第1話 異世界への扉~次元の歪み的なヤツですよね?~
深夜の閑静な住宅街を、1人の青年が歩いていた。
無表情で、淡々と。
身長は175cm。
建設会社で働いている彼は、細身だがそこそこ筋肉質な身体をしている。
顔立ちはそれなりに整っているが、クールというよりは無表情な顔。
女性からも「一緒にいても面白くなさそう」という評価が多く、モテない街道を爆進中だ。
淡々と歩く彼は一見平静に見えるが、かなり落ち込んでいた。
(明日、仕事休んじゃおうかな……)
そう考えるくらい、ヘコんでいた。
精神的なダメージからか、体が鉛のように重い。
無表情な青年の名は安川賢紀、21歳。
建設会社に勤める重機オペレーターだ。
明日も現場で、ユンボに乗らなければならない。
だがこんな精神状態のまま乗れば、事故でも起こすかもしれない。
賢紀は工業大学へ進学し、産業ロボットメーカーの開発職に就くのが夢だった。
しかし両親の事故死により、大学進学は経済的に不可能になった。
そのため高卒で、建設会社に就職することになったのだ。
重機オペレーターって、人型機動兵器のパイロットみたいでカッコイイ。
なんとも子供じみた考えだが、それが志望動機。
彼は生粋のロボットアニメオタクだった。
産業ロボットメーカーを目指す前、中学生の時だ。
賢紀は進路希望調査票に「人型機動兵器のパイロットになりたいです」と書いて、メチャクチャ怒られた経験がある。
最初の夢とも2番目の夢とも違うが、自分がカッコイイと思う仕事に就けたのだ。
今の仕事も悪くない。
そう考えている。
したがって、勤務態度はわりと真面目だ。
しかし最近どうも周りに溶け込めていない自分に、悩んでもいた。
元々オタク気質であり、3度の飯よりロボットアニメやプラモ作りが好きな賢紀。
彼は周りの体育会系なオッサン達と、なかなか馬が合わないのだ。
上司や先輩達が好きなパチンコやキャバクラの話に、無理して合わせている自分がいる。
それが社会人だというものだろうと思う一方で、割り切れていない自分もいる。
無理に合わせているのが、伝わってしまっているのか。
あるいは反応に乏しい表情と、自分からは積極的に会話しない性格が災いしてか。
周囲もなんとなく、賢紀からは距離を置くようになってしまっていた。
それでも、重機に乗る仕事自体は楽しい。
イメージ通りの精密な操縦ができると、マシンと自分が一体になったかのような全能感が得られる。
だけど明日は、出勤したくない。
というよりもう、消えてしまいたい。
そんなことを賢紀は考えていた。
なぜ彼が、ここまで落ち込んでいるかというと――
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数時間前。
賢紀は女性と、待ち合わせをしていた。
相手は山葉季子。
高校時代のクラスメイトだ。
前日の昼休み。
弁当を買いに行ったコンビニで、賢紀は偶然彼女と再会したのだ。
高校時代は地味で大人しく、目立たない子だと思っていた。
無造作に後ろで束ねられていた髪は解放され、今は艶やかに輝いている。
かつて愛用していた眼鏡は、デザイン性を無視したフレームの太いもの。
それが、フレームレスのお洒落なデザインへと変わっていた。
睫毛が長い彼女の瞳を際立たせる、立派なアクセサリーだ。
(山葉、綺麗になったな)
心の中で、そう思っただけだ。
口に出して言える男であれば、賢紀は「彼女いない歴=年齢」という人生を歩んではいなかっただろう。
高校時代から季子のことは、ずっと気になっていた。
再会できるチャンスはもう無いかもしれないと考えた賢紀は、思い切って彼女を食事に誘ってみたのだ。
「明日の夜、ヒマか? 飯でも食いながら、昔のことでも話さないか?」
軽い口調で言ったつもりだが、胸の奥では心臓が破裂しそうなくらい動悸していた。
顔が火照って真っ赤になっている……と自分では思っていたが、賢紀はいつも無表情な男。
季子にはその緊張が、伝わらなかったようだ。
「……うん。いい……よ」
一瞬戸惑い、モジモジしていた季子。
だが、承諾してくれた。
ちょっと困ったような顔なのが、気にはなったがり
これは脈アリなのでは?
心の中で、激しくガッツポーズを決める賢紀。
高校時代、男子が苦手だった季子。
しかし賢紀とその親友の男子とだけは、わりと喋る機会があった。
季子はアニメや漫画、ライトノベルが好きなオタク気質の少女。
同じくライトノベルやロボットアニメが大好きな賢紀とは、話が合ったのである。
少なくとも、嫌われてはいないはず。
そう思って、人生初のデートに挑んだ賢紀だったが――
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約束の時間になっても、季子は待ち合わせた喫茶店に来なかった。
大学生というのも、結構忙しいのだろう。
サークルでの用事などがあったのかもしれない。
そう思い、賢紀は静かに待ち続けた。
1時間待っても、彼女は来なかった。
SNSのアカウントを教えてもらっていたので、メッセージを送ってみた。
しかし、既読表示はつかない。
2時間経った時、賢紀は季子のスマホに電話してみた。
流れるのは、無情なメッセージ。
「電源が入っていないか、電波が届かない場所に居る」と……。
3時間経過。
そろそろ店員さんの視線が痛い。
4時間経った時、頼んでもいないコーヒーが来た。
持ってきた店員さんに尋ねたら、店長からのサービスだと言われた。
店長さんらしい中年男性を見ると、哀れみのこもった視線を向けてくる。
そして目が合うと、軽く会釈をして店の奥へ引っ込んでいった。
この瞬間、賢紀は悟った。
「ああ俺は、フラれたみたいだな」と。
山葉季子が自分に好意を持ってくれているかもしれないなど、とんだ勘違いだ。
今思うと、誘った時も困ったような顔をしていた。
だいたい自分が「綺麗になった」と思ったくらいなのだ。
大学でも、モテているに違いない。
彼氏もすでに、いたのかもしれない。
だから誘ったときに、困っていたのかも―――
賢紀は恥ずかしさのあまり、「オーゥ! 俺の自信過剰野郎~!」と泣き叫びながら店内の床を転げ回った。
ただしそれは、脳内での話だ。
実際には、静かな佇まいでコーヒーを飲んでいた。
中身は感情豊かだが、それが表に出ないのが賢紀なのである。
ほんの少しだけフラれた憂いを漂わせつつも、クールっぽく見える仕草。
そんな様子に女性店員が、「ちょっとイイわね、彼」なんて思っていた。
だが残念なことに、賢紀は気づいていなかった。
そしてさらに1時間後。
店長さんらしい人が、優しくも哀れみのこもった声で賢紀に告げた。
「申し訳ございません。まもなく閉店です」
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こうして冒頭のように、賢紀は深夜の帰り道をトボトボと歩くハメになった。
(決めた! 明日は会社休んでロボットアニメ見よう! ちょうど最新話の配信日だし)
後ろ向きな決断を下して、賢紀が地面に落としていた視線を前に向けた時。
そこにそれはあった。
「なんだコレ……? 霧……?」
紫色の霧というか雲というか、どう表現していいか賢紀には分からない。
グニャグニャとした謎の物体が、目の前に漂っていた。
「超怪しい。だいたい、紫色ってなんだよ? 毒ガスか?」
賢紀の独り言に応えるかのように、謎のグニャグニャ物体はピンクへと色を変えた。
「今度はピンクか。いかがわしさが、倍増したな」
グニャグニャは、さらに銀色へと姿を変える。
「マシな色にはなったが……。どうにも危険な予感がする」
賢紀はグニャグニャから大きく距離をとりつつ、迂回する進路を取った。
「たすけて……」
かすかに、女性の声が聞こえたような気がした。
怪しさ大爆発中である、グニャグニャの向こうから聞こえた気がする。
「どうか、助けてください!」
今度はハッキリ聞こえてしまった。
女性の声。
声の調子からして、深刻な状況のようだ。
賢紀は銀色のグニャグニャを見ながら、しばし考察する。
「コレって、次元の歪み的なヤツだよな?」
SF映画やライトノベル等の異世界召喚・転移モノも好きな賢紀は、そう直感した。
「奥に進めば別の場所……声の主の所に、行けるんだろうな……。でもそこは、果たして地球だろうか?」
別の星かもしれないし、次元の壁を越えた異世界かもしれない。
過去や未来へのタイムスリップという可能性もあるだろう。
「でも……まあいいか。今はここから、消えてしまいたい。どこへでも、行ってやるよ」
普通の精神状態であれば、そんなことは考えなかっただろう。
しかし今の賢紀は、フラれてヤケクソになっていた。
「グッバイ日本。待ってろ異世界」
出る先は同じ日本かもしれないという可能性を無視して、賢紀は呟く。
銀色の歪曲した空間。
その奥へ向かって、安川賢紀は駆け出した。
安川賢紀だ。第1話を読んでくれて助かる。
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