17、聡一様の気持ち
絹川様が去った後私と聡一様は少しの間見つめあっていた。
聡一様は私を抱き寄せ消え入りそうな声で言った。
「逃げよう。俺と一緒に逃げてくれ。」
泣きそうな声で私に懇願する聡一様から察するにやはり絹川様のお父様の許しを得ていないようだ。今頃、絹川様は父親に言い付けているのだろうか?それともまだ諦めずに違う方法を考えているのか。
そんな事を考えながらただ抱きしめられていた。
「好きだ。最初にあった時から本当はずっと。でも最初は玲二の女だと思っていたし、それにあいつに似ていて怖かったから嫌われようとした。でも、やっぱり諦められない。だから俺と逃げよう。」
ああ、この人はなんて愛しい人なのだろう。あのデートを始めてから人が変わったかのように優しく私を傷付けないように配慮してくれた。些細な事だけど私のそばにずっと居てくれた。楽しい時も辛い時も。でも。
「逃げて、逃げて、どこか遠くに逃げても。あなたは有名な小説家で顔を知られている。どこに逃げても付きまとう。あなたは小説からそして自分自身から逃げられない。それに玲二様とはなんでもありません。」
「えーひどいなー美雨さん。私と一緒に色んな所へ行ったじゃないか。」
玄関の扉がいつの間にか開いていて玲二様が写真を持って立っていた。
私と聡一様ははっとして離れ、玲二様が差し出している写真を受け取り聡一様と一緒に見た。
そこには満面の笑みを浮かべる私と玲二様が頭をくっつけて写っていた。勿論、こんな記憶は存在しない。
思い出そうとすると頭に靄がかかり有耶無耶になってしまう。
「結局あの後、紫陽花を二人でこっそり見に行ったんですよね。」
そう、うっすらと確認出来る背景はあの公園だった。しかも紫陽花が満開の背景が写りこんでいる。
私は玲二様を見た。表情はいつもと変わらず優しいのに目が笑っていない。
怖い。この人が何を考えているのか、何故こんな写真を持っているのか。知り合いなのか、もし知り合いなら何故本当の事を教えてくれないのか。
「私はこんな写真知らない。」
急に口を開いたからなのか玲二様も聡一様もこちらを見た。
努めて冷静に言葉を続ける。
「私はこんな写真知りません。撮った覚えもありません。」
私が言い切ると少し不愉快な笑みを浮かべた玲二様が囁いてきた。
「美雨さんあなたは記憶を失っている。記憶が抜け落ちるのも仕方ないですね。」
やれやれと言いながら耳元で話している。聡一様はまじまじとまだ写真を見続けている。
「この紫陽花今年か?今は割と青い花が多かった。でもこの写真の紫陽花は桃色だ。」
聡一様が口を開いたかと思うと変な事を言い始めた。玲二様は少しだけ表情に焦りが見えている。
「この前は青一色だったぞ。これは珍しいんじゃないか。二年前くらいにそういえば。」
と聡一様は考え始めてしまった。
二年前私は玲二様と知り合いで写真を撮っている位には親密。でも玲二様はそれを隠している。じゃあ何故警察に行ったり病院をすすめるの?
分からない、分からない、分からない。
私はそのまま意識を失った。