第94話 【ゴーレム使い】の推理~セーブポイントは無いのですか?~
崖の淵に立っている安川賢紀、エリーゼ・エクシーズ、アディ・アーレイト、イースズ・フォウワードの4人。
服装はいつも通りに見えるが、【ファクトリー】内で製作した耐瘴スーツだ。
今回はそれに加え、瘴気マスクも着用していた。
高濃度の瘴気が渦巻くこの場所では、魔法都市イムサよりも厳重な瘴気対策が必要だ。
でないと魔族や魔物以外の種族は、死亡してしまう。
そんな瘴気の源こそ、彼らの眼下にぽっかりと開いた大穴。
直径は、200mほどもある。
大穴の周囲には鎖が張り巡らされ、「危険! 乗り越えるな!」と書かれた警告板が吊り下げられていた。
その鎖から慎重に身を乗り出し、崖下を見やる賢紀。
崖の淵から20mほど下には、黒い靄のようなものが怪しく蠢いている。
賢紀が目を凝らしていると、黒い靄の一部が収束し何かを形どり始めた。
その物体は血のように真っ赤な2つの光を灯らせ、怪鳥音を上げながら賢紀の顔面目がけて飛来する。
小型の悪魔だ。
人間の3歳児程度の体躯に、蝙蝠を思わせる翼。
そして捻れた2本の角を頭部に生やした悪魔は、賢紀の顔面に食らいつこうとした。
しかし悪魔の牙が、届くことはない。
【ファクトリー】より呼び出された、小型無人マシンゴーレム〈トニー〉。
彼のデコピンにより、悪魔は粉々に粉砕される。
「ちょっとケンキ! また〈トニー〉を改造したでしょう? そのパワーで『こめかみグリグリの刑』とか、絶対やめてよね! 石頭の私でも、死んじゃうんだからね!」
凶悪な〈トニー〉のパワーを見て、真剣にビビるエリーゼ。
「お仕置きされるような、言動をするな。悪ガキ女王」
「女王になってからも、子供扱いなのね。フーンだ! ……それにしても、こんな簡単に悪魔が発生するなんて。……さすがは『デモンズホール』ね」
無限に瘴気が湧き出すという大穴、「デモンズホール」。
これがあるせいで魔国ディトナ領内の瘴気濃度は高く、他種族の来訪を困難なものにしている。
耐瘴スーツや瘴気マスクなど対策グッズはあるものの、安全とは言い難い。
大穴から湧き出す黒い靄――高濃度瘴気の奥に何があるのかは、未だに解明されていないという。
「今回用があるのは、『デモンズホール』じゃないわ。さあ、お隣の魔王陵に行きましょう」
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今から200年前、強大な力を持ってこの地を支配していた時空魔王。
その魔王の墓が、魔王陵だ。
さぞかし立派なお墓なのだろうという、賢紀の予想は裏切られた。
魔王陵はこじんまりとした、石造りの建物だったのだ。
普通の一戸建て住宅程度の大きさしかない。
そして小さな魔王陵入口の横には、さらに小さな小屋があった。
この小屋は新しい。
建ってから、まだ数年しか経っていないようだ。
「いらっしゃいませー♪ ようこそ魔王陵へ♪」
小屋では若いお姉さんが、受付嬢として賢紀達を出迎えた。
年老いても若い姿を保ち続ける魔族なので、本当に若いのかどうかはわからない。
受付嬢の対応は、まるで遊園地に来た客をもてなすかのようだ。
「入場料はおひとり様、4000モジャとなっております。この入り口から1歩でも進んでしまいますと、いかなる理由があろうと返金はできませんのでご注意下さい」
「何だ? このアトラクション感は?」
賢紀が上げる、疑問の声。
それを聞いたエリーゼは、眉間に皺を寄せた。
「ケンキ……。あなた、全っ然パンフレット読んでないのね。この魔王陵はディトナ政府が管理する、アトラクションでもあるのよ」
人差し指をチッチッと振りつつ、エリーゼ陛下の解説が始まった。
「魔王陵内部には、多くの魔物が蔓延っているの。デモンズホールから引き込んだ瘴気で、生み出されたものね」
パンフレットを相当読み込んだらしく、エリーゼは内容をスラスラと暗唱していく。
「それら魔物を倒し、トラップを突破し、最下層の地下100階にあるという魔王の棺まで辿り着けた挑戦者には、魔王から特別なプレゼントが与えられると言い伝えられているわ」
「特別なプレゼントか……。魔石だったらいいな」
賢紀の呟きを受けて、受付嬢は素早く補足説明を入れた。
「そうそう、お客様。魔王陵の中で手に入れた魔石の所有権は、全てお客様のものとなります。本当に魔王様の魔石を入手したとしても、それは変わりません」
心の中で、密かにガッツポーズを決める賢紀。
魔王の魔石を持ち出すことに、ディトナ政府が干渉してきたらどうしようかと心配していたのだ。
「だからといって、あまりご無理をなさらないで下さい。魔王陵内の事故につきましては、ディトナ政府は一切の責任を負いません。危険を感じたら、迷わず脱出して下さいね」
「魔石だけですか? 牙とか骨とかの素材は?」
「魔王陵内の魔物は、外の一般的な魔物と違います。絶命するとエルフと同じく、魔石のみを残して消滅してしまうのです」
「それは不思議だな。どういう仕組みになっているんですか?」
「魔王様が作られた、人工的に魔物を生み出す装置から発生するためらしいのですが……。詳しいメカニズムは、まだ解明されておりません」
「なんか、ゲームみたいだな……。それか、ダンジョンアタックもののネット小説」
ただし、降りかかる危険は現実のものだ。
ゲーム感覚で挑んでは、命がいくつあっても足りないことだろう。
「あっちに見える、魔方陣は何ですか?」
賢紀が指差した先には、光り輝く魔方陣が地面に描かれていた。
フリード神の下から、この世界に飛ばされた時の転移魔方陣に良く似ている。
「あちらは出口専用の、空間転移魔方陣になります。各階のボス部屋手前には、必ず脱出用の転移魔方陣がございます。ですから状況が悪い時は、無理せず脱出することをおすすめします」
冷静に頷く賢紀だったが、心の中では嘆いていた。
各階にボス。
それが100階までとは、メンドクセー! と。
なので一応、受付のお姉さんに聞いてみる。
「セーブポイントは無いんですか?」
「……? すみません。良く分からないのですが、それはどういった物でしょう?」
結構厳しい仕様に、【ゴーレム使い】はガッカリした。
「ねえ、受付のお姉さん。そういえばこのダンジョンには、ランキング制度があるのよね?」
「はい、ございます。転移魔方陣から脱出しますと、何階まで踏破したのか魔方陣に記録されます」
受付嬢は、小屋の隣を指差した。
「それがあちらにあるランキングボードに、表示される仕様となっております。この『魔王陵探索ランキング』は魔国ディトナでも大変注目度が高いです。国民から、人気の娯楽となっております。将来は是非、ランキング入りを目指してみて下さい」
「ふっふ~ん。何を隠そう、今までのランキング1位は、ウチのお父様とアゲイラお義母様、ティーゼお義母様、アシュトンの4人パーティよ! 確か、地下57階って記録だったかしら?」
「いえ……その……。申し上げにくいのですが……」
受付嬢の反応を怪訝に思ったエリーゼは、ランキングボードの方に近づいて行く。
賢紀も後を追い、エリーゼの頭上からランキングボードを見た。
魔道具らしき黒板には、光の文字が表示されている。
エリーゼの父、セブルス・エクシーズ達の名前も確かにあった。
しかしボード左側に目をやると、そのランキングは2位と表示されていた。
視線を、上の文字列へと移す賢紀。
「あいつら、いつの間に……。こんなところで、何を遊んでいたんだ?」
「お父様達の記録があいつらに抜かれるなんて、メチャメチャ悔しいわ。ケンキ! 絶対地下100階まで、踏破するわよ!」
ランキング1位には、よく知っている名前が並んでいた。
『1位 地下86階 セナ・アラキ、ニーサ・ジテアール、レクサ・アルシエフ』
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賢紀達が魔王陵の地下1階に降りてすぐ、正面には石碑があった。
石碑表面には、光の文字が浮かび上がっている。
『地下1階。弱い魔物しか出ません。初心者はまず、ここで戦闘に慣れましょう。危険なものではありませんが、罠もあります。ご注意下さい』
「……何だ? コレ?」
石碑の文字を見て、賢紀は首を傾げる。
「運営スタッフが書いた……にしては、石碑が古すぎますわね」
「ここを作った魔王さんが、親切な人だったんじゃなかとね?」
賢紀の中では、ある仮説が成り立っていた。
ディトナに入ってからの舗装路。
刺身。
そしてこの、ゲーム感漂うダンジョン。
しかし、まだ確信には至らない。
石碑の横を通り過ぎ、ダンジョンの奥へと廊下を進む賢紀達一行。
壁には魔道灯が光っていて、視界はそこそこ確保されている。
ダンジョン内部は瘴気が薄かったので、全員マスクは外してしまっていた。
しばらく進むと、やがて小部屋に出る。
中央には1匹の小さなスライムが、のそのそと蠢いていた。
「最初の敵が、スライム……。なんてお約束な。これは、やはり……」
エリーゼが魔法で炎の矢を放ち、敵を蒸発させる。
スライムを構成する粘液は綺麗サッパリ消滅して、魔石だけが残った。
受付にいた、魔族お姉さんの言葉通りだ。
その後もズンズンと突き進み、魔物を蹴散らしていく一行。
スライム。
ゴブリン。
コボルト。
ロールプレイングゲームのザコ敵を、代表するような魔物が続く。
「あっ、ケンキ。宝箱はっけーん」
エリーゼが指差した廊下の突き当たりには、綺麗な装飾が施された宝箱がポツリと置かれている。
「これ、絶対罠だけん。何人もの挑戦者が踏破したはずの地下1階に、まだ開いていない宝箱があるなんておかしかばい」
「石碑には、危険な罠じゃないって書かれてたわ。試しに開けてみましょう。ケンキ、〈トニー〉でよろしく」
安全のため、賢紀は〈トニー〉を呼び出した。
数m離れた地点から〈トニー〉を操作し、宝箱を開けてみる。
突然だった。
賢紀の頭上で、魔力が収束する
頭上を見上げることすら、間に合わない。
魔法によって空中に出現した「何か」が、賢紀の頭部を直撃した。
ゴーン! と鈍い音を立てて【ゴーレム使い】の頭を打ち、地面に転がった物体。
それは、金属製のタライだった。
まだカランカランと回転するタライを、掴んで拾い上げた賢紀。
彼は憂いを帯びた声色で告げる。
いつもの淡々とした口調ではない。
「謎は全て解けた……。かもしれない」
「ケンキさん? 頭打って、おかしくなったとね?」
「ああ、これダメなやつだ。ケンキがまた、変なスイッチ入ってる」
「失礼だな、エリーゼ。魔王の謎は、俺が解く。じっちゃ……フリード神の名にかけて。……っていうか、もう解いた」
勝手に自由神の名を出した賢紀。
「犯人はこの中にいる」と言わんばかりにエリーゼ達を指差し、【ゴーレム使い】は名探偵口調で断言する。
「魔王は俺や荒木と同じ、【神の使徒】……。すなわち、地球からの召喚者だ」