が壊れたか、操縦兵が絶命したか。
――おそらく後者だろう。
同時に盾からも、魔力の輝きが失われる。
エマルツのGR-1は、地面に膝を突き――
ゆっくりと、前方に倒れた。
「勝てたのは、道具の差だな……。パイロットとしては、あまり自慢できる勝ち方じゃない」
操縦席の中で息を荒げながら、賢紀は呟く。
全身に、滝のような汗が流れていた。
吐き気を覚えた賢紀はGR-1に膝を着かせ、駐機姿勢を取った。
ハッチを開け、外に飛び降りる。
地面に着地した瞬間、右足の親指に痛みが走った。
「痛てて……。そういえば、巻き爪になってたんだった。コレってフリード神の神罰だよな? ポンコツって言ったこと、エリーゼがチクったな? あとでシバく」
そこまで言ったところで、疲労の限界がきた。
地面にへたり込み、背中を機体に預ける。
まだ気を緩めるのには早いが、幸い周りは静かだ。
歩兵はエリーゼが片付けたか、敗走したのかもしれない。
そう判断し、賢紀は神経も緩めていく。
「エマルツ・トーター……。俺も……疲れた……」
【ゴーレム使い】は深くため息をつくと、星が瞬く夜空を仰いだ。




