13、聡一と莉子
暖かい、窓からは優しい日が差し込んでいる。横にいる莉子はまだ眠っていて日を避けるように身をよじっている。唇に髪が張り付いているのを優しく指で髪をすくってとってやる。さらさらな髪が指に引っかかる事無く通り過ぎる。まだ眠る莉子に口付け何か飲もうと起こさないようにベッドから出る。この春から働き出したあいつの為に朝食を作ってやろう。
「どこに行くの?」
「莉子起きたのか。もう少し寝てていいぞ。」
「そう。まだ一緒にいよう。」
「朝飯作るから。仕事行くんだろう。」
「……うーん行きたくない。でも、分かったありがとう。」
働き出して1ヶ月も経たないうちに莉子は仕事に行くのを渋るようになってしまった。学校で何かあったのだろうか。小さい頃からの夢だったのに。トマトとレタスのサラダとオムレツとホットチョコレートをベッドテーブルに乗せて莉子の前に置く。
「うわぁー美味しそう、いただきます。」
「クロワッサンあるけど持ってこようか?」
「ううん。今日はこれで。」
「そっか。」
元々少食だったけど、日に日に食が細くなるな。
「そう君、愛してる。言葉にするのもはばかられる事だけど言っておきたかったの。」
「莉子。俺が守ってやる。いつか全てを捨てて2人で生きていこう。」
「そう君、小説家なんだから全てを捨てるなんてできないじゃない。でもありがとう、その気持ちが嬉しい。」
莉子は子供の俺の言葉を信じていない。とにかく本を書いてどんな仕事でも受けて、エッセイもコラムも相談コーナーもゴーストもなんでもやってお金を貯めているのに。部屋を借りてどこか知らない街に行って2人で暮らすそんな事を考えているから子供って思われるのかな。もう莉子にはどんな言葉も届かない気がしてただ強く抱きしめた。
「そう、玲ちゃんが帰ってくるんだって。」
「へーじゃあ俺たちの事ちゃんとしなきゃな。」
「…………ってなに?」
「なんだ?」
「ちゃんとってなに!私たちちゃんとしてないって事?やっぱりそう思ってたんだ!」
「急にどうしたんだ。バレないようにちゃんと考えて行動しようって意味だよ。」
「何それ?小説家の先生は口が上手いんだから!」
バタンと扉を閉めて部屋に戻ってしまった。急に怒り出してどうしたのだろう。
「そう君、玲ちゃん後ちょっとで帰ってくるね。可愛い弟だから帰って来て欲しい反面帰って来て欲しくない気持ちもある。最低な姉だね。」
「まだ1ヶ月あるけどな。それより俺たちそろそろ3年になるから記念に何かしないか?1年目は両親が帰ってきてうやむやになったし、2年目は莉子の卒論で大変だったし。」
「うん。いいね美味しいものを食べてプレゼント交換しよう。」
「ああ、じゃあ来週にしよう。」
「そう君ありがとう。ネックレス大事にするね!」
「ああ、俺も万年筆大事に使うよ。」
結局、指輪は渡せなかった。未来が見えないのに莉子の負担になる事が怖いから。だから本当に全てを捨てる時がきたら渡す。そう考えていた。
「莉子、俺のせいで。俺が不安を取り除けなくてごめん。」
遺書にはただ、
ごめんなさい。玲ちゃんは勘づいてる。
と書いてあって俺はそれを誰にも見せていない。