第10話 経験の差~これがエースってヤツですか?~
司令部を吹き飛ばした安川賢紀。
彼は急いで、格納庫へと向かった。
ポルティエ・ナイレーヴンからの情報によると、この基地に配備されているマシンゴーレムは残り5機。
できれば起動前に、数を減らしてしまいたい。
格納庫の前には、何人かの操縦兵と整備兵が集まってきていた。
「起動させてたまるか。【フレイムアロウズ】」
森で見た、ユリウスの魔法。
賢紀はそれに、少しアレンジを加えて放った。
数十本の小さい炎の矢が、操縦兵達に襲い掛かる。
着弾すると、激しい炎が巻き起こった。
直撃を免れた兵士達も、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
賢紀は格納庫の扉を十文字に切り裂き、蹴破って中に突入。
情報通り、5機のGR-1〈リースリッター〉が駐機しているのを見つけた。
全機、膝を着いた姿勢。
胸部にある、操縦席のハッチが開いている。
まだ誰も乗り込んでいない。
賢紀は手前にあった機体から順に、剣を突き立てる。
狙いは動力源のリアクターがある腰部。
手早く起動不能にしていく。
「さっきのも含め、6機仕留めた。前情報によると、これで全機のはず。だが……ポルティエさんから聞いていた、『ヤツ』らしき機体がないな」
賢紀が疑問を浮かべていた時、格納庫内に声が響き渡った。
マシンゴーレムに搭載されている、外部拡声魔道器越しの声だ。
『随分と、派手に暴れてくれたようだな。……何者だ?』
格納庫の入口を振り返ると、そこには1機のGR-1が立ち塞がっていた。
司令部が燃える炎に照らされ、シルエットが浮かび上がる。
左手に盾を装備し、若干頭部の形状が違う指揮官機。
「両肩にグリフォンのマーク。そうか、こいつがポルティエさんの言っていた……」
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所属不明のマシンゴーレムと対峙している、指揮官用GR-1。
帝国第4機動兵団長、エマルツ・トーターはその操縦席にいた。
格納庫内は暗く、濃紺色に染められた敵機の詳細はわからない。
だが薄ぼんやりと見えるシルエットから、自分と同じGR-1に違いない。
そうエマルツは結論づけた。
「チッ。なんて見づらい色に、機体を塗っているんだ。しかしこれは、使えるな……。後で開発技術部に、報告しておこう」
闇に溶け込む敵機に、エマルツは舌打ちする。
現在マシンゴーレムには、隠密性が求められてはいない。
圧倒的な戦闘力で生身の敵兵を蹴散らしたり、防壁などの建造物を破壊するという運用ばかりだからだ。
しかし今後はマシンゴーレム同士の高機動戦闘もありうると、エマルツは懸念していた。
そうなると目視しづらい塗装というのは、非常に効果が高い。
「王国首都エランの秘密研究所で、『アレ』が発見されたからな……。対マシンゴーレムを想定した戦技を、磨いておいて良かったぞ。……思ったよりも、機会が訪れるのが早かったがな」
エマルツは内心で、マシンゴーレム同士の戦闘を熱望していた。
そのような事態に陥るなど、リースディア帝国にとっては脅威。
だがエマルツは生身の敵兵――弱者を蹂躙するだけの任務に、嫌気がさしていたのだ。
だからこそ、目の前の敵機に期待する。
夜間における強襲とはいえ、瞬く間に6機を葬った凄腕。
コイツは私を、楽しませてくれそうだと。
「何者だ?」と問いかけはしたものの、返事は期待してはいなかった。
いつでも斬りかかれるよう、エマルツは身構えたのだが――
『夜分遅くに、騒がせてすまないな。俺の名は、ケンキ・ヤスカワ』
まさか名乗るとは思っていなかったので、エマルツは少し戸惑う。
同時に、「変な名前だな」という感想も抱いた。
『リースディア帝国第4機動兵団長、エマルツ・トーターだ。できれば所属や目的も、お聞かせ願いたいものだな』
さすがにこれは、答えないはずだった。
おそらくはルータス王国の生き残りだろうと、エマルツは見当を付けていたが――
再び彼の予想を覆し、ケンキ・ヤスカワと名乗る男は答えた。
しかも内容は、予想の斜め上を行くものである。
『自由神フリードの使徒をやっている。いうなれば、しがない「神の使いっ走り」だ。ウチの上司が、信徒が減って大変だと泣きついてきたんでな。俺が尻拭いに、走り回ってるというわけだ』
『ぶっ……、ぶわはははは! 面白い男だな! ケンキ・ヤスカワ! ぜひいちど、酒を飲み交わしたいものだ』
『悪いが俺は、酒が苦手だ』
『なんだ、つれない奴だな。まあ、無理に誘いはすまい。……お互いまだ、仕事中だしな』
エマルツと賢紀は、あらためて互いに剣を構え直した。
2機の間に、殺気が迸る。
「さて、どう来る? できれば暗い格納庫内での戦闘は、避けたいものだな。視認しにくくて、向こうが有利だ」
賢紀のGR-1は、ご丁寧に剣の刀身まで暗い色に塗装してあった。
頭部の撮影魔道機、〈クリスタルアイ〉が放つ緑色の光だけが暗闇に浮かんでいる。
それ以外の部分は、非常に判別が難しい。
「この基地に残るマシンゴーレムは、私1機……。このまま時間を稼がれたら、敵の方は増援があるかもしれん。ここは私から、仕掛けるしかないか?」
エマルツの予想は、三度裏切られた。
賢紀のGR-1はエマルツに背を向け、格納庫入口とは逆方向へと走り出す。
そのままスピードを乗せたタックルで壁に大穴を開け、外へと飛び出したのだった。
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賢紀が格納庫内での戦闘を避けたのは、これ以上壊したくなかったからだ。
周りにあるマシンゴーレムやパーツ、工具などを。
ある方法を使い、それらを再利用するつもりでいた。
しかしまずは、追ってくる敵エースをなんとかしなければ。
再利用云々は、それからだ。
賢紀が飛び出した先は広場。
マシンゴーレムの操縦訓練に使う、演習場。
ここならば、マシンゴーレム同士が暴れても周囲に影響はない。
「敵エースパイロットとの一騎討ちか。燃えるシチュエーションだが、喜んでる場合じゃないな」
賢紀は戦慄を覚えていた。
あのエマルツという男は、ユリウスやこの基地で最初に倒した奴とは次元が違う。
直感がそう警告していた。
「【ゴーレム使い】の能力があるから、動きの速さ、柔軟性は俺の方が上。だけど剣の技術はほぼ素人だし、戦いの経験値が違い過ぎるな」
正体不明の敵機を前にして、あの落ち着きよう。
積み重ねた戦闘経験に、裏打ちされたものだ。
まさに歴戦の勇士の証。
「マシンゴーレム相手に、魔法は決め手にはならない。……だが」
賢紀を追って、格納庫の穴から出てきたエマルツ機。
それに向けて、【フレイムアロウズ】の魔法が放たれる。
目くらまし用に調整した【フレイムアロウズ】は、熱量こそ少ない。
しかし派手に燃え上がって、エマルツ・トーターの視界を塞ぐ。
賢紀はその間に、エマルツ機から見て左側へと回り込みながら距離を詰めた。
剣を持つ右手とは逆に回りこんだ方が、相手は剣を当てにくくなるだろうという判断だ。
「まともに斬りあったら、勝ち目が薄い。だから変則的にいかせてもらうぞ」
互いに剣が届く間合いに、入る直前。
賢紀は左手の杖を投げつけた。
どうせ決め手にならないのなら、持っていても邪魔なだけだ。
相手の気を逸らすのに、使わせてもらうことにする。
賢紀の投擲した杖は、真っ直ぐに飛んだ。
エマルツ機のカメラ――〈クリスタルアイ〉に向かって。
同時に賢紀は機体を右斜め方向に沈み込ませ、地を這うような横薙ぎを放つ。
エマルツ機の左足首狙いだ。
(盾で防げ! それか避けてくれれば、隙ができる)
賢紀にとって理想は、投げた杖をエマルツが盾で防いでくれること。
そうすれば左足狙いの横薙ぎは、盾に隠れた死角からの攻撃になる。
しかしエマルツは、賢紀の杖を全く避けようとしなかった。
機体の魔法障壁のみで受け止める。
その結果、賢紀が機体を屈めて足を狙っているのがバレバレになってしまった。
「チッ。丸見えか」
無防備な背中に向けて、振り下ろされるエマルツの剣。
賢紀は機体を横転させて避ける。
地面を転がった勢いを利用して機体を立たせたが、間髪入れずにエマルツの追撃が迫った。
動きの速さを生かし、賢紀はエマルツの突きを避けて反撃。
だがエマルツは盾で綺麗に受け流し、流れるような動作で反撃に転じる。
まさに攻防一体。
鮮やかな剣技だ。
「クソ……。フェイントは通用しないし、いつの間にか相手の得意なスタイルに付き合わされている。完全に手の上で、踊らされている感じだ」
スポーツや格闘技で経験を積み重ねた者は、観察力が磨かれていく。
優れた観察力を持てば、次の行動を読み取れるようになる。
相手の眼球や筋肉の動き、息づかいや重心の位置から判断できるのだ。
フェイントなども、「なんとなく」予想がつくようになる。
相手を自分のペースに巻き込むのも、上手くなる。
それは実戦でも変わらない。
エマルツは賢紀の斬撃を、今度は剣で受け流してきた。
代わりに盾で、殴りつける。
よろめいた賢紀機に向けて、さらに突きを放つ。
半身になり、なんとか避けた賢紀。
だがエマルツは追撃に、コンパクトで隙の無い斬撃を自在に繰り出す。
賢紀も何度か反撃の剣を振るうが、それを全て受け流すエマルツ。
自分の攻撃が、通用しない。
賢紀の心には、少しずつ焦りが生まれ始めていた。




